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二章
演目22 サキュバス
しおりを挟む三階に張られていた結界はいつの間にか消えており、俺たちは訓練に使っている屋上へと戻って来た。
春の陽射しを遮る霧のせいで少しヒヤリとしているが、霧が発生する前よりも晴れており、屋上をしっかりと見渡せる。
奥には夢野マホロ、サキュバスのサチ、サキュバスのハルカ、そして死んだかどうか分からなかった田中理恵先生が、サキュバスとなって立っていた。
「先生! サチ! ハルカ!」
マイカは大太刀を構えた。刃に魔力が纏われ、燃えて炎の剣となる。
俺はその隣に立ち、軽くハットを持ち上げて挨拶する。
「どうも先生。やっぱりサキュバスになっていましたか」
「ええ、教え子に堕とされちゃった♡ あなたもサキュバスにならない? 気持ちいいわよ」
「遠慮しておきます」
「そう。残念ね」
「私もです」
指パッチン。
「物理的なクビ」
大鎌を先生だったサキュバスの首元に瞬時に生成。そのまま動かして首を斬り落とそうとしたが、ハルカが刃の部分を素手で掴んで止めた。
「いきなりだねネロっち。せっかく仲間になってくれた先生を殺そうとしないでほしいな」
「だったら下がらせるべきだ」
「それ、ネロっちたちも一緒だよね?」
ハルカが片手を指鉄砲の形にし、指先からハート形の弾丸を撃ち出した。弾丸は三発、狙いは俺やマイカではなく背後にいる三人だ。
俺がステッキに魔力を纏わせて弾こうとしたところでマイカが前に出て、炎の剣を横に一振り。熱波を発し、火の粉を舞い散らせた後には弾丸が消失していた。
「私は生き残った友達を守る為に……友達だったあなたたちを倒すわ」
「……あはっ☆ やっぱマイカっちはかわいカッコイイね♪ ヤル気マンマンなのが伝わって来てあーしのマンマンが疼いちゃう」
「だったら私が乾かしてあげる」
マイカが炎の剣に魔力を込め、纏う炎をさらに大きくして力強く振るった。炎が剣から飛び出し、より大きな火炎となって前方にいる四人に襲い掛かる。サキュバス三体は自前の翼で空中へ回避し、マホロは直撃しても無傷で平然と立っていた。
「あはは、その前に私がぬるぬるにしてあげるし! でもその前に、イタズラ発動ってね♪」
ハルカが言った直後、俺の背中に鋭い痛みと衝撃が走った。
――は?
「なん、で……?」
痛覚遮断のお陰である程度痛みは我慢出来るが、後ろを確認して言葉を失ってしまう。
お嬢様が、ナイフで俺を突き刺していた。隣では取り巻き二人がマイカを左右から同時に、ナイフで刺していた。
……ああそうか。最初からサキュバスの魅了で仕組まれてたか!
「ぐっ」
歯を食いしばり、ステッキを後ろに向けて突いてお嬢様を突き飛ばす。彼女はナイフを強く持っていたのかそのまま抜けた。
毒とかは……無さそうだ。傷の治療は――くそっ!
「回復なんてさせませんよ」
先生が接近しながらトゲトゲの鞭を振るって来て、俺は魔法陣をバリアを展開したが一撃で砕けた。
次の攻撃を躱し、距離を取って体勢を立て直そうにも執拗に追い掛けて来て鞭が振られ続け、回避に集中するせいで回復や攻撃の為のイメージなんてしている余裕がない。
「ハットブーメラン」
僅かな隙を見てツバを刃物に変えたハットを横へ投げつける。ハットは幾つにも分裂して先生に襲い掛かるが、さらに鞭が速く乱れるように振るわれ、全て弾き落とされた。
それでいい。
鞭による迎撃が終わった直後を狙い、俺は再びハットを動かして先生に攻撃した。ハットのツバで体を斬っていくが……浅い。
鞭でハットが全て叩き落とされた。念入りにズタズタにされて。
「痛いじゃない。先生として、指導が必要みたいですね」
「そういうプレイは恋人にしてやってください。おっと」
返事に凄まじい速さで鞭が振るわれ、辛うじて躱した。
あぶねぇ。そんなに怒ることか?
「あっ、もしかして恋人いない?」
「これから作って愛し合うんですぅ!!」
図星かよ。
開き直ってさっきよりも動きが良くなった先生は鞭を振り回しまくる。躱し損ねて何発か受け、魔法少女衣装が破けて出血する。
っ、やば!
背中と鞭の傷のせいで行動が一瞬鈍り、顔面にまともに鞭を受けた。左目をやられて視界が狭まる。痛みも酷い。
指パッチン。
瞬間移動で距離を取りつつ、ハットを生成して被り直す。すぐに先生が飛んで来るので、手の中にコインを生成して親指で前に弾き飛ばした。
目を瞑り片腕で隠す。
「スパイコイン」
魔法を行使し、コインを爆発させて凄まじい音と閃光を発させる。
腕を下ろして目を開ければ、先生は目と耳をやられたようで、空中で止まって鞭を闇雲に振り回していた。
「先生、私は奇術師だが、同時に魔法少女だ」
「そこね!」
声を発したことで位置を割られて鞭が振るわれる。鞭は伸びてこちらまで届くが、もう関係ない。
指パッチン。
瞬間移動し、言葉を続ける。
「今までは奇術師として戦っていたが、どうもそれでは勝てそうにない」
「そっちか!」
指パッチン。
「だから、今から私なりに魔法少女らしく戦おうと思う」
「見えた!」
指パッチン。
「覚悟しろよ先生。私は情け容赦ないからな?」
飛んで来る先生に対し、俺はステッキをアサルトライフルに変えて引き金を引いた。魔力で生成され、魔力を纏った実弾がフルオートでばら撒かれ、先生に当たる。
まだ魔力纏いの精度が悪く、当たっても軽い傷しかつけられないが弾幕で近づけさせない。
本来は数秒で全弾撃ち尽くすものだが、そこは魔法少女。魔力で弾倉内の弾を即座に生成し続けることで実質的な無限弾倉にしている。
……火力が足りんな。
先生が傷だらけになりつつも元気に回避行動に移るのを見た俺は、アサルトライフルを消してハットの中から槍を取り出した。
突く姿勢を取り、魔法で諸々強化して魔力を纏わせ、準備は完了。
攻撃が止んだことで先生が全身と鞭に魔力を纏わせて本気で攻撃しに来たので、瞬間移動で目の前に移動してやる。
「っ!」
突くッ!!
不意を突いての一瞬の隙。
先生はまともに対応出来ず、俺は正確に心臓を貫いた。
それだけじゃなく、槍から手を離してナイフを両手に生成し、諸々強化して魔力を纏って鳩尾に一突き、首に一突き入れてからしっかり捻じって引き抜き、構えて数歩残心する。
「……素敵な恋、したかったなぁ……――」
致命傷を負った先生は最後に泣きながら笑って、霧散して消えた。
「……さようなら、理恵先生」
別れの挨拶を告げた俺はナイフを消し、ステッキを生成してからマイカの方を見た。少し離れた場所でサチとハルカ相手にまともに攻撃を当てられず苦戦中であり、取り巻き二人は床に倒れて気絶していた。
お嬢様はフラフラになりながら起き上がろうとしていたので、ステッキで鳩尾を突いて気絶させてからマイカのところへ向かう。
が、すぐに足を止めた。
「横槍はさせないよ」
俺の行動を読んでのことか、目の前に夢野マホロが現れた。その周囲には数センチほどの水球が幾つも浮いており、下手なことをすればぶつける気でいるようだ。
「……ハハッ、監視の下でマジックか。面白い」
「やらせると思って?」
幾つかの水の球が周辺の足元に飛んで来た。弾丸並みの速さで床が少し砕けている。今の俺では防御力が足りず、致命傷を負うだろう。
「……」
「それでいいよ。さぁ、一緒にマイカがやられるか、あの二人がやられる様をみようか!」
マホロは俺に背を向けて観戦を始めた。
今なら不意打ちで攻撃出来るが、対策していない筈が無く、どう考えても攻撃を誘っているようにしか見えない。
仕方なく、黙って観戦する。
マイカは見るからに苦戦していた。大太刀という大型武器を扱っている為に一振りが大きく、どうしても動作が遅くなってしまう。
それでも身体強化しているから速いのだが、サキュバスとなったサチとハルカ相手には当たらない。
しかも、サチは禍々しい二本の剣を、ハルカは二丁の自動拳銃で連携して来るので、隙を互いにカバーしていた。
攻撃を食らっても即座に回復するので戦えているが、いずれは回復が追いつかなくなるだろう。
どちらか一方、俺が相手すれば勝てそうな気がするんだが……。
すぐ目の前にいるマホロの背中を見る。さっきと変わらず攻撃してくださいと言わんばかりの隙だらけ。
今は……我慢だ。
血を少し流し過ぎたせいかフラつくが、気力で持ち堪える。額から流れる嫌な汗と一緒に、左目の血を拭った。
その間にマイカに変化があり、髪や魔法少女衣装が燃え出し、炎の翼が生え、炎の剣がさらに大きくなった。
地面は熱によって赤くなり、マイカを中心に火の粉が舞い始める。魔力の気配も普段とは桁違いに膨れ上がり、見せつけるように炎の剣が一振りされれば爆炎と呼ぶに相応しい巨大な火炎が飛んで、火炎を浴びた鉄柵が溶けて壊れた。
「うふふ。覚悟を決めて、遂に覚醒したねマイカ!」
マホロ、まさかマイカを本気にさせるのが狙いだったのか?
いやでも……そうか。力を引き出したうえで友達を殺させ、心の隙を突いてリリスにするつもりなのか。俺共々……。
人間を辞めて非道なことをする彼女を内なる正義感に駆られて殴りたくなったが、手を強く握って堪え、マイカを見届ける。
さっきは苦戦していた筈のマイカは格段に動きが良くなり、足裏を爆発させて直線的にだが高速移動をし、さらに炎の翼で飛んで空中戦を繰り広げていた。
サチとハルカも連携して戦っているが、近づくだけでかなり熱いのかまともに接近出来ず、振るわれる炎の剣を大きく避けているせいで攻撃に移るのも難しい状態だった。
一方的な攻撃が続くが決定打がないところで、マイカは自身の周囲に幾つもの火球を生成して一斉に飛ばした。標的となっているサチとマイカの傍に来ると爆発する。二人は追い詰められて躱しきれず、纏まったところで直撃して墜落し始めた。
そこをマイカが炎の剣で斬り掛かり、真っ二つにした後に体が燃え、霧散して消えた。
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