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その後のいじわる社長と愛されバンビ

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「何だこれ」

 『SILENT BLUE』から、すぐに来てほしいと唐突な呼び出しがあり、一体何事かと急いでやって来た久世は、バックヤードで目にした光景に、彼にしては珍しく気の抜けた声を漏らした。
「何って?お宅の仔鹿ちゃんですけど?」
「ですけど?って言われてもな」
 望月に言われなくても、そこにいるのが自分の恋人だということはわかる。
 ではなくて、勤務中であるはずの万里が、何故店のバックヤードのソファに伸びているのかという意味の「何だこれ」だ。
「も~のめないれす~」
「絵に描いたような酔っぱらいになってるんだが……」
 上質な革張りのソファにだらりと身を投げ出した万里は、赤い顔でほとんど寝言のように何かむにゃむにゃ言っている。

 誰だ、こんな子供に酒量も考えず酒を勧めた奴は。

 久世の目つきが鋭くなったのに目敏く気付いた望月は、苦笑して肩を竦めた。
「相手が北条の長男様じゃあ、かわすのはちょっと難しかったでしょうね」
「北条遥樹か……確かにバンビちゃんの手には余る相手だな」
 北条親子には久世も世話になっている。
 北条総合病院の現院長である北条渡紀宗は、月華の上司、つまり日本の裏社会の頂点に立つ男と仲がいいため、同病院はヤクザ御用達の施設なのである。
 その流れで月華も懇意にしているので、久世が仕事中に怪我をした場合、都内にいれば北条総合病院に担ぎ込まれるだろう。
 仕事の性質上、少々荒っぽい展開になることもあり、怪我人が出た場合、担ぎ込むこともある。
 北条遥樹はそんなキナ臭い職場において、若くして次期院長として采配を振るう男だ。
 神の手と呼ばれる偉大な父の下で、萎縮することもなく飄々と自分の仕事をこなす穏やかな笑顔の下には、古臭い慣習にがんじがらめの古狸達と丁々発止でやりあうしたたかさを隠している。
 話をする機会はそれなりにあり、悪意を感じたことはないが、どこか底の見えない、敵には回したくない相手だ。
 何故か万里は、そういう一筋縄ではいかない相手に気に入られやすい気がする。
 本人に聞かれたら、お前が言うなと云われてしまいそうだが。

「まあそれでも、お客様がいる間はちゃんと立ってたので、お説教はやめとこうと思ってます」
「お前は優しいな、望月」
「とはいえ桃悟が同意してくれるかどうか」
「……上手く懐柔してやってくれ」
 明日になったら万里は己の失態を悔いるだろう。
 改めて説教する必要性は感じない。
「ちょうど忙しくしてて俺達もフォローできなかったから、桃悟が怒ってるとしたら行き届かなかった自分にだとは思いますけど、とばっちりで怒られるくらいはあるかも」
「面倒な奴だな、あいつも」
 完璧すぎてとっつきにくいところはあるが、やはり桃悟がいると場が締まる。
 そして、締まり過ぎたところを望月が和ませることで、絶妙なバランス感の『SILENT BLUE』が完成するのだ。
 二人ともずば抜けた容姿をしていて、義理の兄弟で恋人同士で……などという設定てんこ盛りの人材をよく見つけてきたなと、月華のコネクションの広さとアンテナの感度には毎度舌を巻く。

「持っていけます?」
 聞かれ、改めて見下ろした万里からはむにゃむにゃすらも聞こえなくなりつつあり、本格的に眠りに入りかけている。
 自力で歩かせるのはまず不可能だろう。
「両手が塞がる感じなら持っていけそうだな」
「俺も駐車場まで一緒にいきますよ」
「助かる。……まったく世話の焼けるバンビちゃんだ」
「全面的に同意はしますけど、ここんとこちょっと元気なさそうだったから、起きたらいっぱい構ってあげて下さい」
 万里を抱き上げようとしていた手を止め手見上げた望月は、我が子を見る母親のような表情だった。
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