不器用な初恋を純白に捧ぐ

イワキヒロチカ

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 数時間後・神導月華邸

「なんか…空気澱んでんな、ここ」
 自慢のサロンに入って来るなり無礼千万無粋極まる男に、月華はカウチソファに投げ出していた身体を緩慢に起こし、じとりと非難の眼差しを向けた。
「五月蝿いよ征一郎。冷やかしなら帰ってくれる?」
「いや、お前が朝っぱらから招集かけたんだろ…」
 それは本当のことで、実にもっともな反論を、だがしかし月華は無視した。

 月華の酷い反応にも慣れっこなこの男、名を黒崎征一郎といい、日本の裏社会を統べると言われる黒神会の頭、黒崎芳秀の実子である。
 生まれながらのド外道、クズオブクズ、負の感情の集合体が服を着て歩いているような黒崎芳秀の魔の手から地球を守りたいという目的において利害が一致しており、補い合える部分も多いことから、裏の仕事における相棒のような存在だ。
 ……あとは、まあ、一応ほんの少しは、この男のぶれなさへの信頼とか、同じ家に暮らしていたこともあるので家族愛のようなものとか、何かそういうものもあるにはあるが。
 ともあれ、月華にとっては、気を使うことなく好き勝手言える相手である。
 そして半分くらいは八つ当たりをするためにわざわざ呼び出したようなものなので、呆れた顔をされたところでなんとも思わない。

 座ればと、向かい側にある1人掛けのソファを勧めていると、覇気のない表情の城咲が顔を出した。
「お疲れ様です……。征一郎さん…なんか飲み食いします?」
「お…おお、一、お前も背後に虚無が広がってんな。がっつり朝飯食ってきたから食いもんはいい。何か飲むものくれ」
「じゃあ、なんか茶でも……」
 よれよれとキッチンに向かう城咲の背中を見送った征一郎は、あんなテンションのあいつ初めて見たなと首を傾げている。
「あのさ、僕達は今、大事な家族の嫁入りと失恋を同時にしたみたいな複雑な悲しみの渦中だから、ちょっとは気を遣ってよね」
「ああ?なんだそりゃ」
「……………ましろに恋人ができて、傷心なの」
「ましろ?…………あー、あのなまっちろいのか」
「……なんか、他に表現なかったの?ほんとさあ、そういう野暮ったさっていうかデリカシーのなさがさあ」
「いや、特に親しくもない相手の容姿を克明に記憶してて賛辞と共に思い出すよりは普通の反応だろ」
「うん、征一郎に構ってる暇なんかないんだった。無駄話してないで、仕事の話するよ」

 お前が絡んできたんだろというジト目も華麗にスルーして、ちらりと傍らに立つ土岐川に視線を送ると、月華の側近であり、また恋人でもある男は長い足で一歩前に進み出、必要な情報の表示されたタブレットPCをテーブルの上に置く。
「今言ったましろが、ほんの数時間前にちょっと危険な目に遭ってさ」
「お前の身内に手ェ出すなんて随分命知らずな奴だな」
「僕ってほら、そんなに悪名高くないから、すぐ舐められるっていうか…」
「黒神会にお前より悪名高い奴はいないだろ…」
「失礼な。黒神会内で僕の悪名を無駄に高くしてる奴らは、僕の美しさと優秀さに嫉妬してるだけなんだよ」
 対面の征一郎は、一瞬気が遠くなったように目を閉じたが、すぐにハッとして咳払いをした。
「ま、要するにやったのは何も知らんカタギさんってことだな」
「……なんか釈然としないけど、そういうことで流しておいてあげるよ」
「そいつらの後始末の依頼なのか?お前のことだからさっさと乗り込んで奴さんのトラウマ作りに勤しんだんじゃねえのか」
 自分のやりそうなことをよく知る男のもっともな疑問に、月華は唇を尖らせた。
「僕だってそうしたかったよ。颯爽とピンチのましろを助けて、悪人どもを滅多切りにしたかったけどさ。でも木凪からその報告がきたのが事後だったんだからしょうがないでしょ」
「へえ。あのスパコン頭脳のちまっ子が後手に回ることもあんだな」
「違うよ、わざと後で報告したの。『若い二人で解決できることは……二人で解決するべし……野暮な保護者は……馬に蹴られて死すべし……って……どこかの誰かが言ってた……』とか何とか言って酷くない!?」
「酷いっつーか、あのちまっ子の言動は俺には理解不能だ」
「…で、汚れ仕事だけやっておいてっていうから渋々征一郎に押し付けようとしてるってわけ」
「汚れ仕事をそのままスライドすんなよ……」
 ぶつぶつ文句を言いながらも、征一郎が断らないことはわかっている。
 それでも一応不服そうなポーズだけはする征一郎がタブレットを手に取りデータを確認していると、城咲が二人分の紅茶を持って現れたので、月華も一息つくことにした。
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