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夕暮れの湖畔
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夕焼けの空が美しく見える湖畔。
何をするでもなく第二王子妃シルヴェーヌが立っていた。
風に肩に羽織ったショールが飛ばされても振り向きもしない。
「妃殿下。そろそろお戻りくださいませ」
背後からの声は騎士クロヴィス。
ゆっくりと近づくと斜め後ろで跪き頭を垂れた。
シルヴェーヌは振り向きながら声をかけた。
「戻ります」
「はい」
騎士クロヴィスの腕に細い指をかけると「危険ですからしっかりと」と声と同時に手を握られ引かれる。
「何か思いだされましたか?」
「いいえ。何も」
「そろそろ寒くなりますので明日からは屋敷でお過ごしください」
「そう…また迷惑をかけてしまうわね」
「妃殿下、ここでは誰もそのような事は」
「そうね…そうだったわね」
記憶を失ってまもなく2年。
何かを思い出しそうな気がしてシルヴェーヌは散歩がてらに湖畔に来ることがあった。
どうして記憶を失ったのか。
自分が誰なのか、何故此処にいるのか。未だ全く思い出せなかった。
〇●〇●〇
「貴女は第二王子ディオン殿下のお妃様なのですよ?」
両親と名乗る年配の男女に肩を揺すられても何も思いだせない。
業を煮やしたのか、男性がシルヴェーヌの頬を張ったが痛みと口の中に血の味がしただけで何かを思い出す事はなかった。
「この役立たずが!呆けるふりも大概にしろ」
「いい加減にして頂戴。いったい幾ら貴女にかかっていると思っているの」
耳元でギャンギャンと吠える2人はかけつけたクロヴィスによって部屋から出された。
一度だけ【夫】だという男性が来た事がある。
隣に艶やかな女性を腕にぶら下げて、寝台にようよう起き上がったシルヴェーヌを見て鼻で笑った。
寝台わきにある椅子ではなく、寝台へ横向きに腰を下ろした女性はシルヴェーヌの手を握ろうとしたが、ビックリしたシルヴェーヌはその手を振り払った。
触れられた瞬間にまるで毒蛾の幼虫が全身を這うような嫌悪感に襲われたのだ。
少し触れた部分はチクリと毛針に刺されたような痛みさえ感じる。
年配の2人のような激しい罵倒はなかったが、ネットリとした言葉を呪詛のようにシルヴェーヌに吐き「観劇の時間に遅れる」と部屋から出て行った。
離宮にやってきて2か月ほどした頃に、非常に物腰が柔らかい上に腰が低く丁寧な応対をする執事セレスタンが夫婦で住み込みの赴任をしてきた。身の回りの世話をしてくれるリーネという侍女の夫だという彼はシルヴェーヌとは決して目を合わせなかった。
「私は、貴女様が憂いなく過ごせるようにするのが課せられた務めにて」
執事のセレスタンが来てからは騒ぎ立てる年配の男女も、【夫】だという男性もその連れも離宮を訪れる事はなくなった。セレスタンは「1人で庭を散策しても問題ない」と言った。
幾つか判った事はあるが、それは全て目覚めてから知った事ばかりでシルヴェーヌは過去を思い出す事が出来なかった。
自分の名前はシルヴェーヌだということ
元々は公爵令嬢だったこと
執事のセレスタンは元王太子だったこと
セレスタンとは婚約者だったが結婚したのは第二王子ディオンだったこと
記憶をなくしても今もまだ自分が王子妃であること
そして両親にも夫にも疎まれていること
湖畔にある宮は王妃の所有する離宮で、記憶の戻らないシルヴェーヌの療養にと王妃が手配した物だった事も知った。王妃だけは何かの贖罪なのだろうか。シルヴェーヌには気を使ってくれているのがわかった。
記憶を失ってまもなく2年。そしてその間に離宮にきて1年が過ぎた。
殴打されたとみられた頭部の縫合痕も髪にすっかり隠れるようになったし、背中に残る剣による切創は時折引き攣るように感じる事はあっても瘡蓋も取れた。ぷっくりと盛り上がってはしまったが痛みも感じなくなった。
〇●〇●〇
気が付けば湖まで歩いて来てしまっていたシルヴェーヌは、きっと探し回ったであろうクロヴィスの労を労うが「探し物をするのは童心に帰ったようで楽しかった」と言った。
庭の小道の先にある湖から屋敷までは婦人の足で、休まずに小走りをしても30分はかかる。騎士クロヴィスは愛馬にシルヴェーヌを横乗りさせると、手綱を握る両腕を柵代わりにゆっくりと馬を歩かせ離宮まで戻っていった。
☆彡☆彡
1話目は現在ですので、離宮での出来事になります<(_ _)>
2話目から10年前になって1話目の時間に追いついていくのが28話で29話で時間的に追いつきます。
そこからラストまで数話(片手の指の数より少ない)で完結です。<(_ _)>
何をするでもなく第二王子妃シルヴェーヌが立っていた。
風に肩に羽織ったショールが飛ばされても振り向きもしない。
「妃殿下。そろそろお戻りくださいませ」
背後からの声は騎士クロヴィス。
ゆっくりと近づくと斜め後ろで跪き頭を垂れた。
シルヴェーヌは振り向きながら声をかけた。
「戻ります」
「はい」
騎士クロヴィスの腕に細い指をかけると「危険ですからしっかりと」と声と同時に手を握られ引かれる。
「何か思いだされましたか?」
「いいえ。何も」
「そろそろ寒くなりますので明日からは屋敷でお過ごしください」
「そう…また迷惑をかけてしまうわね」
「妃殿下、ここでは誰もそのような事は」
「そうね…そうだったわね」
記憶を失ってまもなく2年。
何かを思い出しそうな気がしてシルヴェーヌは散歩がてらに湖畔に来ることがあった。
どうして記憶を失ったのか。
自分が誰なのか、何故此処にいるのか。未だ全く思い出せなかった。
〇●〇●〇
「貴女は第二王子ディオン殿下のお妃様なのですよ?」
両親と名乗る年配の男女に肩を揺すられても何も思いだせない。
業を煮やしたのか、男性がシルヴェーヌの頬を張ったが痛みと口の中に血の味がしただけで何かを思い出す事はなかった。
「この役立たずが!呆けるふりも大概にしろ」
「いい加減にして頂戴。いったい幾ら貴女にかかっていると思っているの」
耳元でギャンギャンと吠える2人はかけつけたクロヴィスによって部屋から出された。
一度だけ【夫】だという男性が来た事がある。
隣に艶やかな女性を腕にぶら下げて、寝台にようよう起き上がったシルヴェーヌを見て鼻で笑った。
寝台わきにある椅子ではなく、寝台へ横向きに腰を下ろした女性はシルヴェーヌの手を握ろうとしたが、ビックリしたシルヴェーヌはその手を振り払った。
触れられた瞬間にまるで毒蛾の幼虫が全身を這うような嫌悪感に襲われたのだ。
少し触れた部分はチクリと毛針に刺されたような痛みさえ感じる。
年配の2人のような激しい罵倒はなかったが、ネットリとした言葉を呪詛のようにシルヴェーヌに吐き「観劇の時間に遅れる」と部屋から出て行った。
離宮にやってきて2か月ほどした頃に、非常に物腰が柔らかい上に腰が低く丁寧な応対をする執事セレスタンが夫婦で住み込みの赴任をしてきた。身の回りの世話をしてくれるリーネという侍女の夫だという彼はシルヴェーヌとは決して目を合わせなかった。
「私は、貴女様が憂いなく過ごせるようにするのが課せられた務めにて」
執事のセレスタンが来てからは騒ぎ立てる年配の男女も、【夫】だという男性もその連れも離宮を訪れる事はなくなった。セレスタンは「1人で庭を散策しても問題ない」と言った。
幾つか判った事はあるが、それは全て目覚めてから知った事ばかりでシルヴェーヌは過去を思い出す事が出来なかった。
自分の名前はシルヴェーヌだということ
元々は公爵令嬢だったこと
執事のセレスタンは元王太子だったこと
セレスタンとは婚約者だったが結婚したのは第二王子ディオンだったこと
記憶をなくしても今もまだ自分が王子妃であること
そして両親にも夫にも疎まれていること
湖畔にある宮は王妃の所有する離宮で、記憶の戻らないシルヴェーヌの療養にと王妃が手配した物だった事も知った。王妃だけは何かの贖罪なのだろうか。シルヴェーヌには気を使ってくれているのがわかった。
記憶を失ってまもなく2年。そしてその間に離宮にきて1年が過ぎた。
殴打されたとみられた頭部の縫合痕も髪にすっかり隠れるようになったし、背中に残る剣による切創は時折引き攣るように感じる事はあっても瘡蓋も取れた。ぷっくりと盛り上がってはしまったが痛みも感じなくなった。
〇●〇●〇
気が付けば湖まで歩いて来てしまっていたシルヴェーヌは、きっと探し回ったであろうクロヴィスの労を労うが「探し物をするのは童心に帰ったようで楽しかった」と言った。
庭の小道の先にある湖から屋敷までは婦人の足で、休まずに小走りをしても30分はかかる。騎士クロヴィスは愛馬にシルヴェーヌを横乗りさせると、手綱を握る両腕を柵代わりにゆっくりと馬を歩かせ離宮まで戻っていった。
☆彡☆彡
1話目は現在ですので、離宮での出来事になります<(_ _)>
2話目から10年前になって1話目の時間に追いついていくのが28話で29話で時間的に追いつきます。
そこからラストまで数話(片手の指の数より少ない)で完結です。<(_ _)>
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