帰り道

覇気草

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帰り道

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 俺は田中悟志たなかさとし、田舎のしがないサラリーマンだ。

 親戚のツテで小さなIT企業に就職したが、ここは中々居心地がいい。
 パソコンを扱うから部屋は常に冷房が効いていて、夏は涼しく冬は快適な温度に保たれる。しかも、珈琲やジュース、栄養ドリンクの類が飲み放題だ。
 仕事自体はキツイが、快適な環境に加えて十数人いる社員の大半が人間関係の煩わしさを意識しているので、余計な衝突が無く充実した日々を送ることが出来ている。

 春の就職から早数カ月が経った。
 仕事にも慣れて時々残業をするくらいには忙しいある日、同じく残業していた、俺をこの会社に入れてくれた親戚で叔父にあたる上司の田中勝也たなかかつやさんが俺に声を掛けて来た。

「悟志さん、今日はこの辺にして、もう帰ろう」
「え? いいんですか?」

 思わず聞き返してしまった。
 普段の残業なら日が沈んでから声を掛けて来たのだが、今日に限って就業時間からそれほど経っていなかった。

「いいんだよ。今日は帰った方がいい」
「はぁ……」

 納得いかないが、ここで反抗しても大した意味は無いので大人しく従い、俺はパソコンの電源を落として帰り支度を始めた。
 その間に、先に帰り支度を終わらせていた勝也さんは部屋の戸締りをし、二人一緒に会社を出た。
 俺の家は会社からそれほど遠くない場所にある。実家暮らしで、会社から徒歩十五分ほどの場所だ。勝也さんも実家に近い場所に家を持ち、帰り道は殆ど一緒で、別れるまでの間に色々と世間話をする。
 今日も勝也さんは世間話を始めるのだが、その話題はいつもと違った。

「なぁ、ホラーな話でもしないか?」
「唐突ですね。夏だからですか?」
「まぁそんなところだ」

 どうやら勝也さんはこのジメジメした真夏の暑さを少しでも和らげようと思っているようだ。俺もこのジメジメとした暑さと蝉の合唱はうんざりしているので、乗ることにした。

「いいですね。どんな話があります?」
「そうだな。ある呪いの人形についての話しなんてどうだ? ある日突然、携帯電話が鳴って、出ると名前と場所を言って切れる。すぐにまた鳴って、出ると同じように名前と場所を言って切れる。でも、出る度に段々と場所が近づいて来て――」
「それ“メリーさん”ですよね?」

 よく知る内容だった為に、俺は思わず割り込んで答えを言ってしまった。
 しまった、と思ったが勝也さんは残念がるどころか意外そうな顔をした。

「よく知っているな。大分古い都市伝説なんだが」
「今でも有名ですよ」
「そうなのか?」
「はい。アニメや漫画のネタにされるくらいには」
「そっか……なら、他の話しも知ってるかもしれないな」

 俺と勝也さんの年齢差は二十歳ほどある。知らないと思って話すのも無理はない。だが、都市伝説の類はネット上では今でも需要のある話題であり、夏が訪れる度にそれをテーマにしたショートストーリーが創作されている。
 と、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが着信音を鳴らして振動した。
 こんな時間に誰だろうかと思いながら画面を確認すれば、そこには“非通知”の文字があった。

「そんなの出なくていい」

 勝也さんはそう言うなり、俺のスマートフォンを引っ手繰ってさっさと拒否し、さっさと着信拒否に設定した。

「ほら、これで迷惑な奴は来なくなった」
「どうも」

 返されたスマートフォンをポケットに仕舞い、角を曲がる。カーブミラーに何か見えたような気がして振り返ろうとしたが、勝也さんがすぐさま次の話しに入った。

「次の話しなんだが、これは知ってるか? とある田舎、夏の田んぼで草刈りをしていると、田んぼの真ん中に白いくねくねした物体があった。遠くてよくわからないが――」
「それ“くねくね”ですよね?」
「やっぱり知ってたか」
「えぇ、今でも有名ですよ」
「そっか……自分で話してなんだが、ちょっと怖くなったから道を変えていい?」
「大丈夫ですよ」

 勝也さんの要望により、本来は田んぼの傍の道を通る所を、住宅街を回り込む遠回りの道に入った。

「よし、次の話をしようか」
「怖くないんですか?」
「怖いよ。でも涼しくなって来たし、ちょっと怖いくらいがそれらしくっていいでしょ」
「まぁ……そうですね。で、次の話しって?」
「都市伝説でもホラーでも無いんだが“セミファイナル”って知ってる?」
「知ってます。地面に落ちている蝉が死んでいると思いきや実は生きていて、近づくと激しく動いて鳴くんですよね」
「その通り。アレほんと嫌いなんだよね。あっ、噂をすれば……」

 少し先にアブラゼミが仰向けに落ちていた。このままだと跨ぐことになってしまうので、俺はさっきの話を聞いて警戒し、少し遠ざかって迂回した。
 ――のだが、それは結局無駄だった。
 ジジジジジジ!

「うわっ!?」

 生きていたアブラゼミが急に動き出し、羽を動かして地面を擦りながら俺の方に向かい、そのまま足元をぐるぐると回転した。
 付き纏われているように感じて一種の恐怖を抱いた俺は逃げようとしたが、最初の一歩目でぐちゃりと踏み潰してしまった。

「うへぇ、最悪……!」

 初めての給料日に買ったちょっとお高い革靴で踏んでしまったことを残念に思いながら足を上げれば、ぺちゃんこになった蝉の亡骸があり、靴底にはその一部がくっついていた。

「ハハハ、そういうこともあるさ。あまり気にするな」
「気にしますって」
「……そうか」

 靴底を地面に擦りつけてくっついていた蝉の一部を取り除き終え、再び歩みを進める。

 ……気のせいだろうか?
 蝉の鳴き声が聞こえなくなったような……。

 ジジジジジジ、と背後から蝉の鳴き声が聞こえ出した。

 なんだ、やっぱり気のせいだったか。

 少し鳴き声の位置が低い気がするけど、蝉だってたまに低い位置にいる時あるしな。

「勝也さん、次の話は何です?」
「そうだなぁ……また都市伝説に戻るけど、二メートル以上の大きな女性がいたとする。そいつは独特な笑い方をして、気に入った人間を取り殺すんだ」
「あんな感じですか?」

 丁度目に留まって指さした。塀越しに見えている女性で、土地自体が盛られて高いのか、背が高いように見えていた。彼女は白いワンピースに白い大きな帽子を被っている。

「ああ、あんな感じだ。だが人を指さすのは失礼だね」
「ですね」

 すいません、と内心で軽く謝罪をしつつ通り過ぎる。

 ぽぽぽ、ぽぽぽ……。

 変な声が背後から聞こえる。

 なんだろう?

 振り返ろうとすると、勝也さんがハッとして言った。

「あっ! どんな都市伝説か答えを言い忘れてたよ。この話“八尺様”って言うんだ」
「八尺様……あー……詳細までは覚えてないですね」
「怖い話だから、無意識で忘れたんじゃないか?」
「そうかもですね。次の話は?」
「次は、先にタイトルを言ってしまうと“ヒサルキ”という都市伝説だ。次々と動物を虐殺する何かだと言われているが、名前の通り猿の姿をしているとか。あとは、生物に憑りついたり、見てはいけないと言われてる」
「案外、動物虐待が好きな異常者が真実だったりしません?」
「だといい……いや、良くないな」

 どちゃっ、と俺と勝也さんの前に何かが落ちた。


「ん? これって……カラス?」

 注視したカラスは全く動かない。憎悪を込めて攻撃されたのか、ズタボロ傷ついて死んでいた。

「みたいだ。空で喧嘩でもしたのかな?」

 勝也さんが上を向いたので俺も釣られて上を向くが、カラスなんて一羽も飛んでおらず、そもそもカラスの鳴き声や気配すら無い。

「……さっきの話――」
「所詮は都市伝説だよ」

 はぐらかすように遮った勝也さんがカラスを跨いで歩いたので、俺も跨いで歩く。
 少し歩いた所では、電柱の影で猫が死んでいた。

 可哀想に……。

 その先では道の真ん中で狸が死んでいた。

 車に轢ひかれたのだろうな。
 可哀想に……。

「そういえば、道端で死んでる動物に可哀想って思っちゃいけないと言われているのは知ってるか?」

 まるで心を読んだかのような発言に、俺は勝也さんをマジマジと見つめた。

「……初耳です。何故ですか?」
「死んだ動物の霊が、なんとかしてくれるかもと期待して憑いて来るらしい」
「マジですか!?」
「さぁどうだろうな? 直接聞いたことは無いから、何とも言えない」
「…………」
「まぁ安心するといい。悟志には何も起こらない。保証する」

 根拠のない言葉を投げ掛けて来たが、不思議と俺は安心できた。
 ただそれでも怖いものは怖く、暑い夏なのに冷や汗が背中を流れ、僅かにだが寒気を感じた。

「あー、それとあと三つ話がある」
「三つ? 何です?」
「まず一つは逢魔が時……って、知ってるか?」
「えっと、はい。丁度今ぐらいの時間は、妖怪とか霊とかが活発になる時間だとか」
「うん、その通り。でも実際はそうでもないらしい。そっち系の人間が言うには、どんな時間でも居る場所には居るとか」
「へー。今後ろに居たりとか?」
「するかもな。あっ、二つ目も言ってしまうが、こういうホラー系の話をすると、霊とか妖怪とか寄って来るから、気を付けろ」

 振り返ろうと思ったがその話を聞いて怖くなり、止めた。
 舌打ちが聞こえたような気がしたが、勝也さんが落ちていた小石を蹴った音だった。

「……それで、三つめは?」
「…………」

 勝也さんは険しい表情をして、言おうかどうか迷っているようだった。
 黙ったまま歩き続けていると、狭くて薄暗い脇道に警察車両が数台止まっていて、複数の警察官と人だかりが見えて立ち止まってしまった。

「あれ? 何かあったんですかね?」
「……みたいだな」

 その場所は丁度、俺の家と勝也さんの家の分かれ道に近い場所だ。勝也さんは普段はもっと明るくて広い道を使っているので、この脇道を使うことは無い。

「見に行きます?」
「うん、そうだな。でも、君は真っ直ぐ、振り返らずに帰りなさい」
「何故です?」
「君はまだまだ若い。見なくていいものは、そのまま見ない方がいい」

 確かに、勝也さんの言う通りだ。
 何かしらの事件や事故があったとして、既に警察が対応しているのならわざわざ見に行く必要は無い。必要であれば、警察官や近所の人が知らせてくれるだろう。

「じゃあ、俺はこのまま帰りますね。勝也さんは?」
「見に行く。確かめておきたい」
「わかりました。ではまた――」
「三つ目だけど」

 別れようとした瞬間に言われ、身構える。

「……妖怪とか幽霊とかが居そうだなと思った時は、決して振り返っちゃいけない。でないと、そっち側に連れて行かれる」

 不安になる俺に、勝也さんは背中をバシッと背中を叩いた。

「大丈夫だ。ほら、行った行った!」
「っ! はい、また明日」

 勝也さんは何も言わずに手を軽く上げて見せた。
 俺は言われた通り、真っすぐに振り返らずに家に帰った。
 そうしないといけないような気がしたのだ。

「ただいま~」

 そう言って玄関扉を振り返らずに閉め、鍵を掛けた。

「おかえり~。今日は早いね」

 出迎えてくれたのは妹の未央だった。今は夏休み期間中であり、今年が大学受験だ。

「今日は勝也さんが早めに切り上げようって言ったんだ。それで帰りにホラーの話をしてね、久々に怖くなったよ」
「…………」

 楽しそうに勝也さんとのやり取りを報告したが、返事が無い。未央の顔は有り得ないと言わんばかりに愕然としていた。心なしか、顔色も青くなっている。

「未央、どうした?」
「……お兄ちゃん、あんまり言いたくないんだけど、どうせすぐ知ることになるから言うね。勝也さん、もう死んでるよ」
「……えっ?」

 間の抜けた声が出た。

 死んでる?
 どういう意味だ?
 朝会って、そのまま一緒に通勤して会社で仕事をした。それから一緒に分かれ道の手前まで帰って来た筈だ。

 混乱する俺に、未央は続けて言った。

「少し前にね、住宅街の脇道で勝也さんの死体が発見されたんだ。身元もすぐに分かってね、警察官がうちに知らせてくれた」
「…………」
「待ってお兄ちゃん!!」

 確認しに行こうと玄関の鍵に手を掛けたところで、未央が大きな声を出した。普段はそんな大声を挙げないのに、と驚きと同時に疑問が生まれた俺は未央の顔を見た。
 さっきよりも顔色が青く、一歩二歩と下がって体を震わし、完全に怯えていた。

「未央、どうしたんだ?」
「……開けちゃ駄目だよ。こっち見てる。いっぱい」

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