30 / 61
第29話 後悔をしながら
しおりを挟む
ガタン、ゴトッ。ゴゴゴ。
カイゼルはミトス子爵家に戻ろうとしたが、思いとどまり王都に集まる色々な荷物の集積所で働いていた。住む場所が無かったが、前職が黒曜石の宮で護衛をしていたと言えば倉庫だった部屋を片付けてくれて寝る場所付きで雇って貰えた。
以来、毎朝6時から最終の荷馬車が到着する23時まで働きっぱなし。
「兄ちゃん、ちったぁ休みなよ」
「はい、ありがとうございます。休憩はさっき貰いました」
「そうじゃねぇよ。休む日も無く働いてるじゃないか」
「そうでしたっけ?アハ、アハハ」
仕事は日給月給。王族、貴族の宮や屋敷で働いたり、騎士団に入団して任務にあたる場合など貴族籍がある者だけは休日が最低でも月に何日と決められているが、平民と呼ばれる階層には関係がない。
カイゼルは子爵家の人間なので、申告をすれば休みも貰えるがカイゼルは自分が子爵家の人間であると敢えて言わなかった。
貴族なんだと言えばどうしても忖度する気持ちが働くもの。
自分の立場を少しでも落とすために平民として働くことにした。
そうするのは、宮でオフィーリアは初日から地下室が部屋なのだと案内をされ住むことになった。
カイゼルは本来オフィーリアが住まう離れの1室を利用していたし、給金はマーフェス公爵家から支払われるので宮に食料を搬入してくる商人に毎日軽食であったりテイクアウト出来る食料を買って来てもらっていた。
「夜食、そこに置いとくから食えよ」
「ありがとうございます」
この集積場では1か月ほど前から第1王子フェリクスの計らいで朝、昼、夕、夜の4回の内、20時以降の勤務に当たっている者には肉と野菜の挟まったパンとスープが無償で支給されるようになった。
夜食目当てに夜の当番を希望する者も増えている。
大きな木箱を所定の場所に積み終わり、その日の仕事を終えたカイゼルはまだ湯気のあるスープの入ったカップを手に取って部屋に戻った。
「そう言えば公爵領でもパンとスープは配給をされていたと聞いたなぁ」
椅子代わりの空の木箱に腰を下ろし、両手でスープの入ったカップを持つと涙が零れて来る。
カイゼルが掘り起こされたのはがけ崩れに巻き込まれて2日目だったが、救出活動が終わっても領民の中から希望者を募って公爵領では崩落した場の復旧工事が直ぐに始まっていた。
「ごめんね。公爵家と言ってもそんなに裕福ではないの」
治療中の目には包帯を巻いていたカイゼルにオフィーリアは手ずから食事をさせてくれた。
オフィーリアがいない時に使用人がボヤいている声が聞こえて来た。
オフィーリアは公爵領にある屋敷の調度品を売ったり、削減できる予算は削減して皆に食事を提供していたのだ。公爵家の領地にある屋敷でも薄い味で具が入っているかどうかも怪しいスープが出されていた。
そんなに裕福ではないのではなく、その時に出来る事をしていたからこそ具までふんだんに入れていれば予算が足らなくなる。申し訳ないと思いながらも少ない予算で長く提供できる方法をオフィーリアは行っていただけ。
スープを口に含むと味は全く違う。
肉も野菜もほろほろになってたくさん入っていて、味もしっかり付いているスープは公爵領で飲んだ物とは全く違うと解っていても、当時を思い出し、カイゼルはスープを飲みながら泣いた。
「ごめん…俺…どれだけ貴女に酷い事をしてしまったんだ」
頭の中に思い浮かぶのはティリアの為だと報復のために行った自らの行為。そして後悔。
違和感はあったのだ。何度も感じた。
しかしカイゼルは違和感を「月日が経っているから」と成長のせいにした。
幼かった少女はもう20歳を超えた淑女になっていた。
男の声変わりほどでないにしても、女性だって何時までも10歳前後の声ではない。
大人になってしまえば声も変わる。
口調だって元々田舎暮らしではなく、王都で生活をしていれば訛りも抜ける。
カイゼルは父親を手伝って荷馬車を引いたり押したりで荷を運んでいた。
その時に領民の中には行った先の方言や訛りに感化されて暫く行った先の言葉が抜けなかったりもしたものだ。
ティリアの「避暑に行ってた時に崩落があったの。その時に助けた人よね?」と言われ頭から信じてしまった。
『お義姉様、お父様に叱られて領地に行ってるけど直ぐに戻るわ』
ティリアはカイゼルに言った。
フェリクスとの縁談は元々ティリアに来たものだが、オフィーリアが横取りをしてしまったのだと。
調印の書類を勝手に入れ替えて婚約をした事が公爵にバレて結婚までの期間は反省のために領地に送られたのだと。
密かに愛を育みあって来たのに、目の前で幸せを攫われてしまったティリアにカイゼルは深く同情した。
少し、いや、考えなくても判ったはずなのに最初に与えられた情報を鵜呑みにして信じてしまった。
パンを手に取ろうとした時、毎日コツコツと貰った給金の入った布袋が指先に触れた。
「少ないけど…治療代になるまで俺、働くよ」
まだ1か月と少しの給金しか入っていない袋だが、カイゼルは日々の食事もまともになかったオフィーリアを同じ境遇に自分を追い込むために夜に配給される夜食で飢えを凌いでいた。
「それでもまだ温かいスープに歯で千切れるパンだ。俺の方がずっと恵まれている」
カイゼルは残りのパンを口に放り込み、スープで胃の中に流し込んだ。
カイゼルはミトス子爵家に戻ろうとしたが、思いとどまり王都に集まる色々な荷物の集積所で働いていた。住む場所が無かったが、前職が黒曜石の宮で護衛をしていたと言えば倉庫だった部屋を片付けてくれて寝る場所付きで雇って貰えた。
以来、毎朝6時から最終の荷馬車が到着する23時まで働きっぱなし。
「兄ちゃん、ちったぁ休みなよ」
「はい、ありがとうございます。休憩はさっき貰いました」
「そうじゃねぇよ。休む日も無く働いてるじゃないか」
「そうでしたっけ?アハ、アハハ」
仕事は日給月給。王族、貴族の宮や屋敷で働いたり、騎士団に入団して任務にあたる場合など貴族籍がある者だけは休日が最低でも月に何日と決められているが、平民と呼ばれる階層には関係がない。
カイゼルは子爵家の人間なので、申告をすれば休みも貰えるがカイゼルは自分が子爵家の人間であると敢えて言わなかった。
貴族なんだと言えばどうしても忖度する気持ちが働くもの。
自分の立場を少しでも落とすために平民として働くことにした。
そうするのは、宮でオフィーリアは初日から地下室が部屋なのだと案内をされ住むことになった。
カイゼルは本来オフィーリアが住まう離れの1室を利用していたし、給金はマーフェス公爵家から支払われるので宮に食料を搬入してくる商人に毎日軽食であったりテイクアウト出来る食料を買って来てもらっていた。
「夜食、そこに置いとくから食えよ」
「ありがとうございます」
この集積場では1か月ほど前から第1王子フェリクスの計らいで朝、昼、夕、夜の4回の内、20時以降の勤務に当たっている者には肉と野菜の挟まったパンとスープが無償で支給されるようになった。
夜食目当てに夜の当番を希望する者も増えている。
大きな木箱を所定の場所に積み終わり、その日の仕事を終えたカイゼルはまだ湯気のあるスープの入ったカップを手に取って部屋に戻った。
「そう言えば公爵領でもパンとスープは配給をされていたと聞いたなぁ」
椅子代わりの空の木箱に腰を下ろし、両手でスープの入ったカップを持つと涙が零れて来る。
カイゼルが掘り起こされたのはがけ崩れに巻き込まれて2日目だったが、救出活動が終わっても領民の中から希望者を募って公爵領では崩落した場の復旧工事が直ぐに始まっていた。
「ごめんね。公爵家と言ってもそんなに裕福ではないの」
治療中の目には包帯を巻いていたカイゼルにオフィーリアは手ずから食事をさせてくれた。
オフィーリアがいない時に使用人がボヤいている声が聞こえて来た。
オフィーリアは公爵領にある屋敷の調度品を売ったり、削減できる予算は削減して皆に食事を提供していたのだ。公爵家の領地にある屋敷でも薄い味で具が入っているかどうかも怪しいスープが出されていた。
そんなに裕福ではないのではなく、その時に出来る事をしていたからこそ具までふんだんに入れていれば予算が足らなくなる。申し訳ないと思いながらも少ない予算で長く提供できる方法をオフィーリアは行っていただけ。
スープを口に含むと味は全く違う。
肉も野菜もほろほろになってたくさん入っていて、味もしっかり付いているスープは公爵領で飲んだ物とは全く違うと解っていても、当時を思い出し、カイゼルはスープを飲みながら泣いた。
「ごめん…俺…どれだけ貴女に酷い事をしてしまったんだ」
頭の中に思い浮かぶのはティリアの為だと報復のために行った自らの行為。そして後悔。
違和感はあったのだ。何度も感じた。
しかしカイゼルは違和感を「月日が経っているから」と成長のせいにした。
幼かった少女はもう20歳を超えた淑女になっていた。
男の声変わりほどでないにしても、女性だって何時までも10歳前後の声ではない。
大人になってしまえば声も変わる。
口調だって元々田舎暮らしではなく、王都で生活をしていれば訛りも抜ける。
カイゼルは父親を手伝って荷馬車を引いたり押したりで荷を運んでいた。
その時に領民の中には行った先の方言や訛りに感化されて暫く行った先の言葉が抜けなかったりもしたものだ。
ティリアの「避暑に行ってた時に崩落があったの。その時に助けた人よね?」と言われ頭から信じてしまった。
『お義姉様、お父様に叱られて領地に行ってるけど直ぐに戻るわ』
ティリアはカイゼルに言った。
フェリクスとの縁談は元々ティリアに来たものだが、オフィーリアが横取りをしてしまったのだと。
調印の書類を勝手に入れ替えて婚約をした事が公爵にバレて結婚までの期間は反省のために領地に送られたのだと。
密かに愛を育みあって来たのに、目の前で幸せを攫われてしまったティリアにカイゼルは深く同情した。
少し、いや、考えなくても判ったはずなのに最初に与えられた情報を鵜呑みにして信じてしまった。
パンを手に取ろうとした時、毎日コツコツと貰った給金の入った布袋が指先に触れた。
「少ないけど…治療代になるまで俺、働くよ」
まだ1か月と少しの給金しか入っていない袋だが、カイゼルは日々の食事もまともになかったオフィーリアを同じ境遇に自分を追い込むために夜に配給される夜食で飢えを凌いでいた。
「それでもまだ温かいスープに歯で千切れるパンだ。俺の方がずっと恵まれている」
カイゼルは残りのパンを口に放り込み、スープで胃の中に流し込んだ。
1,026
あなたにおすすめの小説
理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら
赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。
問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。
もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
【完結】私の婚約者の、自称健康な幼なじみ。
❄️冬は つとめて
恋愛
「ルミナス、すまない。カノンが…… 」
「大丈夫ですの? カノン様は。」
「本当にすまない。ルミナス。」
ルミナスの婚約者のオスカー伯爵令息は、何時ものようにすまなそうな顔をして彼女に謝った。
「お兄様、ゴホッゴホッ! ルミナス様、ゴホッ! さあ、遊園地に行きましょ、ゴボッ!! 」
カノンは血を吐いた。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる