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二章
演目21 対魔法少女戦
しおりを挟む階段を上がると、三階の廊下には結界が可視化状態で張られていた。試しにステッキでちょっと小突いてみるが、何も起きず先端が通過した。
「……マイカ、これどう見る?」
「なんとも言えない。結界って目的によって色々変えられるから。それに反応が無いってことは、今すぐに害は無いってことなんだろうけど……」
歯切れが悪い。多分、相手に気付かせず遅効性の効果を発揮する結界などもあるからだろう。それを見極めるには俺もマイカも経験不足であり、罠に飛び込む気で行くしかないからだ。
「んー……じゃあ、私から行く。何も無ければ来てくれ」
「分かったわ」
能力的に様々な対処が可能な俺から結界を通り抜ける。欠損のある死体が大量に転がっており、血の臭いが充満していて非常に不快だ。
……体に違和感は無いな。それに、なんだこの音?
手前の教室から、ぐちゃ、ぐちゃ、と水分を含んだなまものを潰す音がテンポよく聞こえていた。
十秒ほどその場でじっとしてみるが、特に何も起きない。
大丈夫そうだと判断し、口元に人差し指を当てて静かにするようにジェスチャーしてから、手で来い来いと招き寄せた。
三人とマイカが静かに入って来るとそれぞれ怪訝な顔をしたが、口には出さない。
そのまま黙って移動し、三年一組の教室を覗き込む。
……これは、どういう状況?!
襟足の長いクリーム色のモフモフの長髪と、同じ色の犬耳と尻尾を生やした小柄な少女がいる。獣っぽくも露出度の高い衣装を着ていて、死体に馬乗りになって延々と両手を振り下ろしていた。
両手にはミトンのような獣の前足グローブを着けていて、鋭い鉤爪で肉と臓物を引き裂いている。
明らかに魔法少女だが様子がおかしい。
しかも彼女が嵌めてる重厚な鉄の首輪からナイトメアの気配がする。
どうしよう……マイカは多分、戦えない。かといってこの教室に一人で入ったら分断されそうな気がしてならない。逆に全員で入ったら教室が狭過ぎて三人を巻き込んでしまう。相談しようにも声に出したら気付かれそう。彼女、犬っぽいし。
……とりあえず、マイカに見せよう。
ちょいちょいとマイカを招き寄せ、指さしで中を見るように促す。
そっと覗き込んだマイカは目を見開き、俺の方に向いた。
(アレどう見ても魔法少女じゃない! 首輪からナイトメアの気配がするし、どういうこと!?)
えっ、なにこれ脳内に響く!?
(……あぁ、ごめん。そういえばあんたまだテレパシーを教えてもらってなかったわね)
て、てれぱしー?
(えっと、この魔法は調整が難しくて、ある程度魔力操作に慣れないと教えられないのよ。って、今する話じゃないわね。とにかく、二人で戦うか一人で戦うかってことでしょ?)
うん、そんな感じ。
と頷く。
(……私がやるわ)
いや駄目でしょ。
お前、人を殺せる?
首を横に振ってやる。
(……あんたがやるって?)
そう。
と頷く。
(二人でやるのは……教室が狭すぎて三人を巻き込みそうね。かといって三人を外で待機させるのは不安だし)
理解してくれて助かる。
(分かったわ。でも、私も傍に控えてるから)
うん。
頷いた俺は堂々と教室へ入った。
「やぁどうも」
軽い挨拶をすると彼女の犬耳がピクリと反応し、手の動きが止まってこちらに向く。
「……あぁ、まだこんなところにナイトメアがいたんだ。倒さなくちゃ」
彼女は俺の挨拶に反応せず、ゆっくりと体をこちらに向けて四足歩行で構えた。
……話通じてないな、これ。
「おっと」
犬耳少女はまるで獣のように動き出した。身体強化をしているのかとても速く、足元がぶちまけられた血肉と死体でヌルヌルだろうに、獣の足のようなブーツの鉤爪でしっかりと踏み込んでいた。
指パッチン。
瞬間移動で反対側の窓際に移動し、椅子と机と死体が散乱している中でまともに立っている机の上に立つ。
「もう一度だけ確認だ。私の言葉はちゃんと聞こえているか?」
「うるさいなぁ!」
ダメだこれ。
飛び掛かって来たところをひょいと躱し、滑るのを恐れて展開した魔法陣の上に着地。
「そこぉ!」
彼女が脆いガラスの代わりに魔法陣を足場として展開し、素早くまた飛び掛かって来る。
「ひらりハット」
ハットを彼女に向けて振るえば、衝撃波が彼女を吹き飛ばした。
だが、彼女は空中で器用に体勢を変え、また魔法陣を足場にして襲い掛かって来る。
猫かよ!
「うらぁっ!」
「伏せ!」
「ぎゃんっ」
直線的な動きが読みやすく、魔力を纏ったステッキであっさりと叩き落とせた。
指パッチン。
「ドッグバインド」
彼女の傍に床と一体化した杭を生成、短い鉄の鎖でナイトメアの気配がする首輪と繋げた。
ちょっと離れると彼女はすぐに起き上がって襲い掛かろうとするが、鎖が伸び切って止まる。
「うぎ、なにこれ!?」
犬耳少女は杭と鎖に気付いて壊そうと殴ったり引っ張ったり、噛み千切ろうとしたりするが壊れない。結構な魔力を込めて諸々強化しておいたし、ペットは鎖で繋がれているイメージを強く持ったから、その影響もある。
「さて、どうしたものか……」
相手を洗脳するナイトメアは知っているが、今ここには見当たらない。だとするとこの犬耳少女が相手をナイトメアと思い込んで襲い掛かって来たのは、恐らくマホロの仕業だろうと推測出来る。
ただ、どうやって彼女を元の精神状態にすればいいかが分からない。ヒールとキュアは一応覚えているが、どちらも精神を治すものではない。
「うーん……あっ、これならもしかしたら……」
彼女からすれば相手の見た目も声もナイトメアに見えてしまうのだろう。なら、マジックを見せればどうなるだろうか?
物は試しにやってみる。
「はいっ、ステッキから花束!」
「……え?」
編入初日に披露したマジックを見せて手に持った花束を彼女の前に置くと、彼女はぽかんと口を開けた。
おやこれは?
「はいっ、ハットの中から玩具の鳩!」
「えぇ?!」
やっぱり、物はそのまま見えてる?
「はいっ、袖の中から万国旗!」
「おおぉ!?!」
反応が変わった!
「はいっ、口からトランプ! オロロロロロ」
「わっ、汚い!」
これ、ウケ良くないのかな? ブロンドさんとマコトにはウケたのに。
「はいっ、スカートの中から大量のゴムボール!」
「わっ、わっ、ボール! ボール!」
猫かと思ってたけど、この反応は犬だな。
「はいっ、髪の中からガムの骨!」
「骨だぁっ!!」
うわっ、思った以上に反応した。
もしや?
俺は慎重に近づき、彼女の手が届かないギリギリで骨を差し出してみる。
犬耳少女は何も考えていなさそうなアホっぽい顔で骨を凝視しており、尾てい骨辺りから生えているフサフサな尻尾がブンブンと勢いよく振られている。
試しに左右に動かしてみると、首が釣られて動いた。
「……お手」
「はい!」
「おかわり」
「はい!」
「伏せ」
「はい!」
マジかぁ。
犬と同じように指示を出したら、目の前の彼女は何の疑問も抱かずにやってのけた。しかも楽しそうに。ちょっと頭が痛くなってきた。
「……よし」
「わふー♪」
とりあえず骨をあげた。尻尾をブンブンしながらガジガジと噛んでいる。
ほんとこれ、どうしよ?
俺がナイトメアじゃないって認識はされたっぽいけど、知能が意図的に落とされてる気がする。どう考えても首輪が原因だろうが、下手に弄って何が起きるか分からない。
俺は目を離さないようにしつつ動き、廊下からこっちを覗き込んでいたマイカに聞いてみた。
「なぁ、アレどうする?」
「そんなの知らないわよ。飼えば?」
「嫌だよ。それより元に戻す方法を考えてほしい」
「と言われても……あの首輪が原因じゃないの?」
「だろうけど。今すぐ外していいものか?」
「分からないわ。でもそのままにしておいたら、首輪を付けた相手にまた操られたしないかしら?」
「……その可能性もあるか」
どちらにせよリスクがある。最悪を想定するなら、彼女は敵としてこのまま放置が安牌か。
「じゃあ、置いて行こう。何か彼女の身に起こったら、その時はその時で」
「それがいいわね。本当は助けてあげたいけど」
「あーあ、殺さないんだ。残念」
この声――!
教室から離れようとした瞬間に声が聞こえ、振り向くといつの間にか漆黒のコートを着た女――夢野マホロが立っていた。
「あなたたちが殺さないのなら、私が殺しちゃうね♪」
手に水で出来た剣が一瞬で生成され、確実に斬る為に、処刑でもするかのように振り上げられる。
俺はステッキに魔力を纏わせ、さらに耐久強化でより頑丈にしながら瞬間移動で彼女の傍に移動し、剣をステッキで受け止めた。
「指鉄砲」
すかさず片手の指を拳銃のようにし、指先に魔力を集めて銃弾のように連続して撃ち出す。でも、それらは体を霧のようにすり抜けて当たらなかった。
「いい動きだね。でも無意味だよ。この結界の中じゃ私はほぼ無敵だから」
「そのようだ」
でもほぼか。勝機はある。
至近距離で対峙していると、マホロは水の剣を消した。
「その駄犬を生かしたいなら殺さないであげる。でも気を付けてね、その子は既に大勢の生徒を殺しちゃってる。もし首輪を外したら、見せていた幻が消え、頭に掛かった霧が晴れて自分のやったことを思い出すよ。くふふふふ……」
マホロは幻のように消えた。
「ああそうそう。新人さんが思った以上に頑張るから、これ以上は面白くないと判断した。最初にいた屋上においで。君たちの大切な友達と一緒に、決着をつけてあげる」
追加でマホロが言い終わると、彼女の気配はその場から屋上へと瞬時に移った。
また、決着をつけるつもりが本当にあるようで、他のナイトメアの気配は完全に消えた。
「マイカ、どうみる?」
「例え罠だとしても行くしかないでしょ。あなたたちはどうする?」
マイカがお嬢様と取り巻き二人に問い掛ければ、三人はそれぞれ顔を見合わせて頷き、言った。
「付いて行きますわ。待っているより、お二方の傍の方が安全そうですし」
「足手纏いかもしれませんが、お願いします」
「お、応援ならしますよ」
強い子たちだ。
「フッ、では行こうか」
彼女たちの勇気を心の中で称え、俺は奇術師らしく余裕そうに振る舞って歩き出した。
本当はマホロと対峙した時に感じた圧倒的な力に、不安で堪らなかったが。
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