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第29話 真夜中のごめんね、ごめんね~
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「ロイスさん、終わってますんで!」
アシェル男爵を追い返したロイスにさっき来訪を告げた職人が声をかけた。
休日を利用しロイスの部屋を付け替えてくれたのはダックフスト。
本人は「同じ!」と言い張るが腰を基準に上と下で上の方が長さがある。奥さんはサエモドという異国の女性で「真上と真下。脆いのは中心よ♡」とダックフストにメロメローン。
「ほい、これが新しい鍵です。お嬢さんにはスペア。渡しておきますね」
「待ってくれ‥シルフィはスペアじゃない!マスターだ!」
もう鍵の呼び名すらシルフィに勘違いをさせることはしてはならない!
ロイスはマスターキーとスペアキーを入れ替えた。
その夜。
コンコン。
ロイスの部屋の扉がノックをされた。
「誰だろう?」と思いつつ扉を開けるとそこにいたのはシルフィだった。
もう春に近いとはいえ、夜は冷える。ロイスは羽織っていたカーディガンをシルフィの肩に羽織らせると部屋の中に招き入れた。
「申し訳ございません。昼間、父が来ていたんですよね」
シルフィは父親のアシェル男爵がロイスに失礼な事を言っていたと夫人たちから聞いて謝罪にやってきたのだ。
「全然。気にしなくていいよ。って、いうか…前にシルフィが言ってたように家名を貸せ!的な事を親孝行だとか言うからボケ老人か!って追い返したんだけど…。良かったかな?」
「お手間をかけました。私が同席していれば良かったんですが」
「ううん。いなくて良かったよ。僕のみっともない所。これ以上みられなくて済んだ」
「それで…今後の事なんですけども」
「今後?何だろう?」
シルフィは1枚の紙を手渡してきた。
折りたたまれていたので、ガサガサと広げてみると「離縁届」でシルフィの欄は既に記入済みだった。
「これって…」
「結婚してまだ半年です。半年では身綺麗であると言っても役所は受け入れてくれないでしょう。工房は生産の目途がもうすぐはっきりと付きます。職人たちには私が説明をしますが、このままロイス様が事業を続けてください。ラーリ伯爵家として利益になる筈です」
「待って。シルフィ…どういう事?今、理解が追い付かない。と、と、取り敢えず…座ろうか?お茶飲む?」
「はい」
ロイスはお茶用の湯を沸かすため、暖炉の金具にケトルを引っかけた。
敢えてゆっくりと茶葉を移し替える。
手元を動かしながら場を和まそうとシルフィに話しかけた。
「シルフィや皆が頑張ってくれるから茶葉も買えたんだ。この茶葉はね、コーリさんと一緒に買い出しに行った時に市場で試飲したんだけど、とっても美味しかったんだ。高価なんだろうなって思ったらびっくりするくらい安くてさ。どうしって?って聞いたら炒り過ぎたり、炒る時に割れたりとか、保管する時に一番部屋の外側にあった袋のやつだからなんだって。そんな事で?と思ったけど気にする人は気にするしね」
「・・・・」
「あ、あとさ、茶器も欠けてるのを使うのは良くないって言われてポメニランさんと陶器市場に行って買って来たんだけど、色付けがずれたとかで価格が10分の1だよ?茶器には変わりないのにさ。ん?もうお湯が沸いたかな‥」
ロイスはさっき見た離縁届が何かの間違いであって欲しい。
そう思うけれど、グレイスの事もきちんと説明できないまま。この機会にちゃんと話をしようと思いシュンシュンと音と湯気を出すケトルからポットに湯を注いだ。
シルフィの茶器に茶を注ぎ「砂糖は好みでどうぞ」とシュガーポットを差し出した。
シルフィは砂糖は入れずに茶を飲む。
その様子を見ながら両手の指先を編むようにあてて、何と切り出そうかロイスは考えた。
「あの…シルフィ」
「はい。お茶、美味しいです」
「あはっ。ありがとう。この茶葉はね、一番茶より二番茶の方が美味しいって…茶葉じゃなくてさ。その…僕は、離縁はしたくない。結論から先に言ってしまうけどこの先もずっとシルフィと夫婦で居たいと思ってる」
嫌ですと即答されたらどうしようか。ロイスの心臓はバクバクだった。
「グレイスの事もちゃんと説明をする。グレイスとは付き合っていたけど体の関係とかそう言うのはないし、なんて言ったらいいのか…僕はグレイスの事が好きと言いながら打算的でもあったんだ。身分差もあるし結婚は無理って判っていたところもあって、正直…結婚が決まったと父上に言われた時にホッとしたんだ。別れるための大義名分が出来たって…無責任だし最低だよな。でも結婚前に関係は終わったつもりだったんだ」
「結婚前に終わってるなら別にいいんですけど。誤魔化さなくていいですよ」
「本当に!本当に違うんだってば!あの時だってまさか鍵を盗んで複製して、忍び込んでくるなんて予想すらしてなかったんだ。あの時だって何もない!信じてもらえないなら未使用だってことで切り落として教会に奉納してくる!お願いだから離縁するなんて言わないでくれよ」
「それは神様も困ると思いますが…」
==それはお粗末だから?==
ロイスは怖くて聞けなかった。
「信じられないかも知れないけど、チャンスをくださいっ!!」
「チャンスも何も…私は妻の座に収まるつもりはなかったので。だって妻の座で満足するならもう満足してるはずですから。そこがゴールインなら手っ取り早そうですし彼女と一緒の方がいいかなと思うんですよね」
「僕はシルフィじゃなきゃ嫌なんだよ!頼むよ!満足させないように頑張るから!!満足したら離縁の時、ゴールって事にしてくれよぉ」
――満足させないように頑張るって――
アシェル男爵を追い返したロイスにさっき来訪を告げた職人が声をかけた。
休日を利用しロイスの部屋を付け替えてくれたのはダックフスト。
本人は「同じ!」と言い張るが腰を基準に上と下で上の方が長さがある。奥さんはサエモドという異国の女性で「真上と真下。脆いのは中心よ♡」とダックフストにメロメローン。
「ほい、これが新しい鍵です。お嬢さんにはスペア。渡しておきますね」
「待ってくれ‥シルフィはスペアじゃない!マスターだ!」
もう鍵の呼び名すらシルフィに勘違いをさせることはしてはならない!
ロイスはマスターキーとスペアキーを入れ替えた。
その夜。
コンコン。
ロイスの部屋の扉がノックをされた。
「誰だろう?」と思いつつ扉を開けるとそこにいたのはシルフィだった。
もう春に近いとはいえ、夜は冷える。ロイスは羽織っていたカーディガンをシルフィの肩に羽織らせると部屋の中に招き入れた。
「申し訳ございません。昼間、父が来ていたんですよね」
シルフィは父親のアシェル男爵がロイスに失礼な事を言っていたと夫人たちから聞いて謝罪にやってきたのだ。
「全然。気にしなくていいよ。って、いうか…前にシルフィが言ってたように家名を貸せ!的な事を親孝行だとか言うからボケ老人か!って追い返したんだけど…。良かったかな?」
「お手間をかけました。私が同席していれば良かったんですが」
「ううん。いなくて良かったよ。僕のみっともない所。これ以上みられなくて済んだ」
「それで…今後の事なんですけども」
「今後?何だろう?」
シルフィは1枚の紙を手渡してきた。
折りたたまれていたので、ガサガサと広げてみると「離縁届」でシルフィの欄は既に記入済みだった。
「これって…」
「結婚してまだ半年です。半年では身綺麗であると言っても役所は受け入れてくれないでしょう。工房は生産の目途がもうすぐはっきりと付きます。職人たちには私が説明をしますが、このままロイス様が事業を続けてください。ラーリ伯爵家として利益になる筈です」
「待って。シルフィ…どういう事?今、理解が追い付かない。と、と、取り敢えず…座ろうか?お茶飲む?」
「はい」
ロイスはお茶用の湯を沸かすため、暖炉の金具にケトルを引っかけた。
敢えてゆっくりと茶葉を移し替える。
手元を動かしながら場を和まそうとシルフィに話しかけた。
「シルフィや皆が頑張ってくれるから茶葉も買えたんだ。この茶葉はね、コーリさんと一緒に買い出しに行った時に市場で試飲したんだけど、とっても美味しかったんだ。高価なんだろうなって思ったらびっくりするくらい安くてさ。どうしって?って聞いたら炒り過ぎたり、炒る時に割れたりとか、保管する時に一番部屋の外側にあった袋のやつだからなんだって。そんな事で?と思ったけど気にする人は気にするしね」
「・・・・」
「あ、あとさ、茶器も欠けてるのを使うのは良くないって言われてポメニランさんと陶器市場に行って買って来たんだけど、色付けがずれたとかで価格が10分の1だよ?茶器には変わりないのにさ。ん?もうお湯が沸いたかな‥」
ロイスはさっき見た離縁届が何かの間違いであって欲しい。
そう思うけれど、グレイスの事もきちんと説明できないまま。この機会にちゃんと話をしようと思いシュンシュンと音と湯気を出すケトルからポットに湯を注いだ。
シルフィの茶器に茶を注ぎ「砂糖は好みでどうぞ」とシュガーポットを差し出した。
シルフィは砂糖は入れずに茶を飲む。
その様子を見ながら両手の指先を編むようにあてて、何と切り出そうかロイスは考えた。
「あの…シルフィ」
「はい。お茶、美味しいです」
「あはっ。ありがとう。この茶葉はね、一番茶より二番茶の方が美味しいって…茶葉じゃなくてさ。その…僕は、離縁はしたくない。結論から先に言ってしまうけどこの先もずっとシルフィと夫婦で居たいと思ってる」
嫌ですと即答されたらどうしようか。ロイスの心臓はバクバクだった。
「グレイスの事もちゃんと説明をする。グレイスとは付き合っていたけど体の関係とかそう言うのはないし、なんて言ったらいいのか…僕はグレイスの事が好きと言いながら打算的でもあったんだ。身分差もあるし結婚は無理って判っていたところもあって、正直…結婚が決まったと父上に言われた時にホッとしたんだ。別れるための大義名分が出来たって…無責任だし最低だよな。でも結婚前に関係は終わったつもりだったんだ」
「結婚前に終わってるなら別にいいんですけど。誤魔化さなくていいですよ」
「本当に!本当に違うんだってば!あの時だってまさか鍵を盗んで複製して、忍び込んでくるなんて予想すらしてなかったんだ。あの時だって何もない!信じてもらえないなら未使用だってことで切り落として教会に奉納してくる!お願いだから離縁するなんて言わないでくれよ」
「それは神様も困ると思いますが…」
==それはお粗末だから?==
ロイスは怖くて聞けなかった。
「信じられないかも知れないけど、チャンスをくださいっ!!」
「チャンスも何も…私は妻の座に収まるつもりはなかったので。だって妻の座で満足するならもう満足してるはずですから。そこがゴールインなら手っ取り早そうですし彼女と一緒の方がいいかなと思うんですよね」
「僕はシルフィじゃなきゃ嫌なんだよ!頼むよ!満足させないように頑張るから!!満足したら離縁の時、ゴールって事にしてくれよぉ」
――満足させないように頑張るって――
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