いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

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 万里が汚してしまった掌を見下ろし、久世が笑う。
「若いな」
 うるさいとか、そんなことされたことないんだから早くても仕方ないだろとか、情けない文句はやはり言葉にならない。
 自分でするときは出してしまえば頭も冷えるのに、鼓動はおさまらず、浅く息をする唇は震えている。
「くぜ、さ……」
「こういう時は、名前で呼べよ」
 助けを求めたのに、意地悪く唆されてぞくりと腰が疼いた。

「す、……」

 素直に口を開いたものの、名前を呼ぶだけのことが何故かとてつもなく恥ずかしい行為のような気がして、声が出ない。
「好き?」
「違う!」
 先程のやり取りと絡めてからかい、久世が笑い声をあげる。
 万里にはこの展開をそんな風に楽しむ余裕はない。
 失恋も突然なら寝室に連れ込まれるのも突然だ。
 急展開すぎて、不馴れな万里がついていかれなくなるのも無理はないだろう。
「も、からかうの、やめ……っ」
 赤い顔を腕で隠しながらの白旗に、悪かったと謝る声が笑っていて、涙目の万里はふざけてばかりの久世に弱々しい拳をぶつける。

「怒るなよ。真面目にやると加減ができなくなりそうなんだ」

 秘密を打ち明けるように耳語された言葉が意外で、思わず羞恥を忘れて久世を見上げた。
 余裕のない久世なんてあまり想像できないが、確かに時折押し付けられる久世のものは熱く、隠せぬ欲望を伝えてくる。
 それが本当だとしたら。万里には大人の駆け引きなんてものはわからないが、久世が自分を好きで、欲しいというのなら、変に遠慮などしないでほしい。
 からかわれると、子ども扱いされているようで不安になる。
 そうやって構われるのが嫌なわけではないが、今は無理だ。
「いい、から……、あんたのしたいように、していい、…よ」
 長引くと恥ずかしくて死にそうになるので、いっそ一思いにお願いしたい。
 それが万里の一番の本音だった。

「中々男を煽るのが上手いじゃないか」

 それをどう解釈したのか、久世がちらりと唇の端を舐める。
 そうじゃない、煽ったつもりはないと主張しようとしたのに、挑発的な仕草に目を奪われてしまう。
 甘い顔が近付いてきて、飢えたような深いキスをされた。
「んぅ、ん~…、っ」
 口の中を舐められるのが、気持ちいい。
 ぬるりと絡む舌の感触に酔っていると、濡れた指が後ろを探ってきた。

「あ、」

 ビクッとして力が入ると、宥めるようにもう片方の手が胸を撫でる。
 掌でさすり、引っかかるものを見つけると小さなそこをくりくりと弄って、万里を困惑させた。
「やだ、それ……っ」
 女性のようなふくらみもないのに、そんなところを触って楽しいのだろうか。
 未知の感覚が万里の息を乱す。
 気持ちがいいとはいえないのに、何故か中心が力を持っていくのが分かった。

 きゅっ、と引かれるときゅんと切ない感覚が万里を戸惑わせる。
 もう一方はいやらしい音を立てて唇で吸われ、歯を立てられて悩ましく悶えた。
「や、噛む…な」
「痛いほど強くはしてないだろ」
「な、んか、変な感じするから、嫌、だっ」
 嫌だといったのに同じことをされた。

 そうしているうちに、再び指が後ろを探ったが、それはすぐに離れていく。
「やっぱこれだけじゃ足んないか」
 何のことだろうと思っていると、サイドテーブルから久世が何かを手に取った。
「な…に?それ……」
「ローションだ。痛いのは嫌だろ?」
 もちろん痛いのは嫌だ。
 ……ただ、ものすごく便利な場所に置いてあったことが引っかかって、思わず聞いていた。
「……あんた、これいつもここに置いてるの?」
 枕元に常備しておくほど頻繁にご使用になっていらっしゃるのかという万里のジト目に、久世は眉を寄せる。

「昨日お前をお持ち帰りする気満々で用意しといたに決まってるだろ」

 何のことはない、相手は自分だった。
 早とちりで計画を狂わせて申し訳ないことをしたとは思うが、相手に不自由していなさそうな久世は、そんなタイミングで空振りなんて今までしたことはなかったんじゃなかろうかと思うと、ちょっといい気味だ。
 つい口元を緩めると「笑うな」と低い声で咎められたが、頭を撫でてくれる手は優しかった。

「俺の言動で泣くほど悲しくなるようなことがあったら、勝手に自己完結しないでちゃんと俺に文句を言ってくれ」
 諭されて、万里はこくこくと頷く。
 久世は出会ったときからそういう人だった。
 昨晩も、もっとしつこく聞けばよかったのだろう。
 そうしたら、すぐに万里の望む答えをもらえたはずだ。

 素直な万里を見て、久世は満足そうに笑う。

「そうじゃないと、安心してバンビちゃんをいじめられないからな」
「文句を言うこと前提にする必要はないですよね!?」

 本当に、この男は。
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