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第16話 役立たずのピンチヒッター
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「今日は無理…足が…無理なの」
「そう言われましても第1王子トリスタン殿下の廃嫡は4日後なので時間がありません。お支度を」
一昨日はワイン、昨日は池。今日は階段をこの足で駆け下りねばならないと思うとメイリーンは疲労困憊で無理だ、休ませてくれと懇願するも聞き入れられる事はなかった。
「仕方ありません。では殿下を代役と致しますのでメイリーン殿は指示を」
「いいの?スタンがやってくれるの?」
「陛下からは同罪と伺っております。念のためパドマ様にも許可を頂きましょう」
「良かったぁ…もう足がガクガクなのよぉ」
「ま、自業自得でしょうけどね。嘘を吐くのがいけないんですよ。首が繋がっているだけまだマシですよ」
――いや、斬首の方が一気に終わるからマシよ――
本気でそう思うくらいにメイリーンは心も体も限界になっていた。
そして思う。嘘は良くないと。
でも同時に「階段と池が逆だったらここまで疲れてないのにな」と思うのだ。
「スタンだけズルい。何度もやり直しさせてやるんだから」とワインも池も体験していないトリスタンに復讐の炎を燃やしたのだった。
従者が隣の部屋に行くと壁越しにトリスタンが「嫌だ!無理!」激しい抵抗をしている声が聞こえた。
――無理だったのアタシだから!!――
階段を駆け下りるくらい簡単じゃない!メイリーンはやる前から泣き言を言っているトリスタンの事を心底軽蔑した。
のだが‥‥。
昨日は生れて初めてダーズ伯爵家の庭に足を踏み入れた。
そして今日は屋敷の中だ。
「ほへぇ…すっごい」
教会の礼拝堂並みに高い天井。メイリーンは後ろにひっくり返りそうになりながら天井を見上げて感嘆の声を上げた。
そして壁に斜めになっている出っ張りを見て首を傾げた。
――ハッ?!まさか…これが階段?え?手摺ないんだけど?――
メイリーンの知る階段とは船着き場に下りる時に側面を見たことがあるが、規則正しい段々が付いている斜めの床のようなもの。
なのに今、目の前にある階段らしきものは段の高さも幅も不規則で壁全面を使ったオブジェにしか見えない。
だらだらと背中に嫌な汗が噴き出たが、突然頭の上から声が聞こえた。
「ようこそ~ここへ~駆け下りようよパラッダァイス♪ですわぁ」
そこには2階だけど2階に見えない高さから手を振っているパドマがいた。
言葉に嘘はないだろうと思える。この階段を駆け下りたら…行いの良い者は間違いなく楽園に逝くだろう。
メイリーンは思った。
――天国への階段って登るんじゃなく下るんだな――
「嫌だ。嫌だ。無理だって!」
見上げた顔を戻すとそこには「2階へどうぞ」と階段を上ることを指示されているトリスタンがいた。
小さな声でパドマの歌が聞こえてくる。
怖くないのか手摺もない張りだした床に腰を下ろして足をプラプラ。
「待って~待って~待っているのよぉ~ひぃとりでいるぅの~♪」
――うん。間違いない。そのあとはサヨウナラだもんね――
この世に別れを告げるサヨナラになるのか、それとも王子を辞めるサヨナラで済むのか。全てはトリスタンの駆け下り方にかかっている。
吹き抜け側に手摺のない階段から落下した時の事は全く考えていないようでクッション性のあるものは見当たらない。
「陛下から許可は頂いています」騎士によって背中に剣を突き付けられたトリスタンは1面の階段を上がるだけで息が上がりゼェハァ。
2面目を上がると「ちょと‥まて」声も出ない程に息が上がり切っていたがパドマは気にしない。
「メイリーンさん。私、どんな感じにメイリーンさんを突き飛ばしましたの?」
問う内容がおかしい気もするが、パドマは何もしていないのだから聞くのは当然だ。
「池の時の最初みたいな感じですぅぅ」
「こぉんな感じね!解りましたわ。やってみます。殿下、お早く!」
3面目を上がるトリスタンは吹き抜け側を見るのが怖いようで壁に付いた手摺にしがみ付いているが…。
「うわぁっ!!」
築250年を超える古い家。体重をかけて壁の手摺を握っていたものだからボロッと手摺の金具が取れてしまった。
「ここを出る時は原状回復せねばなりませんのに。修繕費は王家に回しておきますわ」
パドマはまるで他人事だ。
そして残りが10段を切ると「元気出せ」と言わんばかりにカウントダウンを始める。
やっと登り切ってもあまりの高さにトリスタンが立ち上がれずにいるとパドマは老婆心からか忠告をした。
「殿下、その部分は床を支える根太が腐ってますので床が抜けますわよ」
「え?うわっ!!」
「古いのであちこち人の重量にも耐えられない箇所が御座いますの。早く始めましょう。突き飛ばすのでくるっと身を翻し駆け下りてくださいまし」
「無理だろ!体を反転させるときに下に落ちる!」
「落ちませんよ。だってメイリーンさんは駆け下りたんですから。出来た人がいるんだから殿下にも出来ます。何のための王族ですか」
「そういう事で王族って訳じゃないんだが」
「あら?私は教育でそう言われましたわよ?王族に出来ない事はない。その一員になるのだから出来て当然、と」
「そんな事を言ったのは誰だぁぁ!!」
「貴方の母君で御座いますが?」
トリスタンは言い返せなかった。
「そう言われましても第1王子トリスタン殿下の廃嫡は4日後なので時間がありません。お支度を」
一昨日はワイン、昨日は池。今日は階段をこの足で駆け下りねばならないと思うとメイリーンは疲労困憊で無理だ、休ませてくれと懇願するも聞き入れられる事はなかった。
「仕方ありません。では殿下を代役と致しますのでメイリーン殿は指示を」
「いいの?スタンがやってくれるの?」
「陛下からは同罪と伺っております。念のためパドマ様にも許可を頂きましょう」
「良かったぁ…もう足がガクガクなのよぉ」
「ま、自業自得でしょうけどね。嘘を吐くのがいけないんですよ。首が繋がっているだけまだマシですよ」
――いや、斬首の方が一気に終わるからマシよ――
本気でそう思うくらいにメイリーンは心も体も限界になっていた。
そして思う。嘘は良くないと。
でも同時に「階段と池が逆だったらここまで疲れてないのにな」と思うのだ。
「スタンだけズルい。何度もやり直しさせてやるんだから」とワインも池も体験していないトリスタンに復讐の炎を燃やしたのだった。
従者が隣の部屋に行くと壁越しにトリスタンが「嫌だ!無理!」激しい抵抗をしている声が聞こえた。
――無理だったのアタシだから!!――
階段を駆け下りるくらい簡単じゃない!メイリーンはやる前から泣き言を言っているトリスタンの事を心底軽蔑した。
のだが‥‥。
昨日は生れて初めてダーズ伯爵家の庭に足を踏み入れた。
そして今日は屋敷の中だ。
「ほへぇ…すっごい」
教会の礼拝堂並みに高い天井。メイリーンは後ろにひっくり返りそうになりながら天井を見上げて感嘆の声を上げた。
そして壁に斜めになっている出っ張りを見て首を傾げた。
――ハッ?!まさか…これが階段?え?手摺ないんだけど?――
メイリーンの知る階段とは船着き場に下りる時に側面を見たことがあるが、規則正しい段々が付いている斜めの床のようなもの。
なのに今、目の前にある階段らしきものは段の高さも幅も不規則で壁全面を使ったオブジェにしか見えない。
だらだらと背中に嫌な汗が噴き出たが、突然頭の上から声が聞こえた。
「ようこそ~ここへ~駆け下りようよパラッダァイス♪ですわぁ」
そこには2階だけど2階に見えない高さから手を振っているパドマがいた。
言葉に嘘はないだろうと思える。この階段を駆け下りたら…行いの良い者は間違いなく楽園に逝くだろう。
メイリーンは思った。
――天国への階段って登るんじゃなく下るんだな――
「嫌だ。嫌だ。無理だって!」
見上げた顔を戻すとそこには「2階へどうぞ」と階段を上ることを指示されているトリスタンがいた。
小さな声でパドマの歌が聞こえてくる。
怖くないのか手摺もない張りだした床に腰を下ろして足をプラプラ。
「待って~待って~待っているのよぉ~ひぃとりでいるぅの~♪」
――うん。間違いない。そのあとはサヨウナラだもんね――
この世に別れを告げるサヨナラになるのか、それとも王子を辞めるサヨナラで済むのか。全てはトリスタンの駆け下り方にかかっている。
吹き抜け側に手摺のない階段から落下した時の事は全く考えていないようでクッション性のあるものは見当たらない。
「陛下から許可は頂いています」騎士によって背中に剣を突き付けられたトリスタンは1面の階段を上がるだけで息が上がりゼェハァ。
2面目を上がると「ちょと‥まて」声も出ない程に息が上がり切っていたがパドマは気にしない。
「メイリーンさん。私、どんな感じにメイリーンさんを突き飛ばしましたの?」
問う内容がおかしい気もするが、パドマは何もしていないのだから聞くのは当然だ。
「池の時の最初みたいな感じですぅぅ」
「こぉんな感じね!解りましたわ。やってみます。殿下、お早く!」
3面目を上がるトリスタンは吹き抜け側を見るのが怖いようで壁に付いた手摺にしがみ付いているが…。
「うわぁっ!!」
築250年を超える古い家。体重をかけて壁の手摺を握っていたものだからボロッと手摺の金具が取れてしまった。
「ここを出る時は原状回復せねばなりませんのに。修繕費は王家に回しておきますわ」
パドマはまるで他人事だ。
そして残りが10段を切ると「元気出せ」と言わんばかりにカウントダウンを始める。
やっと登り切ってもあまりの高さにトリスタンが立ち上がれずにいるとパドマは老婆心からか忠告をした。
「殿下、その部分は床を支える根太が腐ってますので床が抜けますわよ」
「え?うわっ!!」
「古いのであちこち人の重量にも耐えられない箇所が御座いますの。早く始めましょう。突き飛ばすのでくるっと身を翻し駆け下りてくださいまし」
「無理だろ!体を反転させるときに下に落ちる!」
「落ちませんよ。だってメイリーンさんは駆け下りたんですから。出来た人がいるんだから殿下にも出来ます。何のための王族ですか」
「そういう事で王族って訳じゃないんだが」
「あら?私は教育でそう言われましたわよ?王族に出来ない事はない。その一員になるのだから出来て当然、と」
「そんな事を言ったのは誰だぁぁ!!」
「貴方の母君で御座いますが?」
トリスタンは言い返せなかった。
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