溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ

文字の大きさ
91 / 188

91

しおりを挟む

 前日の夜まで時間を戻す。
 爆破事件が起こる直前の松平組の事務所には、いつものように柄の悪い男たちが無駄にたむろしていた。
 暇そうに見せかけて実は仕事中…とかいうわけでもなく、見たまま、暇なのである。
 みかじめを集めて回るようなヤクザらしい仕事はなくなって久しい。
 松平組の主な収入源は地下カジノの経営である。
 地下カジノといっても、対面のギャンブル場からインターネット上のものまで様々だ。
 店頭に本業丸出しの組員を置いておくわけにもいかないので、動かせる者を待機させておき有事に備えていると言えなくもないが、明らかに時間を持て余している感が出ている。
 昼間は日雇いの仕事に行く者もいるが、そういう者も朝が早いので休めばいいのに、いつまでも事務所で酒を飲んで花札などに興じているのだ。

 小人閑居して不善をなす。
 …とはよく言ったものだと、近々オープン予定であるギャンブル場に関する契約書類に目を通していた竜次郎は、眉間に深い皺を刻み暴れ出したい衝動と戦いながら思う。

「そもそも、代貸は毎日毎日やりすぎじゃないですか?しつこい男は嫌われますよ」
「湊さんと兄貴の体力差とか体格差とか少し考えて」
「つーかあんな長時間アレ聞かされてる俺らの身にもなって欲しいんですけど」
「代貸が振られたら俺達の天使が……」

 暇つぶし及び酒の肴が上司への文句(しかも本人の目の前で)とはどういう事だと、『俺達の天使』辺りで流石に堪忍袋の尾が切れた。
「うるせえんだよ!何でお前らが説教してんだ!」
 ジャガイモのような頭に拳骨を落として回ると、横暴だのパワハラだのと不満が聞こえてくるが、全て無視して乱暴に椅子に座り直す。

 過剰に怒ったのは、耳に痛かったせいもあった。
 湊が嫌がらないので、ついやりすぎている自覚はある。
 ただそれ以上に、湊の様子がおかしいのが気になっていた。
 最中に唐突に覗かせた不安は、どこからやってきたのか。
 友人とかいう男?との外出中に何かがあったのか、だが、事務所にやってきた時は特にいつも通りだったように思う。
 自分が無神経なことでも言ってしまったのか、それとも今置かれている状況への危惧か。
 神導にでも何かいらないことを吹き込まれているのか、妙に鋭いことを言ってくることがある。
 別れ際にはいつもの湊に戻っていたが、一過性のものだと思わない方がいいだろう。

 五年前、竜次郎は自分の方が捨てられたのだと思っていたが、湊は出て行けと言われたこととは別に『好きでいてもらう自信がなかったから』離れることを選んだのだと言っていた。
 求めたのは竜次郎の方だったのに、なぜその結論に至ってしまったのかは竜次郎には理解できないが、その不安が払拭できていない可能性はある。
 どれほど近しい人間でも、同じ人間ではない以上、その思考を全て理解することは不可能だし、その必要があるとも思っていない。そこをすり合わせていく作業が人間関係の楽しさだというのが竜次郎の持論ではあるが、湊に関しては、早いうちにもう一歩深いところに踏み込まなければ、五年前と同じ轍を踏むことになる気がした。
 人の感情は一朝一夕でどうにかなるものではないので、観察と対話を重ねる以外に解決法はないだろう。
「(いつまでもあんな顔させとけねえだろ。またあいつがいなくなったら……)」

 その時、爆音が轟き、建物が揺れた。

 ただ事ではない気配に全員立ち上がる。
「っ…!?これは……」
「兄貴!」
「狼狽えるな!誰か外の様子見て来い」
「はい!」
 浮き足立つ男達に指示を飛ばし、報告を待つ。
「貸元の方にも人を回しますか」
「いや、あっちの方が人員は厚いし日守もいるからまだ動くな。状況が分かり次第俺が連絡する」
 話をしていると、男達が戻ってきた。

「駐車場です!うちの車が燃えてます!」

 報告によると、怪我人はなく、また近くに可燃物もなかったため、被害は車一台で済んだようだ。
 炎上事故などではない、明らかに松平組を標的とした襲撃だが、無関係の一般人に被害が出るかもしれないような場所で仕掛けてくるのが赦しがたい。

「(湊のことで手一杯だっつーのにくだらねー戦仕掛けてきやがって……)」

 ギシッと音のするほど奥歯を噛み締めて、竜次郎は未だに姿を見せぬ敵に強い憤りを感じていた。
 もたらされた情報によれば、オルカと組んでちょっかいを出してきているのは中国のそれなりに大きい組織だが、ここまでされて相手にしないわけにはいかないだろう。

「まずは親父のところに行く。マサ、お前はここに残って他に被害がなかったかの確認だ。その後の指示は追って出す」

 極道の顔になった竜次郎は、マサがうなずくのを確認し、椅子にかけてあったジャケットを掴むと、数人の組員を連れて事務所を後にした。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎ 兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。 冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない! 仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。 宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。 一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──? 「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」 コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

処理中です...