105 / 188
105
しおりを挟む腕を引かれ、寝室へと戻って来た。
敷かれたままの布団に座らせ、竜次郎は湊が泣き止んで口を開くまで辛抱強く待ってくれている。
頭を撫でる優しい手に促されるように、湊は出て行こうとした理由をぽつりぽつりと語り始めた。
長崎や金の言葉。自分のせいで竜次郎を危険に晒してしまったこと。
湊の存在が、竜次郎の足枷になっていることが、辛い。
自分の中でもまとまっていないそういったことを話して、言葉が途切れると、竜次郎にふっと顔を覗き込まれた。
「それだけじゃねえだろ」
「え?」
「お前が嘘を言ってるとは思わねえが、他にも何か気になってることがあるんじゃねえか」
「っ……」
竜次郎は、やはり聡い。
何故、今語ったことを、湊がそれほどまでに恐れるのか、それを話せとそう言うのだ。
両親の離婚にまつわる不安を、誰にも話したことはない。
考えすぎだ、幼稚な思い込みだと一蹴されてしまいそうで怯んだが、ちゃんと話せと真摯な瞳に見据えられて、逃げられなくなる。
湊は観念して両親の離婚の経緯を話した。
「……………なるほどな」
話し終えると、そう言ったきり竜次郎が黙ってしまったので、湊は不安な気持ちになる。
両親と、特に父と竜次郎が違うのは、湊にもきちんとわかっている。
不安なのはただひたすらに自分の重さなのであって、竜次郎を信用していないという意味で捉えられていたらどうしよう。
そのことは伝えておくべきかもしれないと、つい俯いてしまっていた顔をあげたが、竜次郎が口を開く方が先だった。
「あー、まあ、何だ。現時点でお前のその不安を払拭してやれる何かっつーのは思い付かないんだけどな」
「う……うん」
「確かに人の気持ちは変わるもんだし、永遠っつー言葉を無邪気に信じられるほどガキでもねえし」
「うん……」
力なく頷いた顔に手が伸びてきて、顎を掴まれ、視線を合わせられる。
苦笑いのような、しかし優しい眼差しがそこにはあった。
「とりあえず、俺がお前を嫌いになったりしねえってことは、一生かけて証明していくしかねえな」
「い……一生?」
「お前がヨボヨボのじいさんになって、今際の際に俺の言葉が本当だったって思えりゃいいんだろ」
「な、長いね」
そんなスケールで考えたことはなくて、思わず漏れたツッコミに、竜次郎がむっと眉を寄せた。
「お前はそんな短いつもりだったのかよ」
「俺は……竜次郎が俺のこと好きじゃなくなったときはどうしようって、そればっかり考えてたし……」
「…………………」
すっと細まった瞳に、慌ててフォローをする。
「あの、竜次郎の言葉を信じてなかったわけじゃないよ?俺が、竜次郎にずっと好きでいてもらう自信がなくて」
言葉の途中でぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられた。
「りゅ、竜次郎」
「お前のことを重いとか、役に立たねえとか思ったことは一度もねえぞ」
それは、竜次郎が優しい人だからだ。そう言い返すのがわかっているかのように、人差し指と親指で唇をつままれる。
「ま、その辺も含めて、一緒に考えようぜ」
「んんぅぅ……?(一緒に?)」
自分でしておいて、アヒルのような口の湊の顔がおかしかったのだろうか、竜次郎が笑う。
「人間関係ってのは、どっちかだけ頑張っても駄目なもんだろ。だから、一緒に考えるんだよ。お前の不安は俺も一緒に背負う。お前は俺といることで今回みたいなことがあるかもしれねえし、神導のところにいるよりずっと大変なことも多いかもしれない。迷惑かけるのは……まあ、お前に関することを迷惑に思ったことは一ねえんだが、とにかくお互い様だろ。どうすれば二人が幸せでいられるか、そういうのを二人で考えるのが、誰かと一緒になるってことなんじゃねえのか?」
結婚や、誰かと一緒に生きるという選択を、そんな風に考えたことはなかった。
それで、いいのだろうか。
竜次郎は、こんな自分でいいと言ってくれている。
「竜次郎は、……俺で、本当にいいの?」
全てを分かち合う相手に、湊を選んで本当にいいのだろうか。
「いいも何も、お前じゃなきゃ駄目なんだよ。俺がちょっとでもデキる任侠に見えてるんだとしたら、それはお前のお陰だ。お前がいるから、ちょっとはカッコつけなきゃいけねえって思えるんだからな」
優しく抱き締められて、一つずつ竜次郎の言葉を反芻する。
湊は、この場所にいていいのだ。
それをじわじわと実感して、ようやく、その背を抱き締め返すことを自分に赦せた。
「振られたってのに五年も引きずってたんだぞ。俺も十分重いだろ」
言っとくが、好きだっつったのは俺が先だからな。
謎の対抗意識を燃やす竜次郎に耳許で苦笑まじりに囁かれて、涙ぐんだ湊も唇を綻ばせた。
9
あなたにおすすめの小説
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
発情期のタイムリミット
なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。
抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック!
「絶対に赤点は取れない!」
「発情期なんて気合で乗り越える!」
そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。
だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。
「俺に頼れって言ってんのに」
「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」
試験か、発情期か。
ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――!
ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。
*一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
恋なし、風呂付き、2LDK
蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。
面接落ちたっぽい。
彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。
占い通りワーストワンな一日の終わり。
「恋人のフリをして欲しい」
と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。
「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。
転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています
柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。
酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。
性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。
そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。
離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。
姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。
冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟
今度こそ、本当の恋をしよう。
望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。
ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎
兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。
冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない!
仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。
宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。
一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──?
「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」
コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる