溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ

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極道とウサギの甘いその後+サイドストーリー

極道とウサギの甘いその後5ー7

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 集合場所は、松平組の事務所から二キロ程度離れた小さな公園だった。
 周囲には手入れの行き届いていない古い民家が多く、見通しが悪いいかにもな場所だ。
 時間が深夜のため、家明かりも少なく、辺りは随分と暗い。
 目を凝らすと、狭い園内に一つしかない電灯から避けるようにして、数人の男性がいることがわかった。
 体格のいい青年が二人、怯えた様子の痩せた青年が一人……三人とも、少年と呼んだ方がよさそうなほどに若い。
 上手くやれるだろうか。
 湊は少し緊張しながら、八重崎と共に園内へ一歩を踏み出した。


 今から二日前、八重崎との電話の後。
 湊に危険が迫った時にはすぐに割り込んで中止にする、という約束で、竜次郎は八重崎への同行を許してくれた。
 八重崎にその旨を連絡すると、翌朝には先方に伝えたという湊の…、湊の演じることになる人物の身分証などのデータが届いて、仕事の速さに驚く。
 聞けば、応募の後、オンライン面接のようなものがあり、その際個人情報を全て渡すことになるケースが多いため、あらかじめ作り込んであったとのことだ。

 設定によると湊は、金銭管理のザルさから生活費が足りなくなり消費者金融から金を借りたが、中々返済のめどがつかない大学生。地方にいる両親をこれ以上頼れず、困って闇バイトに応募した設定だ。
 当日、集合場所に向かう前に合流した八重崎から、プロフィールを覚えたかと聞かれ、湊は一応、と頷いた。
「これ、八重崎さんが全部考えたんですか?」
「脚色はしたけど……実在の人物……」
「えっ……」
「国内の信用情報機関に登録されている金融事故の履歴……俗にいうブラックリストからピックアップした……」
 キャッシングの支払いが滞るなどするとそのリストに載ってしまい、そうするとクレジットカードやローンの審査が通らなくなるらしい。
「……万が一調べられても……ブラックリストに載ってれば闇バイトをする動機に説得力がある……」

 とはいえ、八重崎は金融機関の関係者でもなんでもなく、不正に手に入れた個人情報を勝手に使っているわけで。

「この人に迷惑がかかることはないですか?」
「ダークウェブ上で簡単に手に入る情報は……いつ誰に使われるかわからない……ましてやこの現代社会において……金のないのは首のないのと同じこと……借金で己の首を質に入れてしまった……その時点で人生にワンチャンもネコチャンもない……」
 猫ちゃんはともかく、八重崎が使わなくてももっと悪意のある誰かが使う可能性があるというのは、確かにもっともだ。
 ……だからと言って自分たちが利用していいことにはならないけれど。
「このあと……このグループの頭は潰される……から……平気……」
「あ、確かにそうですね。じゃあ、その時は個人情報関連のデータは絶対に回収しないと」

 ちなみに、スマホは回収されるかもしれないとのことでダミーのものを持つことになった。
 回収するのは、仕事の内容に怖気付いて逃げたり通報したりできないようにするためだろう。
 連絡手段がないのは少々不安だが、小型のマイクを服の内側にこっそり仕込んでいるため、状況は逐一竜次郎達に伝わっているはずだ。


 青年達と合流すると、体格のいい方のうちの一人が、八重崎を見て片眉を上げた。
「なんか随分小さいのが来たな」
 失礼ではあるが、八重崎は実際かなり小柄で痩せているため、荒事の役に立ちそうにもないという感想はもっともだ。
 どう答えるのかはらはらしていると八重崎はいつもの調子で言い放った。

「俺様は……こう見えてカバラ神拳の使い手……だ……」

 ・・・・・・・・。

 カバラ神拳って何……?

 今、八重崎を除くこの場の寄せ集めたちの心が一つになった。
 聞いたこともない一人称に戸惑い、冗談ばっかりとツッコミを入れるべきなのかどうなのかと悩んでいると、体格のいい青年のうちの一人が口を開いた。
「この仕事は二度目だから、一応リーダーを任されてる。この後は俺の指示に従ってくれ」
 リーダー役は、八重崎をただの痛い奴として無視することにしたらしい。
 大体の場所で異質な八重崎だが、排除されるのではなくなんとなく受け入れられてしまうのがすごいといつも思う。

「各自、土橋さんから指示を受けていると思うが、俺たちの仕事はさる反社の事務所に押し入ることだ」
 名前を名乗りあったりはせず、リーダー役が淡々とこの後の流れを説明していく。
 リーダー役に指名されるだけあり、これから危険な仕事をすると言うのに随分と落ち着いている。
 むしろ、落ち着きすぎていて、不気味なくらいだ。
 気の弱そうなの青年が、そわそわと体を揺らしてもごもご言った。
「俺、やっぱり……」
 体格のいいもう一人の青年がその様子を鼻で笑う。
「親に連絡行っても良ければ好きにしろよ」
「で、でも……」
「反社の拠点だろ?潰すのはむしろいいことじゃん」
 乱暴な言動だが、こちらには強がっている雰囲気があり、まだ人間らしい。
「ヤクザと交戦しろとは言われてない。適度に室内を荒したら車まで逃げろ」
「でも、捕まったら……?」
「向こうもそう手荒な真似は出来ねえよ。今時ヤクザは一般人には手を出せねえんだ」

 本当にそうだろうか。
 ヤクザといっても色々な人がいる。血の気が多く、そんな道理を考える前に手が出る人というのは一定数いそうだ。
 それに社会が守ってくれるのは、大多数の人が考える「普通」に生きている人間だけ。
 闇バイトに加担してヤクザの事務所を襲撃して報復された場合、未成年だからといって、どの程度世間にかばってもらえるだろう。


 目立たない場所に止めてあったミニバンに五人で乗り込んだが、そう走らないうちに車は止まった。
「このマンションの三階だ」
 リーダー役の言葉に、湊はあれ、と思う。
 走行距離からしても、明らかに松平組の縄張り内ではない。
 車から降りて確認しても、土地勘の全くない場所で、目の前にあるのは閑静な住宅街に建つ、どこにでもある普通のマンションである。

 無関係の場所の襲撃に参加してしまうのはまずいのではと俄かに焦っていると、八重崎が湊に目配せし、何かサインを出した。
 凝視するわけにはいかず、さりげなく様子を窺っていると、手で小さくウェーブを描いている。
「???」
 どういう意味だろう。
 ピンとこないでいるうちに、武器を持たされ襲撃が始まってしまった。

 不安だが、竜次郎か組の誰かはこの事態を把握しているはずだ。
 中止がかからないのだから、緊急事態ではないと自分に言い聞かせる。
 湊の不安を察したのか、隣の八重崎がこちらを見上げ、頷いた。

「おとぎ話は終わり……今夜は……我がカバラ神拳の……伝説が始まる夜……」

 ……何の伝説が始まってしまうのだろうか。
 やっぱり不安しかない。
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