入れ替わ離婚

cyaru

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第29話  後悔をしながら

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ガタン、ゴトッ。ゴゴゴ。

カイゼルはミトス子爵家に戻ろうとしたが、思いとどまり王都に集まる色々な荷物の集積所で働いていた。住む場所が無かったが、前職が黒曜石の宮で護衛をしていたと言えば倉庫だった部屋を片付けてくれて寝る場所付きで雇って貰えた。

以来、毎朝6時から最終の荷馬車が到着する23時まで働きっぱなし。

「兄ちゃん、ちったぁ休みなよ」
「はい、ありがとうございます。休憩はさっき貰いました」
「そうじゃねぇよ。休む日も無く働いてるじゃないか」
「そうでしたっけ?アハ、アハハ」

仕事は日給月給。王族、貴族の宮や屋敷で働いたり、騎士団に入団して任務にあたる場合など貴族籍がある者だけは休日が最低でも月に何日と決められているが、平民と呼ばれる階層には関係がない。

カイゼルは子爵家の人間なので、申告をすれば休みも貰えるがカイゼルは自分が子爵家の人間であると敢えて言わなかった。
貴族なんだと言えばどうしても忖度する気持ちが働くもの。

自分の立場を少しでも落とすために平民として働くことにした。
そうするのは、宮でオフィーリアは初日から地下室が部屋なのだと案内をされ住むことになった。

カイゼルは本来オフィーリアが住まう離れの1室を利用していたし、給金はマーフェス公爵家から支払われるので宮に食料を搬入してくる商人に毎日軽食であったりテイクアウト出来る食料を買って来てもらっていた。

「夜食、そこに置いとくから食えよ」
「ありがとうございます」

この集積場では1か月ほど前から第1王子フェリクスの計らいで朝、昼、夕、夜の4回の内、20時以降の勤務に当たっている者には肉と野菜の挟まったパンとスープが無償で支給されるようになった。
夜食目当てに夜の当番を希望する者も増えている。

大きな木箱を所定の場所に積み終わり、その日の仕事を終えたカイゼルはまだ湯気のあるスープの入ったカップを手に取って部屋に戻った。

「そう言えば公爵領でもパンとスープは配給をされていたと聞いたなぁ」

椅子代わりの空の木箱に腰を下ろし、両手でスープの入ったカップを持つと涙が零れて来る。

カイゼルが掘り起こされたのはがけ崩れに巻き込まれて2日目だったが、救出活動が終わっても領民の中から希望者を募って公爵領では崩落した場の復旧工事が直ぐに始まっていた。

「ごめんね。公爵家と言ってもそんなに裕福ではないの」

治療中の目には包帯を巻いていたカイゼルにオフィーリアは手ずから食事をさせてくれた。
オフィーリアがいない時に使用人がボヤいている声が聞こえて来た。

オフィーリアは公爵領にある屋敷の調度品を売ったり、削減できる予算は削減して皆に食事を提供していたのだ。公爵家の領地にある屋敷でも薄い味で具が入っているかどうかも怪しいスープが出されていた。

そんなに裕福ではないのではなく、その時に出来る事をしていたからこそ具までふんだんに入れていれば予算が足らなくなる。申し訳ないと思いながらも少ない予算で長く提供できる方法をオフィーリアは行っていただけ。

スープを口に含むと味は全く違う。
肉も野菜もほろほろになってたくさん入っていて、味もしっかり付いているスープは公爵領で飲んだ物とは全く違うと解っていても、当時を思い出し、カイゼルはスープを飲みながら泣いた。

「ごめん…俺…どれだけ貴女に酷い事をしてしまったんだ」

頭の中に思い浮かぶのはティリアの為だと報復のために行った自らの行為。そして後悔。


違和感はあったのだ。何度も感じた。
しかしカイゼルは違和感を「月日が経っているから」と成長のせいにした。

幼かった少女はもう20歳を超えた淑女になっていた。
男の声変わりほどでないにしても、女性だって何時までも10歳前後の声ではない。
大人になってしまえば声も変わる。

口調だって元々田舎暮らしではなく、王都で生活をしていれば訛りも抜ける。
カイゼルは父親を手伝って荷馬車を引いたり押したりで荷を運んでいた。

その時に領民の中には行った先の方言や訛りに感化されて暫く行った先の言葉が抜けなかったりもしたものだ。

ティリアの「避暑に行ってた時に崩落があったの。その時に助けた人よね?」と言われ頭から信じてしまった。

『お義姉様、お父様に叱られて領地に行ってるけど直ぐに戻るわ』

ティリアはカイゼルに言った。
フェリクスとの縁談は元々ティリアに来たものだが、オフィーリアが横取りをしてしまったのだと。
調印の書類を勝手に入れ替えて婚約をした事が公爵にバレて結婚までの期間は反省のために領地に送られたのだと。

密かに愛を育みあって来たのに、目の前で幸せを攫われてしまったティリアにカイゼルは深く同情した。

少し、いや、考えなくても判ったはずなのに最初に与えられた情報を鵜呑みにして信じてしまった。

パンを手に取ろうとした時、毎日コツコツと貰った給金の入った布袋が指先に触れた。

「少ないけど…治療代になるまで俺、働くよ」

まだ1か月と少しの給金しか入っていない袋だが、カイゼルは日々の食事もまともになかったオフィーリアを同じ境遇に自分を追い込むために夜に配給される夜食で飢えを凌いでいた。

「それでもまだ温かいスープに歯で千切れるパンだ。俺の方がずっと恵まれている」

カイゼルは残りのパンを口に放り込み、スープで胃の中に流し込んだ。
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