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予想はしていたが、大学の最寄り駅前にあるコーヒーチェーンは、夕方なので混み合っている。
奇跡的に空いている席を見つけて荷物を置くと、桜峰に「俺買ってくるよ、何がいい?」と先手を打たれてしまった。
一応、いや俺が…と主張したのだが譲ってもらえそうもなく、桜峰は年上で仕事でも先輩なので固辞するのも失礼かと思い、素直にアイスカフェラテを頼む。伊達はこういう店に入るのもほぼ初めてだと言い、わからないのでおすすめで、と桜峰に頼んだ。
オーダーを桜峰に任せ、伊達と向い合わせで座る。
相変わらず、綺麗な人だ。
女性客が『眼福』と書いてある恍惚顔でこちらを凝視しているのも、無理はないだろう。
「押し掛けちゃってごめん。ラストの日に万里と連絡先を交換するのを忘れてしまったから」
万里もこの二人の連絡先くらいは知りたかったが、あの日はバタバタしていたため、プライベートな話をあまりできなかった。
……色々と事情のありそうな彼らに聞いていいのかどうか、わからなかったというのもある。
「会いに来ていただいて、嬉しいです」
素直な気持ちを伝えると、伊達はにっこりと微笑んだ。
「僕は色々あって大学には通えなかったから、大学ってどんなところなのか見てみたいっていう下心もあって……」
不意に言葉を止めた伊達が万里の背後をじっと見ているのに気付き、不思議に思って振り返ると、桜峰が二人くらいのスタッフにしきりに話しかけられているのが見えてぎょっとした。
慌てて立ち上がる。
「チーフ、俺、運ぶの手伝ってきます!」
「うん…よろしく」
トレーを持った桜峰は、少し困惑した表情だ。
「鈴鹿、来てくれてありがとう。店員さんが親切なお店なのはいいことだと思うけど、お客さん並んじゃってたもんね」
「お、お役に立てて何よりです…」
ややわざとらしくお手伝いしましょうかと声をかけた時、やたらと親切なスタッフが『一番美味しい蜂蜜の量』や『映える角度』などを桜峰に教えているところであった。
この店には何度も来ているが、他の客そっちのけで親切にされたことなど一度もない。
桜峰からは男を誘惑するフェロモンでも出ているのだろうか。
何か間違いでも起これば、万里も店員もあの『係の人』に東京湾に沈められそうだ。桜峰ももう少し警戒心を持って欲しい。
思わぬトラブルはあったが、無事に各々飲み物を手にすることができた。
「お酒じゃないけど、乾杯かな?」
「じゃあ、万里の復学祝いに」
小さく「乾杯」とグラス(と言ってもマグカップやプラスチックだ)を合わせる。
「あ、ありがとうございます……」
照れていると、桜峰が携えていた紙袋を机の上に置いた。
「鈴鹿、これ、結婚おめでとう?」
謎のお祝いに、万里は吸い込んだカフェラテを噴きそうになり、何とか飲み込むと激しく咽せる。
「ゲホッ……なっ……、なんっ……?」
「だ、大丈夫?」
全く大丈夫ではない。
「け……、結婚!?」
「え……違った?些細なことですれ違い、実家へと帰った万里だったが、ヘリで迎えに来た久世社長と想いを確かめあってめでたしめでたしって風の噂で聞いたんだけど……」
桜峰は不思議そうに首を傾げている。
不思議なのは桜峰の言動だと言いたい。
そしてその噂をもたらした『風』が何者なのか非常に気になる。
「いや、その……ヘリでは、なかったですけど…」
「うん。鈴鹿の実家ヘリポートがあるんですか?すごいなって言ったら、社長がヘリで迎えに来るのは今や常識…って風の噂が」
だからそのツッコミどころしかない『風』は誰なんだよ。
このままでは話が進まないと思ったのか、伊達が、
「でも、今は幸せってことでいいよね?」
と確認してきた。
恐らく最終日の『あれ』で、心配をかけていたのだろう。
この二人には意地を張ることはできず、赤い顔で頷く。
万里は以前からは考えられないほど、充実した幸せな日々を送っている。
奇跡的に空いている席を見つけて荷物を置くと、桜峰に「俺買ってくるよ、何がいい?」と先手を打たれてしまった。
一応、いや俺が…と主張したのだが譲ってもらえそうもなく、桜峰は年上で仕事でも先輩なので固辞するのも失礼かと思い、素直にアイスカフェラテを頼む。伊達はこういう店に入るのもほぼ初めてだと言い、わからないのでおすすめで、と桜峰に頼んだ。
オーダーを桜峰に任せ、伊達と向い合わせで座る。
相変わらず、綺麗な人だ。
女性客が『眼福』と書いてある恍惚顔でこちらを凝視しているのも、無理はないだろう。
「押し掛けちゃってごめん。ラストの日に万里と連絡先を交換するのを忘れてしまったから」
万里もこの二人の連絡先くらいは知りたかったが、あの日はバタバタしていたため、プライベートな話をあまりできなかった。
……色々と事情のありそうな彼らに聞いていいのかどうか、わからなかったというのもある。
「会いに来ていただいて、嬉しいです」
素直な気持ちを伝えると、伊達はにっこりと微笑んだ。
「僕は色々あって大学には通えなかったから、大学ってどんなところなのか見てみたいっていう下心もあって……」
不意に言葉を止めた伊達が万里の背後をじっと見ているのに気付き、不思議に思って振り返ると、桜峰が二人くらいのスタッフにしきりに話しかけられているのが見えてぎょっとした。
慌てて立ち上がる。
「チーフ、俺、運ぶの手伝ってきます!」
「うん…よろしく」
トレーを持った桜峰は、少し困惑した表情だ。
「鈴鹿、来てくれてありがとう。店員さんが親切なお店なのはいいことだと思うけど、お客さん並んじゃってたもんね」
「お、お役に立てて何よりです…」
ややわざとらしくお手伝いしましょうかと声をかけた時、やたらと親切なスタッフが『一番美味しい蜂蜜の量』や『映える角度』などを桜峰に教えているところであった。
この店には何度も来ているが、他の客そっちのけで親切にされたことなど一度もない。
桜峰からは男を誘惑するフェロモンでも出ているのだろうか。
何か間違いでも起これば、万里も店員もあの『係の人』に東京湾に沈められそうだ。桜峰ももう少し警戒心を持って欲しい。
思わぬトラブルはあったが、無事に各々飲み物を手にすることができた。
「お酒じゃないけど、乾杯かな?」
「じゃあ、万里の復学祝いに」
小さく「乾杯」とグラス(と言ってもマグカップやプラスチックだ)を合わせる。
「あ、ありがとうございます……」
照れていると、桜峰が携えていた紙袋を机の上に置いた。
「鈴鹿、これ、結婚おめでとう?」
謎のお祝いに、万里は吸い込んだカフェラテを噴きそうになり、何とか飲み込むと激しく咽せる。
「ゲホッ……なっ……、なんっ……?」
「だ、大丈夫?」
全く大丈夫ではない。
「け……、結婚!?」
「え……違った?些細なことですれ違い、実家へと帰った万里だったが、ヘリで迎えに来た久世社長と想いを確かめあってめでたしめでたしって風の噂で聞いたんだけど……」
桜峰は不思議そうに首を傾げている。
不思議なのは桜峰の言動だと言いたい。
そしてその噂をもたらした『風』が何者なのか非常に気になる。
「いや、その……ヘリでは、なかったですけど…」
「うん。鈴鹿の実家ヘリポートがあるんですか?すごいなって言ったら、社長がヘリで迎えに来るのは今や常識…って風の噂が」
だからそのツッコミどころしかない『風』は誰なんだよ。
このままでは話が進まないと思ったのか、伊達が、
「でも、今は幸せってことでいいよね?」
と確認してきた。
恐らく最終日の『あれ』で、心配をかけていたのだろう。
この二人には意地を張ることはできず、赤い顔で頷く。
万里は以前からは考えられないほど、充実した幸せな日々を送っている。
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