あなたの愛は行き過ぎている

cyaru

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11:兄妹のお買い物

「これは奥様っ」

ブランディーヌが現れるとそこに道が出来る。
コルネット伯爵家当主夫人である事はこの部屋の誰もが認識しているのだろう。

比較的片付いている部屋だなと入ればそこは衣装部屋だったのだろうか。
いや、これは「夫人の間」であると執事がそっと後ろから教えてくれた。

3、4つのドレス工房の女性達に囲まれているのはエミリアである。
両腕を水平に伸ばして採寸をしてもらいながら、布地の説明をされているが「買うから取りおいて」しか答えを返していない。その1ロールで何着作れるのかと思う色とりどりの布地。
この部屋だけで数億になるのではと思うのも不思議ではなかった。


「なにしに来たの?」
「何って…これはどういう事?貴女が払えるだけにしておきなさい」

「払うのはお兄様よ。好きなだけ買っていいと仰ってくれたの。何?僻み?それとも妬みでも言いに来たの?いいでしょう?ねぇ、これ何着目だったかしら?」


エミリアは胸元に布地をあてている女性に問うた。


「86着目で御座います。とってもよくお似合いですわ。でもドレスが美しさに負けてしまっているので…如何いたしましょう」

「買うわ。取り置きして。同じ布地の色違いもあるだけ買うわ」
「ありがとうございます。来月からの新色なので王都で一番お早くお作り出来ますわ」

「いいわよね。当主夫人って。何もしなくても色々手に入るんだもの。虐げられているわたくしとは大違い。お針子さんのところはどう?」

その場にいる者にエミリアは聞こえよがしに声を張り上げる。
流石にお針子も売り子もエミリアに賛同する返事は出来ずに顔を引き攣らせる。

ブランディーヌがこの部屋でする事は、彼女たちを帰す事だけである。
気の乗らない作業だが、これ以上払えもしないのに買っても仕方がない。
ブランディーヌは手を叩いた。


「(パンパン)皆さま、本日は来て下さっているのに申し訳ないのですが、一旦お引き取り願えますかしら」

誰もがどういう事だと顔を見合わせる。
エミリアは「無視していい」と言うものの、彼女たちはブランディーヌが伯爵夫人である事を知っている。1人、また1人と荷物を纏め、部屋から去っていく。

買い上げたとは言っても布地のままでは納品にはならない。
あっという間にロールになったものも広げたものも片付いてしまった。

「どういうつもり!わたくしを虐めてそんなに楽しいの?!」
「虐めるもなにも、ここは夫人の間。そもそもで貴女が勝手に入っていい部屋ではないのよ」
「お兄様が良いって言ったのよ。酷い!貴女よりお兄様の方が偉いのに!」
「で?そのお兄様はどこにいらっしゃるの?」
「知らないわ。自分の部屋じゃないの?武具屋が来てたし。まさか!お兄様に恥をかかせる気?信じられない…なんて事なの。夫であるお兄様には自由に買い物できる権利も与えないなんて悪魔のようだわ」

話をするだけ無駄である。
どうせ昨日と、先程まででエミリアが生涯働いても返せないだけの買い物で借金を作った事も理解はしていないだろう。


奇妙な事に夫婦の寝所だけは誰も出入りをしていないと見えて鎮まり帰っていた。
通り抜けするようにブランディーヌは当主の間の扉を開けた。

「・・・・」

女性には理解が出来ない世界が広がっていた。

剣や槍、大きな盾に何時の時代のものかとつい眺めてしまいたくなる甲冑。
所狭しと重量のありそうな武具が置かれていた。

「あっ!ディー」

もう場所がなくなったのか寝台の上に数本の剣を並べて腕組みをしていたカミーユが満面の笑みで名前を呼んだ。

川にある飛び石を渡り歩くかのように、バランスを取りながらカミーユが近づいて来た。ブランディーヌは「これはどういう事ですの」と聞けばカミーユはその場にしゃがみ込んで剣の説明を始めた。

「剣の説明は結構です。どういう事かと問うているのです」
「だから…欲しかったんだ。この剣なんか2億だよ。絶対手に入らないと思ってたんだ」

武具屋は女性が渋い顔をするのは慣れているのか、にこやかに2人を見守っている。しかし、ブランディーヌの言葉にお互い顔を見合わせ始めた。

「支払うお金が何処にあるというのです」
「え?だって…事業が上手く行って隣国からも注文があるんだろう?」
「えぇ、御座いますがそれがこの状況と何の関係が御座いますの」
「上手く行ってるという事は金もある。買えるって事だ。あ、そうそう。王宮横のハンザル公爵家の土地が売りに出ていたから買ったよ。王宮にも近いし便利だろう?」

「騎士の仕事も辞められたと聞きましたが、王宮が近くなって何の利があるのです」
「それもそうか…でも広い屋敷もある。出仕の必要もないしエミリアとディーとずっと一緒に過ごせる。こんな嬉しい事はないよ」

「もう一度お聞きします。支払うお金は何処に御座いますの」
「だから、それは事業が上手くいってるんだろう?同じ事を何度も言わせないでくれ」

「事業が上手く行っていると言っても支払いに回せるお金でこの部屋の武具は半分も買えません。その2億の剣が御所望でしたら、柄だけ切り取って貰ってくださいませ。残りは支払えません。それからエミリアさんのドレスを優先させるのであっても半分も買い取れません。1階に溢れてる荷も全て返品をしてください」

「そんな!どうしてそんな事を…あ、子供だろう?判ってる。だから隣の部屋は何も入れていないだろう?」

ブランディーヌの目が細~くなった。
武具屋は2人の会話を聞いて仕立て屋と同じく荷を片付け始めた。
カミーユの「待ってくれ。まだ見ていない剣がある」との頼みも笑顔で誤魔化される。



コルネット伯爵家から商人が引き上げていくのをカミーユは窓から眺めて名残惜しそうな表情を浮かべた。最後の馬車が窓から見える範囲の門道から消えるとカミーユは嬉しそうにブランディーヌの元へ胸に大事そうに箱を抱えてやってきた。

「愛しているよ。これは…この3年間待たせたお詫びだ」

箱の蓋をそっと開けると、そこには額にすると卒倒しそうな数の宝飾品が入っていた。

何処の世界に貰う側の財布をアテにして買い漁った宝飾品を贈られて嬉しいと思うものがいるのだろうか。

ブランディーヌは宝飾品の中にあるどんなルビーよりも赤くなるようにカミーユの頬を張った。
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