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極道とウサギの甘いその後+サイドストーリー
極道とウサギの甘いその後2−4
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一段落して、ざっと汚れを流すと湊を抱えるようにして湯船に入った。
のぼせないようぬるめに張った湯の中で、湊はしんなりと体を預けてくる。
場所を変えてもう一度くらいじっくり可愛がってやりたいが、この様子だと横になったら寝てしまうかもしれない。
「竜次郎……、今日は接待だったの?」
想像通り眠そうな声音だ。
ぱしゃん、と音を立てて緩慢に水面を弄ぶ湊の後頭部を見ながら、事務所に戻る前のことを思い出して竜次郎は眉を寄せた。
「ああ、まあ、そんな要素があったようなかったような」
黒神会の神導と組んで(組まされて)始めた裏カジノ『SQUALL』が先日オープンし、運営は概ね順調なのだが、客との些細なトラブルが絶えないのが目下の悩みだ。
松平組の賭場は元々玄人向けにしか開いておらず、客は純粋に博打を楽しみにやって来る。
一方、『SQUALL』は紹介状さえあれば誰でも受け入れることになっている。
手持ちの顧客だけでは収入が限られてくるだろう、という黒神会側の指定なのだが、案の定売り上げと比例して無作法な素人による小さなトラブルが相次いでいた。
今日の件は、先日イカサマをした若い客を少々脅しつけて帰したところ、父親が『詐欺だ』などと見当外れの苦情を入れてきた。
現場の人間では話をつけられず、竜次郎が直々に話をすることになったわけだが、思い出すだけでもうんざりしてくる。
責任者と話がしたいというので出向いてみれば、相手は妙に下手に出て接待風な席を用意してきた。
怒っていたのではないのかと訝ったが、何のことはない、少しばかり裏の人間と繋がりを持ち、VIP扱いをされたかったのだ。
何を勘違いしているのか知らないが、今日日のヤクザは特権階級でも何でもない。
何故関係を持つことで甘い汁が吸えると思うのか、冷たくあしらうと途端に『違法なギャンブル場を営んでいるくせに、出るところに出てもいい』などとキレ始めた。
法に守られた最近の素人はヤクザよりも恐ろしい。
松平組が玄人以外に商売をしてこなかったのはこういう輩がいるからである。
…とはいえ、更に恐ろしいのが黒神会だ。
国家権力の中枢と完全に癒着している黒神会がバックにいれば、出るところに出られたところでこちらは痛くも痒くもない。
好きにしろと言いおいて、その場を辞した。
そんなことをしてお前がどうなろうと知ったことじゃないが、と優しく警告をしつつ。
……これは今までで一番どうしようもない件だが、くだらないイカサマをしたことを咎められて『お前らもイカサマをしてるじゃないか』と逆に憤る輩は多い。
胴元が勝負を有利に運ぶのは当然である。
合法である宝くじも競馬もパチンコも、どんなに勝っても胴元が儲かるようになっているのに、何故それを理解しない輩が多いのか……。
馬鹿馬鹿しすぎて話すようなことでもないので濁すと、湊は「そっか」と何やら得心したように頷いた。
「お店のきれいどころとよろしくやっていたせいで、いつもより遅かったと」
飛び出した予想だにしない嫌疑にぎょっと目を剥く。
「はあ!?なわけねえだろ何言ってんだお前」
「う、うん。冗談だけど。そんなに動揺されると逆に気になるっていうか」
慌てて上半身をひねって半分こちらを向かせると、湊はへらりと笑った。
冗談かよ、と脱力する。
「お前な。またあいつらに何かろくでもないことを吹き込まれたのか?」
「え?ううん。女性ものっぽい香水の匂いがしたから、お楽しみがあったのかなって」
確かに、個室の料亭には酌をするために芸者が呼ばれていた。
ただの酌にしては距離が近かったし、奥の部屋には布団が敷いてあっただろう。
……背景にしか見えなかったとは流石に申告しにくい。
先方と話している間中『湊が帰ってきちまうじゃねえか早くしろ』と思っていたというのに、そんな冗談はねえだろ……と肩を落としかけて、不意に湊の前後の言動が脳内で結びつく。
「あー……………先に風呂に入りたいっつったのは、それか?」
「え……………?」
今まで(怪我や事件などで体を洗えていないときはともかく)事前に風呂に入ることを強く主張されたことはない。
それに少しの違和感を感じていたが、香水の匂いがしたというのと繋げるとそういうことになるのではないか。
嫉妬だとしたら、正直、少し嬉しいと思ったのだが。
「え……あ、そう……なのかな……?」
「違うのかよ」
湊の反応は大分薄い。
湊が竜次郎を必要としているのは理解している。
それがどんな感情でも離してやる気はないが、ただ竜次郎としては自分が相手に対して想うのと同じように『恋人』の枠に入っていたい。
嫉妬してくれたのなら……と思ったが、やはり駄目かと竜次郎は今度こそ肩を落とした。
「意識してなかったけど…そうだったのかも」
考え込んでいた湊が、ぽつりと頼りなさげにそんな結論を出した。
そう言われると、自分の考えを押し付けたような気になってくる。
「別に無理にそう結論づけることもねえが……お前でもそういうのが気になることがあるのか?」
「ごめん、俺……鬱陶しいよね」
何でそうなる。
しゅんと俯いた湊に苦笑しながら、濡れてぺったりと髪の張り付いた頭を撫でた。
「お前が妬いてくれたんだとしたら、今日は最高の日だな」
「どうして……?嫌じゃないの?」
「お前は俺がお前の周りの奴に嫉妬してたら嫌なのか?」
「嫌じゃないけど……俺が至らないせいで嫌な思いをさせて申し訳ないって思う……」
お前はそういう奴だよな……。
「嫉妬するってことは、好きな相手を他の奴にとられたくないってことだろ?すげー好きってことじゃねえか。嬉しいだろ」
そんな風に考えたことなかった。と驚いている湊は、どうせ『そんな風に考えてしまう自分の執着が重い』だとかネガティブな方向にしか考えなかったに違いない。
「まあ心配するまでもなく、お前以外の奴は背景にしか見えてねえけどな」
湊はまだ何やらぶつぶつと考えているようだが、無意識だったにしても少しくらいは意識されているということだろうか。
竜次郎は上機嫌で湊の頭を撫で続けた。
「……でも、残念だったな」
脱衣所で体を拭いてやっていると、湊はくすぐったそうにしながら、ぼやいた。
「何がだよ」
「竜次郎の好みの女の子が聞けなくて」
事務所での会話、まだ引きずってたのか。
「お前……そんなん聞いて楽しいか?」
「楽しいっていうか、単純に興味があるかな。竜次郎の好みの傾向が分かれば、努力できることもあるかもしれないし」
お前はそれ以上俺を誘惑するなといつもの反論をしかけたが、やめた。
「仕方がねえな。教えてやるよ」
耳貸せ、と言うと、他に誰もいないというのに湊は素直に耳を寄せてくる。
そこに無邪気な恋人の健気な好奇心を封じる一言を吹き込んだ。
「好きになった奴が好みのタイプ」
ぱっと湊が竜次郎を見上げる。
「だから、今はお前」
「ええ……」
ずるいよ、と笑った湊は思いの外嬉しそうで、やはり寝室に戻ったら可愛がってやろうと心に決めたのだった。
極道とウサギの甘いその後2 終
のぼせないようぬるめに張った湯の中で、湊はしんなりと体を預けてくる。
場所を変えてもう一度くらいじっくり可愛がってやりたいが、この様子だと横になったら寝てしまうかもしれない。
「竜次郎……、今日は接待だったの?」
想像通り眠そうな声音だ。
ぱしゃん、と音を立てて緩慢に水面を弄ぶ湊の後頭部を見ながら、事務所に戻る前のことを思い出して竜次郎は眉を寄せた。
「ああ、まあ、そんな要素があったようなかったような」
黒神会の神導と組んで(組まされて)始めた裏カジノ『SQUALL』が先日オープンし、運営は概ね順調なのだが、客との些細なトラブルが絶えないのが目下の悩みだ。
松平組の賭場は元々玄人向けにしか開いておらず、客は純粋に博打を楽しみにやって来る。
一方、『SQUALL』は紹介状さえあれば誰でも受け入れることになっている。
手持ちの顧客だけでは収入が限られてくるだろう、という黒神会側の指定なのだが、案の定売り上げと比例して無作法な素人による小さなトラブルが相次いでいた。
今日の件は、先日イカサマをした若い客を少々脅しつけて帰したところ、父親が『詐欺だ』などと見当外れの苦情を入れてきた。
現場の人間では話をつけられず、竜次郎が直々に話をすることになったわけだが、思い出すだけでもうんざりしてくる。
責任者と話がしたいというので出向いてみれば、相手は妙に下手に出て接待風な席を用意してきた。
怒っていたのではないのかと訝ったが、何のことはない、少しばかり裏の人間と繋がりを持ち、VIP扱いをされたかったのだ。
何を勘違いしているのか知らないが、今日日のヤクザは特権階級でも何でもない。
何故関係を持つことで甘い汁が吸えると思うのか、冷たくあしらうと途端に『違法なギャンブル場を営んでいるくせに、出るところに出てもいい』などとキレ始めた。
法に守られた最近の素人はヤクザよりも恐ろしい。
松平組が玄人以外に商売をしてこなかったのはこういう輩がいるからである。
…とはいえ、更に恐ろしいのが黒神会だ。
国家権力の中枢と完全に癒着している黒神会がバックにいれば、出るところに出られたところでこちらは痛くも痒くもない。
好きにしろと言いおいて、その場を辞した。
そんなことをしてお前がどうなろうと知ったことじゃないが、と優しく警告をしつつ。
……これは今までで一番どうしようもない件だが、くだらないイカサマをしたことを咎められて『お前らもイカサマをしてるじゃないか』と逆に憤る輩は多い。
胴元が勝負を有利に運ぶのは当然である。
合法である宝くじも競馬もパチンコも、どんなに勝っても胴元が儲かるようになっているのに、何故それを理解しない輩が多いのか……。
馬鹿馬鹿しすぎて話すようなことでもないので濁すと、湊は「そっか」と何やら得心したように頷いた。
「お店のきれいどころとよろしくやっていたせいで、いつもより遅かったと」
飛び出した予想だにしない嫌疑にぎょっと目を剥く。
「はあ!?なわけねえだろ何言ってんだお前」
「う、うん。冗談だけど。そんなに動揺されると逆に気になるっていうか」
慌てて上半身をひねって半分こちらを向かせると、湊はへらりと笑った。
冗談かよ、と脱力する。
「お前な。またあいつらに何かろくでもないことを吹き込まれたのか?」
「え?ううん。女性ものっぽい香水の匂いがしたから、お楽しみがあったのかなって」
確かに、個室の料亭には酌をするために芸者が呼ばれていた。
ただの酌にしては距離が近かったし、奥の部屋には布団が敷いてあっただろう。
……背景にしか見えなかったとは流石に申告しにくい。
先方と話している間中『湊が帰ってきちまうじゃねえか早くしろ』と思っていたというのに、そんな冗談はねえだろ……と肩を落としかけて、不意に湊の前後の言動が脳内で結びつく。
「あー……………先に風呂に入りたいっつったのは、それか?」
「え……………?」
今まで(怪我や事件などで体を洗えていないときはともかく)事前に風呂に入ることを強く主張されたことはない。
それに少しの違和感を感じていたが、香水の匂いがしたというのと繋げるとそういうことになるのではないか。
嫉妬だとしたら、正直、少し嬉しいと思ったのだが。
「え……あ、そう……なのかな……?」
「違うのかよ」
湊の反応は大分薄い。
湊が竜次郎を必要としているのは理解している。
それがどんな感情でも離してやる気はないが、ただ竜次郎としては自分が相手に対して想うのと同じように『恋人』の枠に入っていたい。
嫉妬してくれたのなら……と思ったが、やはり駄目かと竜次郎は今度こそ肩を落とした。
「意識してなかったけど…そうだったのかも」
考え込んでいた湊が、ぽつりと頼りなさげにそんな結論を出した。
そう言われると、自分の考えを押し付けたような気になってくる。
「別に無理にそう結論づけることもねえが……お前でもそういうのが気になることがあるのか?」
「ごめん、俺……鬱陶しいよね」
何でそうなる。
しゅんと俯いた湊に苦笑しながら、濡れてぺったりと髪の張り付いた頭を撫でた。
「お前が妬いてくれたんだとしたら、今日は最高の日だな」
「どうして……?嫌じゃないの?」
「お前は俺がお前の周りの奴に嫉妬してたら嫌なのか?」
「嫌じゃないけど……俺が至らないせいで嫌な思いをさせて申し訳ないって思う……」
お前はそういう奴だよな……。
「嫉妬するってことは、好きな相手を他の奴にとられたくないってことだろ?すげー好きってことじゃねえか。嬉しいだろ」
そんな風に考えたことなかった。と驚いている湊は、どうせ『そんな風に考えてしまう自分の執着が重い』だとかネガティブな方向にしか考えなかったに違いない。
「まあ心配するまでもなく、お前以外の奴は背景にしか見えてねえけどな」
湊はまだ何やらぶつぶつと考えているようだが、無意識だったにしても少しくらいは意識されているということだろうか。
竜次郎は上機嫌で湊の頭を撫で続けた。
「……でも、残念だったな」
脱衣所で体を拭いてやっていると、湊はくすぐったそうにしながら、ぼやいた。
「何がだよ」
「竜次郎の好みの女の子が聞けなくて」
事務所での会話、まだ引きずってたのか。
「お前……そんなん聞いて楽しいか?」
「楽しいっていうか、単純に興味があるかな。竜次郎の好みの傾向が分かれば、努力できることもあるかもしれないし」
お前はそれ以上俺を誘惑するなといつもの反論をしかけたが、やめた。
「仕方がねえな。教えてやるよ」
耳貸せ、と言うと、他に誰もいないというのに湊は素直に耳を寄せてくる。
そこに無邪気な恋人の健気な好奇心を封じる一言を吹き込んだ。
「好きになった奴が好みのタイプ」
ぱっと湊が竜次郎を見上げる。
「だから、今はお前」
「ええ……」
ずるいよ、と笑った湊は思いの外嬉しそうで、やはり寝室に戻ったら可愛がってやろうと心に決めたのだった。
極道とウサギの甘いその後2 終
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