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第18話 今なら倍になるチャンス
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「どのツラ下げてやって来た」
フライアの兄ブルーノは突然やって来たエトガーに罵声を浴びせた。
「全部誤解なんです。義兄さんも知っているでしょう?フライアは早とちりをする事が多いんですよ」
「貴様に義兄と言われる筋合いなどない!」
エトガーは必死に食い下がる。
ここでフライアに会わせてもらえなかったらチャンスを失ってしまう。
噂は流してしまったけれど、エトガーが流したという証拠は何処にもない。
人が噂をするのは当たり前だし不可抗力を責められる謂れはない。
なんならこの際、愛人になれるのなら噂の根源はアメリアと言う事で済ませたっていい。アメリアは会ってもくれないし、こんな窮地に陥ってしまった原因はアメリアが「妊娠した」などと言うからだ。
子供が出来たなんて言わなければ「伯爵家に婿入り」など夢のような話を信じることもなかった。結婚前のちょっとした火遊びだと終わらせる事だって出来たはずなのだ。
人伝手に聞いて、間もなくヴォーダンはここにやって来るが今は不在。
リヒテン子爵夫妻も高位貴族に呼ばれ今日は留守。
兄のブルーノは妻のビアンカが出産も近いので在宅しているが言ってみればそれだけ。
幾らなんでも夫がいる間に愛人になる、ならないの交渉はフライアも出来ないだろうと気を使ったのだ。何よりフライアはまだエトガーの事を慕っているはず。
あの時、フライアは泣いていた。
エトガーは「別れたくないんだな」と思ったが、あの時は仕方が無かった。
どう考えても共働きをしないと食べていけない未来しかないフライアと左団扇で暮らせるアメリア。どっちを取るかなど考えるまでもない。
まして結婚すればお互い子爵家でどう転んでも子爵家から這い上がれない。
しかしアメリアとなら入り婿とは言え伯爵家に籍が移るのだ。誰だってアメリアを取るだろう。
幾ら考えてもフライアを選ぶ理由など何処にもなかった。
しかし今は違う。状況はその時、その時で変わるのだから臨機応変に対応するのが当たり前。話をしようにもアメリアに会う事も出来ないし伯爵家に忍び込めば爵位も格下なのでどうなるか判らない。
使用人と言えど傷つけてしまったら軽くて10年は臭い飯を食わねばならないし、最悪処刑だ。
だが、ここはリヒテン子爵家。同じ爵位の場合は重い刑を食らったとしてもせいぜい3年の懲役で済む。それもブルーノが大人しくフライアに会わせてくれればの話だが。
余りにもブルーノが邪魔をするのなら、少々手荒い事をしても仕方がないが、ブルーノは騎士団に所属していないだけで武術には長けている。もしもの時の頼みの綱は胸に忍ばせたナイフだけだ。
フライアがブルグ王国に出立してしまうと今のエトガーに追いかけるほどの旅費は出す事も出来ない。何としてもフライアに会い、昔のように愛を確かめ合って旅費も貰わねばならなかった。
「何を考えているか知らないが、貴様にフライアを会わせることはない。帰れ」
「義兄さん。お願いです。少しでいい。話をさせてください。誤解したままなんて嫌なんです。少しで‥あっ!!」
ブルーノの腕を掴もうとしたエトガーだったがブルーノに突き飛ばされてよろめいた。
「誤解だと?こっちは知ってるんだ。お前が商会をクビになりそうなこと、オイレト伯爵家からは相手にされてない事もな!今更フライアにどうしか縋ろうなんて浅ましいんだよッ!くだらない噂まで広げやがって!訴えられないだけマシだと思え!」
頑としてフライアに会わせる気はないとブルーノはエトガーを突っぱねた。
「チッ!脳みそまでガッチガチの脳筋のくせに。話の判らないやつにはこうするしかないな!」
胸元からナイフを取り出し、カバーを外して刃先をブルーノに向けたが小癪な事にブルーノは怯みもしない。それがエトガーを更に苛立たせた。
「こンノッ!!」
エトガーが振り被った瞬間、地鳴りに似た音を立てて足元が揺れた。
ダダッダダッ!!
何事かと思ったら馬の蹄の音。馬が大地を蹴り走ってくる音でその速さはほぼ全速だった。
「義兄上~今戻ったぁ!!」
短い言葉なのに「戻ったぁ!」の言葉が終わると同時にエトガーは背中に強い衝撃を受け、体は逆「く」の字になる。前に吹き飛ぶはずなのに体が浮いたのは真上。そのまま今度は地面に体が叩きつけられた。
「ウゴギャッ!!」
べしゃりと潰れたヒキガエルのような声を出して地面に叩きつけられただけでなく、体の上には何もないのに強い圧迫を感じ、エトガーは息をする事も出来ない。目には見えないが空気が塊になって押しつぶされそうだった。
「義兄上、ご無事か!」
「これはこれはヴォーダン殿。爆速のお帰りで。昨日王宮から連絡を受けたばかりでしたよ」
「ナディは?!今日も可愛いか?!」
「さぁどうだろう。妹をそう言う目で見たことが無いからな」
「って事は、義兄上は今日のナディを見たのか!くっ!僕はまだなのに!」
「そりゃ、一緒に暮らしているからな」
「なんて羨ましい…垂涎ものだ」
ヴォーダンはエトガーの事などお構いましにブルーノに話しかける。
ひくひくとエトガーが痙攣を始めた。
「大丈夫なのか、ソレ」
ブルーノが指差すとヴォーダンはちらりとエトガーを見た。
「今なら無駄に魔力が余っているからどうにでも出来るが」
ヴォーダンはしゃがみ込むとヒクヒクするエトガーに問うた。
「人間の関節の数は365あるそうだ。今なら倍にしてやるぞ?あれ?義兄上、こいつ返事しないんだが大丈夫か?」
答えようにもエトガーはもう気を飛ばしていた。
フライアの兄ブルーノは突然やって来たエトガーに罵声を浴びせた。
「全部誤解なんです。義兄さんも知っているでしょう?フライアは早とちりをする事が多いんですよ」
「貴様に義兄と言われる筋合いなどない!」
エトガーは必死に食い下がる。
ここでフライアに会わせてもらえなかったらチャンスを失ってしまう。
噂は流してしまったけれど、エトガーが流したという証拠は何処にもない。
人が噂をするのは当たり前だし不可抗力を責められる謂れはない。
なんならこの際、愛人になれるのなら噂の根源はアメリアと言う事で済ませたっていい。アメリアは会ってもくれないし、こんな窮地に陥ってしまった原因はアメリアが「妊娠した」などと言うからだ。
子供が出来たなんて言わなければ「伯爵家に婿入り」など夢のような話を信じることもなかった。結婚前のちょっとした火遊びだと終わらせる事だって出来たはずなのだ。
人伝手に聞いて、間もなくヴォーダンはここにやって来るが今は不在。
リヒテン子爵夫妻も高位貴族に呼ばれ今日は留守。
兄のブルーノは妻のビアンカが出産も近いので在宅しているが言ってみればそれだけ。
幾らなんでも夫がいる間に愛人になる、ならないの交渉はフライアも出来ないだろうと気を使ったのだ。何よりフライアはまだエトガーの事を慕っているはず。
あの時、フライアは泣いていた。
エトガーは「別れたくないんだな」と思ったが、あの時は仕方が無かった。
どう考えても共働きをしないと食べていけない未来しかないフライアと左団扇で暮らせるアメリア。どっちを取るかなど考えるまでもない。
まして結婚すればお互い子爵家でどう転んでも子爵家から這い上がれない。
しかしアメリアとなら入り婿とは言え伯爵家に籍が移るのだ。誰だってアメリアを取るだろう。
幾ら考えてもフライアを選ぶ理由など何処にもなかった。
しかし今は違う。状況はその時、その時で変わるのだから臨機応変に対応するのが当たり前。話をしようにもアメリアに会う事も出来ないし伯爵家に忍び込めば爵位も格下なのでどうなるか判らない。
使用人と言えど傷つけてしまったら軽くて10年は臭い飯を食わねばならないし、最悪処刑だ。
だが、ここはリヒテン子爵家。同じ爵位の場合は重い刑を食らったとしてもせいぜい3年の懲役で済む。それもブルーノが大人しくフライアに会わせてくれればの話だが。
余りにもブルーノが邪魔をするのなら、少々手荒い事をしても仕方がないが、ブルーノは騎士団に所属していないだけで武術には長けている。もしもの時の頼みの綱は胸に忍ばせたナイフだけだ。
フライアがブルグ王国に出立してしまうと今のエトガーに追いかけるほどの旅費は出す事も出来ない。何としてもフライアに会い、昔のように愛を確かめ合って旅費も貰わねばならなかった。
「何を考えているか知らないが、貴様にフライアを会わせることはない。帰れ」
「義兄さん。お願いです。少しでいい。話をさせてください。誤解したままなんて嫌なんです。少しで‥あっ!!」
ブルーノの腕を掴もうとしたエトガーだったがブルーノに突き飛ばされてよろめいた。
「誤解だと?こっちは知ってるんだ。お前が商会をクビになりそうなこと、オイレト伯爵家からは相手にされてない事もな!今更フライアにどうしか縋ろうなんて浅ましいんだよッ!くだらない噂まで広げやがって!訴えられないだけマシだと思え!」
頑としてフライアに会わせる気はないとブルーノはエトガーを突っぱねた。
「チッ!脳みそまでガッチガチの脳筋のくせに。話の判らないやつにはこうするしかないな!」
胸元からナイフを取り出し、カバーを外して刃先をブルーノに向けたが小癪な事にブルーノは怯みもしない。それがエトガーを更に苛立たせた。
「こンノッ!!」
エトガーが振り被った瞬間、地鳴りに似た音を立てて足元が揺れた。
ダダッダダッ!!
何事かと思ったら馬の蹄の音。馬が大地を蹴り走ってくる音でその速さはほぼ全速だった。
「義兄上~今戻ったぁ!!」
短い言葉なのに「戻ったぁ!」の言葉が終わると同時にエトガーは背中に強い衝撃を受け、体は逆「く」の字になる。前に吹き飛ぶはずなのに体が浮いたのは真上。そのまま今度は地面に体が叩きつけられた。
「ウゴギャッ!!」
べしゃりと潰れたヒキガエルのような声を出して地面に叩きつけられただけでなく、体の上には何もないのに強い圧迫を感じ、エトガーは息をする事も出来ない。目には見えないが空気が塊になって押しつぶされそうだった。
「義兄上、ご無事か!」
「これはこれはヴォーダン殿。爆速のお帰りで。昨日王宮から連絡を受けたばかりでしたよ」
「ナディは?!今日も可愛いか?!」
「さぁどうだろう。妹をそう言う目で見たことが無いからな」
「って事は、義兄上は今日のナディを見たのか!くっ!僕はまだなのに!」
「そりゃ、一緒に暮らしているからな」
「なんて羨ましい…垂涎ものだ」
ヴォーダンはエトガーの事などお構いましにブルーノに話しかける。
ひくひくとエトガーが痙攣を始めた。
「大丈夫なのか、ソレ」
ブルーノが指差すとヴォーダンはちらりとエトガーを見た。
「今なら無駄に魔力が余っているからどうにでも出来るが」
ヴォーダンはしゃがみ込むとヒクヒクするエトガーに問うた。
「人間の関節の数は365あるそうだ。今なら倍にしてやるぞ?あれ?義兄上、こいつ返事しないんだが大丈夫か?」
答えようにもエトガーはもう気を飛ばしていた。
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