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二章
演目33 リリス
しおりを挟むサキュバスの二人が倒されたのを見届けた俺は、これからの戦いに備えて気絶しているお嬢様と取り巻き二人を魔法陣による転送で屋内へと移動させておいた。
それからカッコつけてハットに片手を添えながらステッキの先端を彼女に向けた。
「夢野マホロ、あとはお前だけだ」
「先輩、覚悟してください」
マイカも俺の横に着地し、同じように炎の剣の切先を向ける。
挑発とも取れる俺たちの行動に対し、彼女はずっと身に着けていた漆黒のコートを脱ぎ捨てた。
水色のストレートの長髪にアメジストのような綺麗な紫の瞳を持ち、綺麗な顔をしている。
体の方は細身ながらも程よい大きさの胸で、バランスの良い体型だ。
ただ、コートの中に着ていた魔法少女衣装はリリスとなったことで変化したのか、透け具合が半端ない水のお姫様っぽいドレスになっている。インナーのビキニ水着だろうものも丸見えだ。
そして、自分自身に掛けていただろう幻が解除されると、リリスらしくサキュバスと同じ特徴が見えるようになった。尖った耳、縦長の瞳孔に黄金の瞳、側頭部から前に伸びる大きな二本の曲がった角、腰からは蝙蝠のような巨大な翼、尾てい骨辺りからは長くしなやかで艶のある先端がハート型の尻尾。
それらを備えた彼女は非常に艶めかしく、見ているだけで劣情を掻き立てる色気を感じさせた。
討伐ランクはサキュバスのBより二つ上の、最高位のS。
特殊な条件で生まれる存在ではあるが、魔法少女のことを知り尽くしているいう点で、ある意味、最強のナイトメアだ。
夢野マホロは――リリスは両手と翼を広げながら言った。
「じゃあ、絶望を始めようか」
広げた手が叩かれ、パンッと音が鳴る。
直後、周囲に複数のナイトメアが急に現れた。予兆も無く最初からそこに居たかのように。
「ネロっち、さっきぶりだね♪」
「マイカ、次は負けない」
「ネロさん、あなたをもう一度指導します!」
ナイトメアの中には倒したサキュバスのハルカ、サチ、先生が無傷の状態で復活していた。
俺はこれを幻だと仮定し、今思いついたばかりの魔法を駄目元で発動させ、相殺を試みた。
指パッチン。
「ディスマジック」
魔法を否定し、消してしまう奇術。
それが想定した効力を発揮し、幻が消えた。
「っ! へぇ、やるねぇ新人さん」
敵に褒められても嬉しくない。
「私はネロ。皇ネロだ」
「ネロ、ね。やはり君を狙って正解だったみたいだ。私と似た力を使うから、敵としておくには脅威でしかない」
「それは良かった。お前を殺せる。それより悠長に話していていいのか?」
俺がマイカを控えめに指さす。
マイカは炎の剣をバーナーのように轟々と燃え上がらせており、振ればとんでもないことが起きそうな状態になっていた。
「構わないよ。マイカの攻撃は私には絶対に届かない」
「なら試してやるわ! 吹き飛べ!」
挑発に乗ってマイカが炎の剣を振り下ろす。だが炎の剣は床に着く前に一瞬にして火が消えて床を斬りつけただけに終わった。
「なんで!?」
「さぁ、なんででしょう?」
指パッチン。
リリスの背後に回った俺は魔力を纏って刃物にしたステッキを振るうが、そこに姿は無い。
いつの間にか背後に気配があり、振り返るとゆったりと歩いていた。
「結界の中の私は幻そのもの。だから自由自在。対して君たちは幻に囚われていて、私の思うまま。こんな風にね」
俺の真似をするように、リリスが指パッチンした。すると俺たちは体が宙に浮いて大きな水球に閉じ込められた。
やべっ、呼吸が……。
息を吐いたばかりで空気が足りない。
慌てずに抜け出そうと動くが、水球の中央に引き戻されてしまう。例え水球の端に辿り着いても、結界のように内側が硬くて出られない。
マイカの方を見れば大太刀が固定されて動かず、髪や服の火も消え、手を前に出して魔法を使っているようだが、ローレライの結界と同じく火が使えなくなっているようだった。
指パッチン。
瞬間移動で水球から抜け出す。
マイカも一緒に瞬間移動させようとしたのだが、どうも力が干渉し合っているせいで自分しか作用していない。
動けるのは俺だけか。
マイカの為にも時間は掛けられない。
ステッキを諸々強化し、纏った魔力を刃物にして本気で動く。
指で攻めてくるように挑発するリリスに瞬間移動で背後を取って一閃。
だが、目の前から一瞬で消えた。
背後に気配。
「遅いですよ」
斬られる。
という事実をマジックとして無かったことにし、再び瞬間移動で背後を取る。
「トリックだ」
再び斬るが、また目の前から一瞬で消えた。
数度同じことを繰り返して埒が明かないと判断し、俺は動きを変えて正面から斬り掛かる。丁度リリスも同じ考えだったようで、水の剣が振られステッキと剣がぶつかる。そのまま鍔迫り合いのように押し合いになったところで、俺は強引に押して突き放した。
身体強化した状態なら、パワーは俺の方が上のようだ。
離れたところでステッキを消して自動拳銃を二丁生成して構える。奇しくもリリスも同じ考えだったようで、その手には二丁の自動拳銃があって構えた。
「っ!」
リリスが瞬間移動で真横から拳銃を突き付けて来て、間一髪で伏せて躱す。反撃に流れるように回し蹴りをするがあっさり躱され、至近距離での銃撃戦に入る。
俺もリリスも射線に体が入らないよう、うちにうちに拳銃をねじ込み、相手の拳銃は外側へ出すようにしつつ体を逸らしながら引き金を引いていく。
なんだかアクション映画のガン=カタをやっているような気分になるが、死ぬか殺すかの状況では喜ぶ暇すらない。
やばい、体が……!
傷を放置したせいで限界が近い。魔力で血を補うことは出来ると思うが、それだと消耗が激しくなってしまう。どちらにせよリリスが本気を出しているようには思えず、長くは戦えないことを悟った俺は攻めることを意識し、限界まで身体強化して強烈な蹴りを入れた。
だが、あっさりと側面に回り込まれて逆に強烈な蹴りを受けて吹っ飛んだ。
床を滑って転がり、衝撃と痛みに体が鈍りながらも即座に拳銃を向けるが、瞬間移動して真横に来たリリスに拳銃を撃たれて弾き飛ばされた。
逃げるように瞬間移動して場所を変えつつ体勢を整え、今度は槍を生成して諸々強化し魔力を纏わせて突撃する。
リリスが銃弾を連射して来るが、槍の先端に円錐形のバリアを展開して傾斜装甲による跳弾をさせながら突撃し、突いた。
流石にあっさりと躱されて拳銃が向けられるが、そこから槍を振り回して接近戦に入る。流れるように払って突いてを繰り返し、瞬間移動には瞬間移動で対応して粘着する。そのうちリリスは躱しきれずに拳銃で受け流したり防いだりしてきたので、必殺技としてずっととっておいた魔法を発動させた。
「ストップ・ザ・ワールド!」
世界よ止まれっ!
時止めのマジックにより世界の全てがピタリと止まる。リリスも、霧も、何もかも……。
俺は止まった時間でゆっくりせず、すぐに槍で突いた。魔力の消耗が滅茶苦茶に激しいというのもあるが、相手が相手で、今止まっているのも演技の可能性があると思ったからだ。
――予想は当たった。
槍が胸を貫くが、体は霧となって消えてその隣からリリスが現れた。
「うふふ。まさか時間を止められるとはね。結界の中じゃなかったらちょっと危なかったかも」
意味がなくなった時止めを解除する。
「……だったら、こんなのはどうだ?」
指パッチン。
「天の鎖」
ある神話からリスペクトした黄金の鎖を、目の前に展開した魔法陣の中から複数飛ばしてリリスを絡め捕る。ついでに周囲にも同じように展開して各方面から絡め捕った。
「ふんっ!」
リリスが気合を込めて強く引っ張ると、天の鎖はあっさりと引き千切られてしまった。
「脆いね。ブロンドに耐久強化を習わなかったの? あっ、私の行動が早過ぎて習熟不足か」
笑われても仕方ない。
でも、彼女ならどうかな?
各方面から縛ったのは何も絶対に逃がさないという意思でやったわけじゃない。マイカに鎖を伸ばし、水球から引っ張り出す為に派手な演出をしただけだ。
俺は手元に伸びて来た鎖を掴んで勢い良く引っ張った。すると離れた場所にある水球からバシャッと音がし、マイカが再び体と大太刀に火を点し炎の翼を生やしながら一気に近づき、炎の剣になった大太刀を振るった。
「無駄だよ」
炎の剣をまともに受けたが、リリスは霧となって消えて別の場所に再び姿を見せた。
もう一度炎の剣が振るわれ、火炎が広範囲を覆うが効いていない。
「なら全体攻撃で!」
マイカを起点に巨大な魔法陣が床に展開され、屋上が巨大な火柱に包まれた。器用に俺の場所だけ攻撃から外れているが、魔法使いじゃなければ危険なほどに熱い。
火柱が収まると、リリスは無傷で立っていた。
「だから無駄だよマイカ。この結界の中では私はほぼ無敵。似た力を使うネロか、マコトじゃないと私は倒せないよ」
「なら、試しにこの結界の中全部燃やしてあげようかしら?」
「……まだ君はそこまで強くない」
「お母さんなら出来るってことね」
リリスの余裕の表情が崩れ、気に入らないと言わんばかりにマイカを睨みつけた。
全体攻撃は防げないのか?
この際それでもいいが……俺とマコトが攻撃の鍵と言うのなら、もう一つ試せることがある。
「マイカ、これを」
マコトの赤い糸を参考にして赤い糸を生成し、自分の右手首に結びながら伸ばしてマイカに掴ませた。
「これは?」
「私の力を共有させる」
「させないよ!」
共有する前に、何故か焦ったように動いたリリスが水の剣で赤い糸を切断した。
「やっぱりネロ、君は私にとって脅威でしかない。力の差を見せつけて仲間にしようと思っていたけど、もう止めにする。死ね」
水の剣で突いて来る。距離はある筈だったが刃が伸びて胸目掛けて近づいて来る。ステッキを動かし弾こうとしたが、パシャリと水が撥ねてすり抜けただけで止められなかった。
「うっ!」
水の剣に貫かれた。
引き抜かれてもう一突きがすぐに来るが、マイカの炎が遮って水の剣を蒸発させた。
けれど、もう限界だ。
肺の片方がやられた。溢れ出した血で苦しく、咽て血を吐いてしまう。呼吸が上手く出来ない。
マイカが俺を巻き込まないようにしつつ炎の剣を振るいまくるが、リリスは斬った傍から霧になって無傷のまま。再びマイカを水球に閉じ込めるとこちらに歩いて来て、立っているだけでやっとな俺の前に来ると胸倉を掴まれて引き寄せられた。
ずっと嗅いでいたいと思わせるような甘い吐息が掛かる。お臍の下辺りがキュンと反応して引き締まるのを感じた。
「ネロ、言い残すことはある? 今この瞬間に私に体を委ねるのなら、仲間にして生かしてあげるけど」
「……」
……悪くはない。
本当にそう思う。
両親は子供の頃に死に、祖父も数年前に死んだ。祖母は生まれる前に死んでいて、親戚との関わりも薄い。
正直、俺が生きている理由は魔法少女として夢を実現している最中だという以外にない。この世界が既に滅びへと向かっていて、どうしようもないのも分かってはいる。
けど、けれど……それで世界を滅茶苦茶にしたいとは思わないし、まだこの世界に希望を見出し、必死に生きようとしている人たちがいる。その人たちは今の俺にとって、奇術師魔法少女にとっての観客足り得る。彼ら彼女らが希望を持ち続ける限り、絶望に打ちのめされても再び立ち上がる可能性がある限り、俺はマジックで楽しませたい。魔法で助けてやりたい。
だから答えは決まっている。
それにこの時の為に、わざわざ追い詰められた状況を作り出したんだ。魔法少女としての経験で劣っているのなら、奇術師らしく奇策を用いるまでだ!
「そう、だな……げほっげほっ」
咳き込みつつ自然に左手で彼女の右腕を持ち、不敵な笑みを浮かべてやる。
指パッチン。
「傷移し」
「――がふっ。なっ!」
傷をそっくりそのままリリスに移すとリリスは口を片手で押さえ、血が付いた手を見て驚いたようだった。
その顔が見たかった!
もう一つ驚いてもらうぞ! 今がその時だ!!!
左手首に結んだ、見えないようにしていたマコトのお守りである赤い糸を解いた。
赤い糸が解けて見えるようになると、糸はまるで自我を持っているかのように動き出してリリスの右腕に巻き付き、そのまま上へ這い上がり始めた。
「これはっ!!?」
さっきより驚き顔になったリリスは左手に生成した水の短剣で即座に自分の右腕を切断して勢いそのまま後方へ飛び退いた。
シャキンッ!
直後、聞いたことのある音がしたと思ったら、断ち切りバサミと黒い軍服風ゴスロリ衣装の美少女が目の前を通過し、少し進んだところで止まった。
マコトだ。霧崎マコトが霧の結界を易々と超えてやって来た。
チッ、とマコトから舌打ちが聞こえると、大きな断ち切りバサミを肩に担いで振り返った。
「久しぶりだなマホロ。お前を殺しに来た」
「マコトッ!」
叫んだリリスは咽て血を吐き、恨みがましそうにマコトを睨む。左手を胸に当てて肺の回復魔法を掛けながら、一歩一歩ゆっくりと後退し始めた。
シャキンッ!
と音がしたと思ったらマコトはリリスの背後に立っていた。
「私はお前を捉えた。もう逃げられんぞ?」
「くっ」
リリスがマコトから飛び退き、俺に背中を見せた。
今なら確実に攻撃を仕掛けられるだろうが、二人の間に因縁がありそうなのでいつの間にかどっか行ってたハットを生成し、被り直して手を添え、新たに生成したステッキを持ってカッコイイポーズで待機しておく。
というか、失った血と体力と魔力は戻ってないので、これ以上戦うのはキツい。
「大人しく俺に殺されろ。それが仲間だった者への情けだ」
「……私はまだ死ねないの。こんな終わった世界を壊すまではっ!」
「なら今、終わらせよう」
担いでいた断ち切りバサミが持ち上げ、両手で持って刃を開いて構えられる。
シャキンッ!
音がするとマコトは瞬間移動してリリスを斬った――筈だった。
何故かマコトが見当違いな場所に立っていた。
「良かった。僕の魔法が効いてる」
いつの間にか、リリスが着ていた物と同じフード付きの漆黒のコートを着た少女が彼女の隣に立っていた。フードを目深く被っているので素顔は見えない。
「あなた、なんで!?」
「ごめんマホロ、マコトが相手だと話してる余裕ない」
シャキンッ!
シャキンッ!
二回連続で音がして、マコトが二度瞬間移動して斬りに掛かった。一度目は見当違いな場所にずらされ、二度目はリリスと謎の者がギリギリで躱した。
そのまま二人は背後の空間に突如開いた穴に入って、さっさと逃げてしまった。追おうにもすぐに穴は閉じたのでどうしようもない。
数秒すると霧が晴れ始め、マイカを閉じ込めていた水球が消えた。結界の主であるリリスがこの場から完全に離脱したからだろう。
「逃げたか……」
マコトは構えを解き、赤い糸が巻き付いたまま落ちているリリスの右腕にハサミを突き刺すと、霧散して消えた。
それからハサミを消して俺に振り返ると言った。
「よく生き残ったな。もう大丈夫だ」
「……そっか」
安堵した俺は身体強化を解除し、その場に仰向けに倒れた。
「マイカも、よくやった」
「……はい」
こうして俺とマイカは生き残ったのだった。
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