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10:押し寄せる商人
2泊3日といういつもより長い行程を終えて領地の視察から戻ったブランディーヌを待っていたのは屋敷に入り切らずに順番を待っている馬車の列だった。
「なんですかね…あれ」
若いメイドは屋敷の中に入れずに停車した馬車から飛び降りると門番小屋に走った。
すぐに門番も出て来て若いメイドと共に馬車に駆け寄ってくる。
「実は旦那様が呼ばれたようで…昨日の午後からこうなんですよ」
「いったい何があったの?」
「わかりません。突然なんです」
馬車の列は門の前にも並んでいたが、1台しか通れない門道にもずらりと並んでいた。
そのわきを若いメイドのさし掛ける日傘の下、玄関まで歩くより術がないブランディーヌはヒールが低かった事に感謝をしながら歩き続けた。
やっと玄関が見えたが、玄関先も馬車でいっぱい。
旋回し、帰りの馬車を裏口に使用人達が誘導している姿が見えた。
「どういう事なの。これはいったい…」
「奥様っ!」
使用人に話しかけると、使用人が「奥様」と呼んだ声に反応して一斉にその辺りの馬車の扉が開いた。降りて来たのは宝飾品、絵画、仕立て屋から始まり、化粧品に家具などありとあらゆる商人たちだった。
「是非、我が商会の新製品をお試しくださいませ」
「いやいや、ウチの化粧水のほうがお肌に優しいんですよ」
「化粧品の前に、この商品を湯殿で使ってみてください。お肌の違いを実感できます」
次々にブランディーヌと若いメイドに商人は波のように押し寄せた。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ。いったいどうされたのです?」
「どうされたも何も。ご当主様が気に入れば何でも買ってくださると一昨日お声がけを頂きまして」
「えっ?えっ?どういう事なの?!」
グイっと腕を引っ張られて商人たちの輪の外に出たが、あっという間におしくらまんじゅうのようになってしまい、着ていた服は皺だらけになってしまった。
「奥様、大丈夫ですか?」
「えぇ‥ありがとう。これはどういうことなの?」
「詳しくはこちらへ」
腕を引いてくれたのは執事の1人だった。
「すみません。腕を引いた時、痛く無かったですか?」
「あれくらいで引っ張って貰わないと出られなかったわ」
今は腕ではなく、手を重ねるエスコートだったが執事とブランディーヌ、若いメイドは小走りになって庭の小道を駆け抜けた。
屋敷の使用人用入り口から入ったのだが、そこには目を疑う光景が広がっていた。
使用人の入り口を入ったその先は両側に木箱が積まれ、人は横向きになってカニのように進まないと廊下にも出られない。記憶にある廊下と思われる場所に立てばそこも木箱は天井まで積まれて部屋への入り口だけ箱がない。
しかし、その部屋は窓から庭が見えないくらいにここにも木箱が積み上がっていた。
屋敷があっという間に物置になってしまったのだ。
「奥様…大変です」
ブランディーヌが戻ったと聞いた家令と執事数人が狭い通路を通ってやってきた。
「どういう事なの?」
「申し訳ございません。全て私の責任です。領地に御出立された日、考えを改めてくれるかと幾つかの事業の事を旦那様にお話したのです。すると…飛び上がらんばかりに喜び、その足で王宮に」
「王宮?王宮が何の関係があるの?」
「護衛騎士の仕事を‥‥辞されました」
「はぁっ?辞めたという事なの?」
「その帰りに商店街の全ての店に…気に入れば品を買い取ると触れ回ったようで。他にも――」
「まだあるの?」
「どうやら朝一番に王都のどこかの土地をかったようでそこに屋敷を移転すると」
「ここはどうするの?!」
「事業の事務所として使えばいいと」
頭の痛い話である。どこにそんな金があるというのだろうと思うくらいに荷物が積み上がっている。この支払いだけでどれだけの領民が楽に生活が出来る事だろうか。
だが、ブランディーヌはふと気が付いた。
「事業所はいいんだけど…伯爵家のお金ってそんなにないわよ?」
「そうなのです。その事を話す前に王宮に向かわれてしまって」
伯爵家の経営は確かに上向いている。収支も右肩上がりだが「売り上げ」と「純利益」は違うのだ。それにその金でさえブランディーヌやカミーユが好き勝手に使って良いわけではない。
あくまでも「家」といういわば「商会」の財産であり運営費用であって個人資産ではないのだ。
確かに事業主となるので雇い人よりは給料として手にする額は多い。
それでもこの廊下にある分だけを払えるかと聞かれれば「否」である。
そして大問題があった。
それまでコルネット伯爵家が行っていた事業についてはコルネット伯爵家の財産となるように領地経営もした。それはいいのだ。
その先が問題だった。
カミーユは離れに行くことで執務をしなくなった。その執務はブランディーヌが行っていたが、新しく始めたハラール事業や緩衝材事業、加工品の製造などは「新規事業」となりブランディーヌが声掛けをしているのでカミーユは一切関係がない。
ブランディーヌが個人として経営者となり規模の小さな商会を立ち上げたが融資額が巨額であるため、ブランディーヌの商会が単体ではなく複数の家や個人、商会が共同経営になっている。
つまり、大きな利益が望める事業の関係者はブランディーヌでありコルネット伯爵家は一切関係がないのだ。関係があるとすればブランディーヌとカミーユは現在夫婦であるという事だけだ。
コルネット伯爵家には嫁いだのだから一切出さないと言う訳ではないし、カミーユは騎士である。職務で負傷した時などは稼ぎが無くなっても倹しくすればコルネット伯爵家が倒れる事はない。
だが、自主的に辞めるとなればそれは話が違う。
「どうやって支払うつもりなの?」
ブランディーヌでなくとも呆れる事しか出来なかった。
「なんですかね…あれ」
若いメイドは屋敷の中に入れずに停車した馬車から飛び降りると門番小屋に走った。
すぐに門番も出て来て若いメイドと共に馬車に駆け寄ってくる。
「実は旦那様が呼ばれたようで…昨日の午後からこうなんですよ」
「いったい何があったの?」
「わかりません。突然なんです」
馬車の列は門の前にも並んでいたが、1台しか通れない門道にもずらりと並んでいた。
そのわきを若いメイドのさし掛ける日傘の下、玄関まで歩くより術がないブランディーヌはヒールが低かった事に感謝をしながら歩き続けた。
やっと玄関が見えたが、玄関先も馬車でいっぱい。
旋回し、帰りの馬車を裏口に使用人達が誘導している姿が見えた。
「どういう事なの。これはいったい…」
「奥様っ!」
使用人に話しかけると、使用人が「奥様」と呼んだ声に反応して一斉にその辺りの馬車の扉が開いた。降りて来たのは宝飾品、絵画、仕立て屋から始まり、化粧品に家具などありとあらゆる商人たちだった。
「是非、我が商会の新製品をお試しくださいませ」
「いやいや、ウチの化粧水のほうがお肌に優しいんですよ」
「化粧品の前に、この商品を湯殿で使ってみてください。お肌の違いを実感できます」
次々にブランディーヌと若いメイドに商人は波のように押し寄せた。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ。いったいどうされたのです?」
「どうされたも何も。ご当主様が気に入れば何でも買ってくださると一昨日お声がけを頂きまして」
「えっ?えっ?どういう事なの?!」
グイっと腕を引っ張られて商人たちの輪の外に出たが、あっという間におしくらまんじゅうのようになってしまい、着ていた服は皺だらけになってしまった。
「奥様、大丈夫ですか?」
「えぇ‥ありがとう。これはどういうことなの?」
「詳しくはこちらへ」
腕を引いてくれたのは執事の1人だった。
「すみません。腕を引いた時、痛く無かったですか?」
「あれくらいで引っ張って貰わないと出られなかったわ」
今は腕ではなく、手を重ねるエスコートだったが執事とブランディーヌ、若いメイドは小走りになって庭の小道を駆け抜けた。
屋敷の使用人用入り口から入ったのだが、そこには目を疑う光景が広がっていた。
使用人の入り口を入ったその先は両側に木箱が積まれ、人は横向きになってカニのように進まないと廊下にも出られない。記憶にある廊下と思われる場所に立てばそこも木箱は天井まで積まれて部屋への入り口だけ箱がない。
しかし、その部屋は窓から庭が見えないくらいにここにも木箱が積み上がっていた。
屋敷があっという間に物置になってしまったのだ。
「奥様…大変です」
ブランディーヌが戻ったと聞いた家令と執事数人が狭い通路を通ってやってきた。
「どういう事なの?」
「申し訳ございません。全て私の責任です。領地に御出立された日、考えを改めてくれるかと幾つかの事業の事を旦那様にお話したのです。すると…飛び上がらんばかりに喜び、その足で王宮に」
「王宮?王宮が何の関係があるの?」
「護衛騎士の仕事を‥‥辞されました」
「はぁっ?辞めたという事なの?」
「その帰りに商店街の全ての店に…気に入れば品を買い取ると触れ回ったようで。他にも――」
「まだあるの?」
「どうやら朝一番に王都のどこかの土地をかったようでそこに屋敷を移転すると」
「ここはどうするの?!」
「事業の事務所として使えばいいと」
頭の痛い話である。どこにそんな金があるというのだろうと思うくらいに荷物が積み上がっている。この支払いだけでどれだけの領民が楽に生活が出来る事だろうか。
だが、ブランディーヌはふと気が付いた。
「事業所はいいんだけど…伯爵家のお金ってそんなにないわよ?」
「そうなのです。その事を話す前に王宮に向かわれてしまって」
伯爵家の経営は確かに上向いている。収支も右肩上がりだが「売り上げ」と「純利益」は違うのだ。それにその金でさえブランディーヌやカミーユが好き勝手に使って良いわけではない。
あくまでも「家」といういわば「商会」の財産であり運営費用であって個人資産ではないのだ。
確かに事業主となるので雇い人よりは給料として手にする額は多い。
それでもこの廊下にある分だけを払えるかと聞かれれば「否」である。
そして大問題があった。
それまでコルネット伯爵家が行っていた事業についてはコルネット伯爵家の財産となるように領地経営もした。それはいいのだ。
その先が問題だった。
カミーユは離れに行くことで執務をしなくなった。その執務はブランディーヌが行っていたが、新しく始めたハラール事業や緩衝材事業、加工品の製造などは「新規事業」となりブランディーヌが声掛けをしているのでカミーユは一切関係がない。
ブランディーヌが個人として経営者となり規模の小さな商会を立ち上げたが融資額が巨額であるため、ブランディーヌの商会が単体ではなく複数の家や個人、商会が共同経営になっている。
つまり、大きな利益が望める事業の関係者はブランディーヌでありコルネット伯爵家は一切関係がないのだ。関係があるとすればブランディーヌとカミーユは現在夫婦であるという事だけだ。
コルネット伯爵家には嫁いだのだから一切出さないと言う訳ではないし、カミーユは騎士である。職務で負傷した時などは稼ぎが無くなっても倹しくすればコルネット伯爵家が倒れる事はない。
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「どうやって支払うつもりなの?」
ブランディーヌでなくとも呆れる事しか出来なかった。
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