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極道とウサギの甘いその後+サイドストーリー
青春極道と魔性のウサギ(竜次郎・湊)
しおりを挟む湊がうちで暮らすようになってすぐ、暑い季節がやってきた。
夏は博徒にとってはオフシーズンだ。
その昔、取締まりから逃れるために賭場は密室で開かれることが多かったので、暑い季節は避けたというのが起源らしい。
空調設備のある現代には関係のない話だというのに、アタマの古いうちの親父にはそういう慣習が残っていて、暑い時期は派手に商売をするなというのだが、堅い収入源であるオンラインカジノや、黒神会の神導と組んで動かしてる賭場の案件を何日も放り出すわけにもいかず、俺と多少勤勉な何人かばかりが忙しいというのが最近の夏の慣例となっている。
釈然としないものはあるが、それでも今年は湊がいるから色々とやる気は漲る。
単純な俺と違って、湊は色々と複雑な奴だ。ここまで来るのに困難はあったが、俺の側に落ち着くことにしてくれたのは、本当にありがたいことだと思っていた。
その湊が、最近少し大人しい気がする。
普段から大人しい奴ではあるが、精彩に欠けるというか、今も事務所のソファで何をするともなしにぼんやりしているのが気になり、思わず聞いていた。
「湊、なんか具合とか悪いか?」
「うん?……ううん、大丈夫。元気だよ」
そうは言っても、微笑む顔には力がない。
昨夜はやりすぎたかいやでもいつもと同じぐらいだったようなむしろ連日だから疲労がたまって……などと考えかけて、ふと思い当たることがあった。
そういえばこいつ、暑いのは苦手だったか。
「お前、夏はあんまり具合よくねえんだよな。遠慮なんかしねえでガンガン空調入れろよ」
「竜次郎、よく覚えてるね」
「お前のことは一つも忘れてねえよ」
……と言いながらもだるそうな様子を見るまで気付かなかったのは失態だ。
そんな俺のことを怒るでもなく、湊はくすぐったそうに目を細めた。
じわりと口元が綻ぶその瞬間は、何度見ても綺麗で、……思わず伸ばしかけた手で湊のかわりにリモコンを掴み、設定温度を下げる。……俺がとどめを刺してどうする。
「ここ数年夏に外に出ることってほとんどなかったから、少し暑さに驚いてるのかも」
「……どれだけ引きこもってたんだよ」
東京の一等地に聳え立つ、あの高層ビルの中にいればさぞかし快適だっただろう。
ツッコミを気にする風でもなく、心配してくれてありがとう、と笑う顔が、昔の面影と重なった。
思い出すのは、襲い掛かってきそうな巨大な雲に、じりじりと照りつける太陽。辺りに響きわたる蝉の声。
遠雷が去って、突然やってくる灼熱の季節。
湊と話すようになって初めての夏のことだ。
部活動に精を出すでもなく、熱心に進学を考えるでもない学生の長期休みなど、時間を持て余す以外の何物でもなく、家もそう遠くなかったので、湊とは夏休みの間もよく会った。
その日も顔を合わせると、「今日は水辺に行きたい」と言うので川に向かって歩き出したが、なんとなく違和感を感じて目線より下にあるその顔をのぞいた。
「……今日は大人しいな、お前」
「そう?暑いせいかな……」
俺はどちらかというと冬よりは夏の方が好きで、屋敷の夏暑く冬寒い古い木造家屋にも鍛えられているせいか、さほど暑さを気にしてはいなかったが、明らかに湊は暑さにも寒さにも弱そうだ。
熱中症というほどではなさそうだが、進路を変更して、コンビニでアイスとスポーツドリンクを買った。
「これ……もらっていいの?」
店を出て、買ったものを差し出すと、湊は目を丸くして、手元と俺を見比べた。
「これ食いながら、どこか涼しいところ行くぞ」
「ありがとう、竜次郎」
礼を言って受け取ると、早速袋を剥がして、アイスにかぶりついている。
湊は、何かしてやると大袈裟なほどに喜ぶ。こいつにとって誰かに何かをしてもらうことは、とても特別なことのようだ。
感謝の気持ちを持つのはとてもいいことだとは思うが、日常の些細なことすらしてもらうことが当然と思えていないのは、……少し切ないことだとそう思った。
「チョコミント、美味しいよね。俺、昔さ……」
「垂れるぞ、話すのは後にしろ」
ただでさえ歩きながらなので、注意力が散漫になる。子供にするように注意すると、湊は暑さで早くも溶けかかっている側面に気付いたようだ。
「あっ……」
舌を出して溶け出して垂れそうになったアイスを舐めとる姿を見た時の衝撃は今も忘れられない。
暑さのせいで上気した頬、首筋を伝う汗、頬張ったアイスと唇の隙間から時折のぞく舌。
野郎を、……湊のことを、そんな風に見たことはそれまで一度もなかった。
湊のことをそういう目で見る奴がいることはわかっていたが、衝動を感じたこともなく、自分には関係のないことだと思っていたのに。
「……………………」
「竜次郎?あ、竜次郎も冷たいの食べたいよね?」
食べる?と差し出されて、何故か息を呑んだ。
こういうやりとりが、今までなかったわけではない。胃が小さいのか量を食べられない湊は、俺が買った分を一口分けてやると喜ぶので、回し食いなどいつものことだ。
なのに何故、今こいつが口をつけたものを食べることを禁忌に感じてしまっているのか。
「っあー…………いやいい。お前が全部食っていい」
「そう?竜次郎って……優しいよね」
優しいなどと、湊以外の奴に言われたこともない。
それ以上アイスを食べる湊を見ていることができず、空を見上げるふりで視線を外す。
鼓動がうるさいのは、暑いせいだと思いたかった。
無遠慮なノックの音で、回想が打ち切られる。
おざなりな返事をすると、ばんっと年季の入った戸が開かれて、むさ苦しい男どもががやがやと入ってきた。
「湊さん、アイス買ってきたんですよ!食べますか?あ、兄貴もついでにどうぞ」
こいつらはなんだってこんなに失礼なんだ。
松平組にはこの建物と同じく年季の入った奴らが多く、大概の奴らよりは俺の方が若輩だが、ヤクザは年功序列じゃねえ。名目上のナンバーツーを立てようって気は少しはねえのか。
舎弟の風上にも置けない奴らは、袋の中のアイスを湊に選ばせている間、脂下がって「湊さん夏なのに肌白いな……」とか呟いているので、容赦なく鉄拳制裁を下した。
「渡し終えたら出てけ。湊に菌が伝染る」
「代貸、横暴!」
「湊さんと一緒に食べようと思ってたのに!」
全員部屋の外に放り出すと、何か文句を言っていたようだが勿論黙殺する。
……あいつらに湊が物食ってる(エロい)ところを見せたくはねえからな。
湊がいない五年間、何とは言わないがお世話になった比率は、初めて抱いた時の記憶より、無邪気にアイス食ってた時の方が高かったなんてことは、墓場に持っていこうと思う。
「竜次郎……俺はそんなにか弱くないし、折角アイス買ってきてくれたのに、あんまり乱暴にしたら悪いよ……」
湊は自分のせいで奴らが虐げられていると思っているらしく、よく庇うような発言をするが、一切必要のない気遣いであると、何度説明しても伝わらない。
「あー、まあ、あれだ。夜、風呂で体洗ってやるからそう怒るな」
「うーん……あからさまに誤魔化されてる感あるけど……約束だからね」
あまりにもあっさり寄せていた眉を解いた湊に、脱力する。
風呂に入れてやるというのは、交渉材料になるのか。
自分から言い出しておいてなんだが、俺にとって嬉しいことのような気がするのだが。
それでも湊はその約束に気をよくしたようで、ご機嫌な様子でチョコレートアイスバーを袋から取り出した。
「竜次郎もよく買ってきてくれたよね」
アイスといってもカップ状のやつもあるだろうに、買ってきた奴らも選ぶ湊も、何故にバーの方をチョイスするのかと脳内で文句を垂れつつ、つい湊の口元へと視線が釘付けになって、上の空で受け答えをする。
「……お前はアイス好きだったよな」
「うん。でも、竜次郎の方が好きだよ」
それが、果たして松平竜次郎という人間のどこに向けられた言葉だったのか。
ちゅっとアイスに吸い付く湊を、見てはいけないと思うほどに視線を吸い寄せられる。
こいつは、マジで魔性だな。
お前がそんなだから、毎晩「イタズラするな」と繰り返すことになるんだと、俺は若干前傾姿勢になりつつ、脳内でひっそりとため息をついたのだった。
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