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あなたに花を
しおりを挟む「おーい・・・おーい・・・何湿気た顔してんだ?」
「いや、えっと・・・周りが気味悪いから」
「そんなこと言ってねぇで、お日様見てみろ。イイ感じにテッカテカだろ。周りなんて気にするな。普段から苦しい思いしながら頑張って来たんだ。ここらで一休みしたって誰も責めやしない」
「でも・・・」
「でももくそもねえよ。お日様の光浴びて、水でも飲んで一息吐けば、今がどれだけのんびりしているか分かるはずだ。ほら、飲め」
僕は彼に勧められるままにミネラルウォーターを取り出して飲んだ。彼にも渡すと気持ちよく飲んだ。こうやって何も追い立てられずに飲むのはいつぶりだろうか。
彼は気にするなといったが、やはり気になって周りを見てしまう。一体なぜこうなってしまったのか誰かに諮詢したいが、残念ながらそれに答えられそうな人間はいない。
家のベランダにいる僕の視線の先は、住宅街を腐った体でのそのそと歩きながら呻き声を出す死体だらけだ。
そう、所謂ゾンビアポカリプスという奴だ。
見ているだけで気が滅入る。それを察した彼は言う。
「だから言っただろう。そんな腐った奴なんて見ないで俺を見ろ。俺のような陽気な奴を見ていたら心が洗われて、救われた気分になるだろう?」
「うん、君が一緒で良かったよ」
「おう、だからもうちょっと生きようや。神様が見捨てちまった世界で、最後まで反抗した俺たちの意地を見せてやろうじゃねぇか」
「だね。そうとなれば、僕は休憩するよ」
「ああ、寝ろ寝ろ。外のゾンビどもがここに入ってくることなんて、ないんだからな」
彼に言われるまま、僕は部屋に戻って眠りについた。
昼前に寝たせいか日が暮れてすっかり暗くなった時間に目が覚めてしまった。ベランダに出れば優しい月明かりと彼が出迎えてくれる。
「よう、よく眠れたみたいだな。顔色も心なしか良くなってる」
「そう? 月明かりのせいじゃないかな?」
「馬鹿言え、俺の感覚はあの腐った野郎たちと違ってちゃんとしてる」
「ふふ、そうだね。でもこの呻き声は気持ち悪いね」
聞いているだけで生きている意味が判らなくなってくる。生きる意志を挫かせようとしているようにすら感じられる。
でも、彼はそんな僕の感情を理解してお道化たように言う。
「あいつらの中に音楽家がいて、バイオリンで一曲弾いてくれたら幾分マシになるだろうな。もしかしたら、曲に惹かれて歌い出すんじゃないか?」
「ハハ……そんなことになったらB級ホラー映画だね」
「映画か。今なら名監督になれるぞ」
「いいね。でも残念、ここにはカメラが無い」
「そいつはいけねぇな。俺のイカした格好が記録に残らねぇじゃねぇか」
「じゃあ、絵に描くのはどう?」
「それだ!」
僕はノートとペンを手に取り、彼を真剣に描いていく。在りのまま、彼らしく。
集中していたお陰で外の呻き声も気にならず、完璧に書き終える頃には空が明るくなり始めていた。
「……よし、完成」
「ようやくか。見せてみろ」
「はいこれ」
「おお、流石は美大生だ。今なら世界一だな」
「だね。世界一の芸術家だ。幾らで売れるかな?」
「いやいや売るなよ。それは歴史の証拠として残すんだ。ほら、日付と名前を書き忘れてるぞ」
「あっ、本当だ」
僕は年月日と自分の名前を書き込んだ。完成したノートはテーブルに置き、地平線を眺める。もうすぐ日の出のようだ。
「なあ、徹夜の乾杯でもしねぇか?」
「乾杯? お酒なんて無いよ」
「気分の問題だ。水で充分」
「じゃあ取って来るよ」
ペットボトルのミネラルウォーターを取って来て「乾杯」と言って僕は水を飲む。彼も水を飲んだ。
……日の出だ。眩しい光が幻想的で、まるで今この瞬間が平和な夢のようだ。
彼はのびのびと気持ちよく言う。
「今日もいい天気だ。外の奴らも気持ちよさそうだな」
「だね」
「で、お前今日のご飯は何にするんだ?」
彼に問われて僕は力なく微笑む。
「無いよ。食料はない」
「そうか」
彼はそれきり黙った。僕はトイレを済ませて寝た。
昼頃に起きた。
だるい。熱い。体中が痛い。
この家に転がり込むまでの間に噛まれた傷から何かが感染したのだろう。進行が早い。もう長くないと悟る。
ベランダに出てみる。夢は夢でしかない。現実は非情で、ゾンビの呻き声と腐敗した臭いが理解させて来る。
「おい、大丈夫か?」
彼が心配そうに見つめている。
「大丈夫」
「いや、大丈夫じゃねぇって」
「大丈夫だから」
僕はふらつきながら部屋に戻り、最期にやるべきことの為に紙と鋏、テープを用意する。
それらを持って戻って来た彼は覚悟を決めた顔をして言った。
「たった一日だが、あんたはいい奴だった。きっと報われる」
僕が言えるのはたったの二つだけ。
「ごめん。そして、ありがとう」
植木鉢に生えた白菊を切り取り、綺麗に紙で巻いてテープで止め、献花を作った。
そして僕は彼を手に持ったまま力尽きた。
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