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しおりを挟む万里にようやく日常が戻ってきた。
父は、家での様子は今までと変わらず万里を怒らせたり脱力させたりだが、わざとらしく「会社に行ってくるよ」と宣言して出掛けていくので、一応真面目にやっているのだと信じている。
万里は無事に復学し、そこそこ長く休んでしまったブランクを埋めるのに必死だ。
単位が出席日数のみの授業はアウトだったものの、課題をやることで単位をくれるという教授もいたので、大きなトラブルでもない限り、今同学年の友達と一緒に卒業できそうでほっとしている。
まだ具体的な目標はないが、久世や『SILENT BLUE』のスタッフ達を見ていたら、早く社会に出て仕事をしてみたくなってしまった。できれば留年は避けたい。
レポートの提出日を念押しして年配の教授が教室を出て行くと、がたがたと椅子を立つ音、講義の感想や今日この後の予定を話す声などで室内が活気付く。
万里は机の上を片付けながら、本日履修している授業はこれで終わりなので、この後は課題のために図書館に行こうと思っていると、友人たちが席の周りに集まってきた。
「万里、今日飲みにいかね?」
「ん~、課題終わってないからやめとく……」
万里が肩を落とすと、事情を知っている友人達からはご愁傷様、という苦笑が返ってきた。
「わかった。片付いたら復帰祝いさせろよ」
「おう、よろしく」
課題のことがなくても、どうしても久世との時間を優先してしまうので友人達には不義理をしてしまっているが、変わらず気にかけてもらえていることがありがたい。
友人達と別れて一人構内を移動し、図書館で資料を漁っていると、ふと目に入った入り口付近にここにいないはずの人が見えたような気がして、目を擦った。
桜峰と伊達が見えたような気がしたのだ。
幻覚を見るなんて、どれだけ『SILENT BLUE』のことを忘れられずにいるのかと、内心苦笑する。
「あ、よかった鈴鹿いた」
なんと、幻聴も聞こえてきた。
何だろう、『SILENT BLUE』ロス?『SILENT BLUE』シック?メンタルクリニックなどに行ったほうがいいのだろうかと不安に思っていると、幻覚は次第に近づいてくる。
「鈴鹿ー」
笑顔で手を振られるにいたって、
「って、ええ!?ほ、本物!?」
ようやくこれが幻ではないことに気付き、驚愕した。
「大学って広いんだね。迷子になりそう」
桜峰は興味深げに周囲を見ている。
「あのっ、もしよかったら、連絡先……」
「案内どうもありがとう」
案内してきた男が桜峰に声をかけようとしたのを、さらりと伊達が遮った。
流石は……人気キャストとそのキャスト達のリーダーである。
桜峰は声をかけられたことに気付いていないし、言外に繋がりを断ち切った伊達の笑顔には一部の隙もない。
「チーフ、桜峰さん、どうしてここに?げ、幻覚…じゃないですよね」
「久しぶり…ってほどじゃないけど、元気だった?その後どうしてるかなって、会いたくなって来ちゃった」
桜峰の言葉はとても嬉しいもので。
感動の再会といきたいのだが、込み入った話をするには周囲からの視線が痛い。
女生徒達は例外なく伊達を見て目を潤ませているし、二人を案内してきた男がまだ桜峰に声を掛けたそうにうろついているのもとても気になる。
「と、とりあえず場所うつしましょうか!」
「あ、でもすぐに済むよ。万里も忙しいみたいだし」
チーフ、今その気遣いはいらないです。
何とも天然な人たちだと万里は苦笑しつつ、近所のコーヒーチェーンあたりに移動することを提案した。
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