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しおりを挟むさしたる収穫もなく、しゅんとして戻ってきたましろと、不躾な訪問に怒っていたのかやけに鋭い目つきで見送る天王寺に対して、竹芝が何も突っ込まずにいてくれたのはありがたかった。
部屋まで送ってくれた竹芝が「またいつでも声をかけてくれ」と優しい言葉を残して去っていくと、途端に時間をもてあましてしまう。
朝食が遅かったのであまり空腹ではなく、さりとてゆっくりお茶を飲もうという気分にもなれず、誰もいなくても職場にいる方が気が紛れるかと、のそのそと支度をして早めに職場に向かった。
バックヤードへ続くドアを開けると、スタッフ用の応接ソファを陣取った碧井がスマホ片手に振り返る。
「ミドリ」
「あ、ハク、おはよう」
「早いですね」
「んー……ハクが来るかなって思ったから」
早急に連絡するほどの収穫があったわけではなかったので、店で話せばいいかと思っていたが、どうやら心配をかけていたようだ。
気遣いに礼を言いつつ、素直に碧井がいてくれてよかったと告げる。
「友達なんだから、当然でしょ。それで、どうだった?」
「それが……」
天王寺の会社に、先日碧井も会った天王寺の母親がいたことを話した。
プライベートなことかと思い、「彼女は天王寺に何かを要求して断られていた」と、金について話していたことは伏せたのだが。
「親族間のトラブルっていうと、お金のことかな」
見事に言い当てられ、驚きに目を瞠る。
「どうしてそう思うのですか?」
「人と人が揉めるのは大抵お金のことだから。もう一つ恋愛もあるけど、今回の場合可能性は低いから、刑事か民事かって考えただけ」
「ミドリは頭がいいです」
「それなりに修羅場潜ってるからね。ただの経験則」
続きを促されるが、あとはもう大して話すことはない。
「昨日の女性と彼が親子で、二人の関係があまり良好ではないことだけはわかったのですが、本人からはきっぱりと「話したくない」と言われてしまったので、それ以上の収穫はありませんでした」
「そっかあ……「話したくない」だとそれ以上は聞きづらいね」
見たままのことをまとめると、天王寺の母親はお金に困っていて、その工面を天王寺に頼んでおり、天王寺はそれを断っていたということになる。
彼女の身なりから察するに、それほど生活が困窮しているわけではなさそうなので、何か別のことに使うお金ということなのだろうか?
例えば、実家の事業があまり上手くいっていないだとか。
そういうことであれば、家族だから余裕のある(のかどうかはわからないが)息子に援助を頼むというのもあるかもしれない。
しかし天王寺はこれ以上は無理だと言っていた。
海河に言われたので『Kukuli』のサイトをみたが、天王寺の会社は大きくはなく、今はシェアがあり業績を伸ばしてはいるものの、まだまだ安定しているとは言い難い。
生活費程度の仕送りならまだしも、事業の運転資金を継続的に援助するのは厳しいはずだ。
全ての親が無条件に我が子を愛するというのは幻想だ、とましろは身をもって知っている。
ただ、知っているからと言って、何も思わないわけではない。
家を出てしまった今も、自分がもっと優秀な人間だったら、両親とも違う関係が築けていたかもしれないとやるせない気持ちになることもある。
天王寺は、面倒見のいい人だ。
必要以上の援助を断るのには何か理由があるはずで、そうせざるを得ないことは、天王寺にとっても辛い事なのではないだろうか。
彼のために何かしてあげられることがあれば……。
「壁に耳あり障子にメアリー、今あなたの後ろにいるの」
考え込んでいると、突然背後から声がして、驚いて振り返る。
「木凪……。びっくりしました」
「いや、というか、慣用句間違ってる上に混ぜるな危険!」
突如としてバックヤードに姿を表した八重崎は、碧井のツッコミに、無表情のままダブルピースをした。
「言葉は……時代によって変わっていくもの……。『笑』が『草』になるくらいだから……メリーさんもメアリーさんになるかもしれない……」
「相変わらずどこから突っ込んでいいかわからない……!」
碧井が頭を抱える。
会話の速さについていけず、ぱちぱちと目を瞬いていると、八重崎はましろをじっと見つめた。
「天王寺千駿とその他モブの情報……いる……?」
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