溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ

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 言うだけ言うと、榛葉は湊を追い越して受付の方に行ってしまった。
 榛葉の言葉を反芻しながら、首を傾げる。
 竜次郎だけでなく『SILENT BLUE』のスタッフにも、特に最近で言えば急な欠勤などで迷惑をかけていると思う。ましてや榛葉にはオープニング当初から湊が気付いていないようなところでも助けてもらっていたことは沢山あっただろう。
 十分に甘えているように思えるのに、何故あんなことを言ったのだろう。
 湊が頼りないせいで、心配をかけてしまっているのかもしれない。
 お客様にまで気を遣わせてしまっては大変だと、湊は気持ちを引き締めた。


 特にトラブルもなく無事に仕事を終えて部屋に戻ると、いつものように竜次郎に連絡をする。
 だが、珍しいことに繋がらず、湊は先に風呂に入った。
 入浴も終えて、髪を乾かしているくらいにようやく折り返しがかかってくる。
『湊、出られなくて悪かった』
「ううん。竜次郎、忙しいなら無理しないで」

 言いながら、電話の向こうがやけに騒がしいことに気付いた。
 何か少し、ただの街の喧騒や和気藹々とした事務所の雰囲気とは違うような気がする。
 だが、背後の音に耳を傾けるより先に、別室に移動したのかそれは聞こえなくなった。

『今夜なんだが、急な仕事が入った。迎えに行けねえ』
 言いにくそうに切り出された言葉に、少し驚く。
 竜次郎がそんなことを言うのは、再会して以来初めてだ。
 無論、ずっとこうならないように仕事の予定を調整してくれていたのだろうが、これまで寝る時だけしか一緒にいられなくても、竜次郎は湊を連れ出したのに。
 先程のざわついた雰囲気といい、嫌な予感がして、スマホを握り直した。
「あの……何かあった?」
『……ちょっとな。まあ心配するようなことはねえから、お前はそっちでいい子にしてろ。また連絡する』
 本当に立て込んでいるようで、竜次郎は早々に通話を切り上げる。
 気をつけてね、という言葉が届いたかどうか。

 通話を終えると、途端に一人の部屋が暗く感じて、わざとらしく照明を上げた。
 寝室で相棒のウサギを抱えても、何が起こっているのか気になって、竜次郎のところに行きたくなってしまう。
 湊がふらふらと出掛けて行って巻き込まれる方が迷惑をかけるのだということはよくわかっているのだが、ただ、不安だった。

 八重崎なら何か知っているだろうかと思い、電話をしようかと思ったが、既に深夜だ。
 本当に緊急事態だったら、逆に八重崎から湊に連絡をくれそうな気がする。
 とりあえず落ち着けと自分に言い聞かせ、まずは松平組に何か異変が起こっているのか、情報はあるかと問うメッセージを送っておいた。
 少し待ってみたが特に既読にもならず、連絡はない。

 ベッドにぱったりと倒れ込みながら、湊は己の無力さを呪った。
 情報ひとつとっても八重崎に頼ってばかりだ。
 自分が無事でいることが一番望まれていることだとわかってはいても、何もしなかったことを後悔するのではないかという不安は拭えない。

 八重崎から連絡があったのは、翌朝だった。

『おはよう……』
 八重崎は、いつも通りだった。
 だが、一晩眠れずに不安な気持ちばかりを育ててしまった湊は、食い気味に情報を求めてしまう。
「お、おはおようございます、あのっ……」
『カタギ規制で話せないことが多い……。 昨夜二十一時十七分頃、事務所近くの駐車場に置いてあった松平組の車が爆破された。……死傷者はいない。防犯カメラに不審な人物は写っていたけど、今は武器と一緒にヒットマンも売り買いする時代……。今のところ捕まっていないし、捕まってもそこから情報を辿れるとは考えにくい』
 聞かされたのは、普通に生活していたらあまり遭遇しないような物騒な話だった。
『重ねていうけど死傷者はいない。ただ、抗争ってことになれば警察も動く。湊は今は自宅にいるのが一番いいと思う』
「俺……何か、できること、ないですか?」
『動くなら、もう少し構図がはっきりしてからの方がいい。情報は、適当に流すから、自宅と職場の往復をしておいて』

 ネタや面白さがあれば危険なことにも首を突っ込む八重崎にまでそう言われてしまったら、湊も従わざるを得ない。
 落胆しながら、わかりましたと頷いて、通話を終えた。
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