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 翌日出勤すると、開店前のフロアが何やら賑やかだった。

「おはようございます」
「お、湊おはよー」
「おはよう、桜峰」
「湊、お疲れ様」
「おは……よう……」
 店長、副店長、オーナーの口々な挨拶にいつものメンバーとは違う人物が混じっているのを見つけて、嬉しくなって一歩前に出る。
「八重崎さん」
「……元気?」
 淡々とした口調で、感情を乗せない大きな瞳が湊を見上げる。
 元気です、と笑いかけると、八重崎はごく微かに目元を和らげた。

 二人のやりとりを見ていたオーナーが興味深そうな表情をする。
「『SILENT BLUE』まで一緒に乗せて欲しいって湊に会うためだったの?」
「そう…もう月華は用済み……煙たい上司は早くこの場を辞すべき。パワハラダメ絶対」
 流石に八重崎はオーナーに対しても言いたい放題だ。
「怒っていい?これ」
 用済みと言われたオーナーの顔は笑っているが背中から黒いオーラが出ていて、慌ててフォローする。
「えーと……俺はいつもオーナーが来てくれると嬉しいですよ」
「…………湊はほんとにいい子だよね…湊がうちの子ならいいのに」
 ホロリと涙を流す仕草をしたオーナーが手を伸ばしてくる。それが頭に触れる前にさっと腕を引かれて、気付けば湊の前には望月の背中があった。
「月華!湊はうちの子だから誘惑するなよ」
「ええ?『SILENT BLUE』の子ってことは僕のうちの子みたいなものってことだよね?望月が親権主張するのおかしくない?」
「おかしくない。桃悟も何か言ってやれ」
「俺に振るな」
「先に……手を離した方が母親……」
 巻き込まれて迷惑そうな桃悟と、謎の大岡裁きを始める八重崎と。
 賑やかで家族みたいだと、幸せな気持ちでそれを見守る。
 帰ることのできる場所があるというのはとても幸福なことだ。

 話をしているうちに開店時間が迫ってしまい、駆け足でミーティングを終えると、それを側で見ていた八重崎が湊の腕を取った。
「今日は眠兎を指名しに来た」
「あ、俺ですか」
「湊に変なこと吹き込まないでよ」
 帰ろうとしていたオーナーがどこか諦め顔で釘を刺す。
「変なことは話さない。ガチ五郎との愛の軌跡を聞きたいだけ……」
「ガチ五郎?」
「松平……ガチ五郎……」
「ああ、松平竜次郎か」
「(納得されてる……)」
 それでいいのだろうかと思わず遠くを見つめてしまった。


 以前と同じようにVIPルームのソファに並んで座り、「ガチ五郎と楽しくやってる……ように見える」という指摘に苦笑しながら、先日のデートの件をかいつまんで話した。
 それが一段落したところで鹿島が飲み物を持って来てくれたので、本題に入る雰囲気になる。

「……でも、会いに来てくれてよかった。俺もお話ししたいというか、相談したいことがあったんです」
「…………………」
 湊の言葉に、八重崎はすっと目を細めた。
「あの……?」
 迷惑だったら……と遠慮しかけたのを遮り、一つ首を振って元の無表情に戻る。
「何でもない。じゃあ、こっちの話は手短に話す。まず中尾宗治の組織『オルカ』に接触したのがどの組織なのかは特定できた。それは教えられるからデータを送る。ただ目的の方は、はっきりしない」
「オルカを乗っ取りたい……んじゃないんですか?」
「最終的にはそうするつもりだとは思う。だけど、力を見せつけるような接触の仕方をしてる。中尾宗治が武闘派だからそういうパフォーマンスをしたのかわからないけど、ビジネスの話をするならそんなことをする必要はない」
「松平組とオルカを戦わせようとしたのも同じ組織なんですか?」
「そう。今は武器と一緒にヒットマンも売ってる時代だから特定に少し時間がかかった。海外の組織が松平組とオルカを戦わせて何か得することがある?黒神会に対抗したいなら両方抱き込んだ方がお得。今の事態の全体像を掴むには、何か足りないデータがある」
 すっきりしない、とぼやいた八重崎に、説明されたことが相談しようと思っていたこととも繋がっていたのを少し不思議に思いながら、湊は提案してみることにした。

「………………中尾さんが聞き出せないでしょうか」

 頭のいい八重崎が、言葉の意味を計りかねて首を傾げる。
「どういうこと?」
「彼を味方につけて、スパイ的なことをしてもらえたら何かわかるかも……って」
「それは………………」
 黙ってしまった八重崎に、馬鹿なことを言っているだろうかと不安になり、「難しいですよね」と小さくなったが。

「ちょっと、面白そう」

 湊を見つめ返した八重崎の瞳が、キラリと輝いた。


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