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不器用な初恋のその後
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しおりを挟むまずは渡すものね、と月華はテーブルの上に用意してあった封筒から取り出した書類を並べる。
「これは、僕がずっと預かってた、ましろの銀行口座の契約書類一式。今ましろが持ってるクレジットカードの指定口座でもあるから、目を通しておいて。もし管理が心配なら、彼に預けておいてもいいかもね。あとこれは、身分証。偽造とかじゃなくて、一応本物だよ。もしも、他の身分証明書類なんかが必要になった時は、都度言ってもらう必要があるけど、」
「あ、あの……!」
聞いているうちに不安が募り、続く説明を思わず遮っていた。
「うん?何か不明な点があった?」
やんわりと聞き返されて、ましろは今の気持ちを上手く表現できず、言葉に詰まる。
先日、月華と電話をした際にも感じた漠然とした不安。
自分でも形にならないそれを、どう伝えればいいのか。
月華は急かさずに言葉の続きを待ってくれている。
その間に土岐川がお茶を持ってきた。
月華の好きな、フルーツの香りのフレーバードティーだ。
とりあえず飲んだらと勧められて口にすると、温かさと懐かしさが胸に満ちる。
束の間、この屋敷で暮らしていた頃に戻ったような感覚に心が解けて、ましろはようやくその先を続けた。
「なんだか、その……、もう、月華と関係がなくなってしまうみたいな感じがして、不安になってしまって」
自分で天王寺と暮らすことを決めておいて、何を言っているのかと思われるかもしれないが、これが素直な気持ちだ。
不安に冷たくなった指を温めるようにカップを弄んでいると、月華は微かに目を瞠り、それから破顔する。
「そんなことは、ましろが望んでも僕が許さないよ。僕とましろの関係は、これからも何も変わることはない」
本気で月華と関係がなくなると思っていたわけではないが、言い切ってもらえるとホッとした。
ましろが安心して微笑んだのを見届けてから、月華が「ただ」と付け加える。
「僕の目が届かない場所で暮らすことになると、身分証やお金は必要だと思うんだ。狭いコミュニティに暮らす日本人は、異質なものに特に敏感だからね。今はピンとこないかもしれないけど、他の人と同じだと示すことが、ましろの身の安全に繋がるから」
真剣な表情で言われて、ましろは素直に頷いた。
「何から何まで、ありがとうございます」
「ましろはお礼をいう必要なんかないよ。僕が全部、やりたくてやってることだから」
「それでも……私が助けられていることには変わりありません」
「僕も、ずっと、それでいいんだと思ってたんだけどね」
不思議な感慨のこもった言い方に、首を傾げる。
それではいけないことがあるのだろうか?
「あの時…、ましろに一緒に来て欲しいって誘った時、僕は、あの家にいればそのまま受け取れたはずの「普通」をましろから全部取り上げてしまった。本当は、友達として、外から支えるという選択肢だってあったはずなのに。でも、僕はましろが欲しかったし、その方法が一番いいと思ったからそうした。後悔はしてない。けど、ましろには「普通」を取り戻す権利がある。でも、僕と深くかかわってしまった以上、完全に元の状態に戻ることは不可能だから」
「わ、私も、後悔なんてしていません。あの時の私には、月華の庇護が必要でした。全て、私が望んだことです」
「わかってる。けど、そう……僕はずっと、何かをしてあげてる気持ちでいたんだなって、最近気づいたんだ。でも、みんなそれぞれに、自分の道を切り開く力を持ってる。ましろが僕のそばで過ごした日々が、ましろにとって良きものになったっていうのは、ましろがそうあるよう努力したからなんだよ」
「月華……」
儚く微笑む月華は、とても綺麗で。
ましろは手を伸ばし、その痩せた手を握る。
「私は、月華のそばにいられて、本当に幸せでした。月華は絶対に間違っていません」
「……そういうましろがそばにいてくれたから、僕もいつも自信を持っていられたよ。ずっと助けられてた。ありがとう。これからも、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします、月華」
二人は手を取り合い、そっと微笑み合った。
それもそう長いことではなく、月華はすぐに表情を改め、誤魔化すように笑う。
「う~ん、なんだか湿っぽくなっちゃったね。僕らしくないな。僕がこんなことを言ってたのは、他の人には内緒ね」
彼がその胸の裡を明かすのは、本当に近しい人にだけだ。
ましろはそれを嬉しく、誇らしく思いながら、頷いた。
「はい。私と月華だけの秘密です」
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