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その後のいじわる社長と愛されバンビ
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しおりを挟む駐車場から部屋まで、意識のない成人男性を一人で運んでくるのは流石に骨が折れた。
ようやく寝室にたどり着き、ベッドに下ろすと皺にならないよう制服を脱がしてやる。
体のラインを強調するような燕尾型のカマーベストは、男の悪戯心をくすぐるデザインだが、こんな酔っ払い相手では邪な気持ちも湧いてこない。
むしろ、湧いたところでどうにもならないだろう。睡姦の趣味でもなければ。
「……やれやれ。振り回してくれるな、お前は」
酒が抜けたら覚えてろよ、と不穏なことを考えながら、これくらいはいいだろうと服を脱がす手を止めて額にキスを落とすと。
「うー……」
唸り声が聞こえて、起きたのかと少し意外な気持ちで見下ろした。
酔いが少しでも覚めていたら、意識のないうちに襲われているような構図になっていることを真っ赤になって怒るだろうと少し期待したものの、虚ろな瞳はぼんやり見つめ返してくるだけである。
これは起きたうちに入らないなと作業を再開しようとすると、その瞳がみるみる潤み始めて、ギョッとした。
「う……」
「お…おい、なんで泣く?あれか、気分が悪いのか?」
まさか勝手に脱がされているのがショックだったのではあるまいが、これほど酔っていたら具合が悪くなっている可能性も十分あり得るのでにわかに焦る。
医者を呼ぶほどではなくても、とりあえず咄嗟の際に洗面器くらいはいるかもしれないと腰を浮かせた時。
「……せ……」
「ん?」
「……どうせ俺は……あんたみたいに顔も頭もよくないし……オーナーみたいに暗黒なわけでも鹿島さんみたいに料理の達人なわけでも桜峰さんみたいにエロくもない……」
声が小さい上に呂律も怪しいので一瞬聞き逃してしまいそうになったが、どうやらそれが泣き出した理由のようだ。
それにしても桜峰がエロいというのは恋人としては聞き捨てならないような。
……あと月華の扱い。
「追いつきたくて、……が……頑張ってる、けど、うまくいかなくて……、っおれ……っ」
ひくっとしゃくりあげると、万里は本格的に泣き始めてしまう。
久世はベッドサイドに座り直し、どうしたものかと頭を掻いた。
望月に言われなくても、最近万里が悩んでいる様子なのは気付いていた。
これは泥酔することで出てしまった、誰にも言えずにいた弱音だろう。
超人的な『SILENT BLUE』の関係者との立て続けの出会いで、自分もそうでなければいけないと思い込んでしまったのかもしれない。
コンプレックスが己を磨くことへの原動力になるのであればいい。
だが、負担になるほどならば、意識するのをやめるべきだ。
「お前はお前なんだから、他の奴と同じようにできないことをそんなに負担に感じることはないんだぞ」
久世であっても、己にないものを羨む気持ちがないわけではない。
けれど、結局人は己以外の物にはなれないのだ。
理想の己を思い描き、それに近付けるように努力する他ない。
その点においては誰しも平等だ。久世や月華もまた、万里にはなれないのだから。
こんな酔っている時に言っても届かないかもしれないが……と思いながら、指先で涙を拭ってやると、一応聞いているらしく、万里は緩慢に首を振った。
「だっ……そ…、しないと」
「そうしないと?」
「昴さんに、ふさわしくない……」
「、…………」
震える声の告白に、少なくないダメージを受けて万里の胸元に突っ伏す。
「(なんつーか、こういうとこがほんとに参る……)」
恥ずかしいからとあれこれ拒否しておいて、こちらが完全に油断したタイミングで爆弾を投下してくるのだ。
駆け引きできない相手に、翻弄されている。
意地を張り通せないのは、万里が愛されて育ってきたからだ。
それが甘えだと気付いていても、ただ愛しいばかりで。
どうしてくれようと思ったが、言うだけ言って少しはすっきりしたのか、万里は再び眠りについていた。
「この酔っ払い。起きたら覚えてろよ」
相応しかろうとなかろうと、離してやる気などないのだとこのバンビちゃんに教えてやらなくては、と、久世は再び不穏な笑みを浮かべて、万里の服に手をかけた。
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