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cyaru

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第02話  手のひらには嫌な汗

ベルカム子爵家までの道順はどうだったのか。リーゼロッテは覚えていない。
息を切らして家まで戻り、気が付けば玄関のドアノブに触れていて両親に何と言おうか、とやっと我に返った。

そして、思わず逃げるようにあの場を立ち去ってしまったけれど自分の早合点だったのではないかと思う自分もいた。

――だとしても、だったらどうして病気って使いを寄越したの?――

頭の中では「取引先のお嬢さんの買い物に付き合っただけ」そんな考えも沸き上がって来るけれど、それならそれで本当の事を言えばいいだけで病気だと嘘を吐く必要がない。

ベルカム子爵家を2人で盛り立てていく未来。
爵位はあっても子爵家なので当主夫妻が動かねば暮らしぶりは平民とさほどに変わらないのだ。

だから今までアンセルが仕事だと言えば信じてきたし、まさか噂が噂ではないなんて思ってもいなかった。
今日だって笑い話のつもりで聞いてみようと思っていたのだ。


2人が知り合ったのはリーゼロッテの14歳の誕生日。
その日は珍しく父が「ケーキを頼んだ」と言うので主役でもあるリーゼロッテが菓子店に引き取りに行った。

店から出たところで走ってきたアンセルとぶつかってケーキが箱の中でMIX状態になり…、それが馴れ初め。


リーゼロッテの誕生日からアンセルの誕生日までは5か月の日があり、挨拶程度から交際を申し込まれるまでに公園で屋台昼食を一緒に食べる仲にまでなった。

その会話の中でアンセルが伯爵家の人間だと知り、いいとこで友人どまりかと思ったがアンセルの誕生日にアンセルから「結婚を前提に付き合って欲しい」と交際を申し込まれた。

『僕は次男だから家を出なきゃいけないんだ。リゼさえよければ…ベルカム子爵家に婿に入って一緒に盛り立てて行きたい。今は商会で営業の仕事をしているんだ。営業の経験はきっと役に立つと思う』

リーゼロッテの返事はYES以外にはなかった。
もしかしたら気があるのかも?と匂わせはあったけれど伯爵家を出た後に貴族でいたいからなんていう邪な理由で交際を申し込んできたとはとても思えなかった。

何時だって誠実だったし、給料日には明細まで見せてくれて多くはないけれど貯蓄額も教えてくれた。双方の親に「いずれは」と紹介をしたのは正式に付き合いを初めて半年もした頃。

公爵家や侯爵家であっても休眠中の爵位の権利を誰かが持っていなければ継がせることは出来ない。
現在、爵位を金で売買することは禁じられている。

以前はそこそこの年齢になるまで最も相応しい者を選ぶためにギリギリまで後継者を指名しない家があったが、現在は10歳にもならないうちに決めてしまう家がほとんどだ。

早ければ早いほど子供たちは自分の未来を自分で計画する事が出来るので、アンセルも9歳で商会に仮で雇い入れてもらうと12歳まで経理を学び、以後本格的に働き始めた。

ウッサム伯爵夫妻だってこれでアンセルが独り立ちをしても貴族を名乗れると喜んでくれたし、子爵家当主夫妻となれるのだからと色々な家に顔を覚えてもらうためにリーゼロッテは何度も連れ出された。

何の問題も無かったはず。
なのに何故、嘘を吐いてまでアンネマリーと出掛けねばならないのか。

直ぐに嫌いになれるほどアンセルへの思いは軽くなかったリーゼロッテは考えが纏まらないまま玄関を開けた。


「リゼ…。は、早かったんだな」

ガサッと書類を掴むと背に回す父親の顔色はすこぶる悪かった。

「お茶、お茶を淹れるわね」

母親の動向もどこかおかしい。テーブルに茶器もポットもあるのに持って行かずにキッチンに行こうとする。困窮した生活ではないけれど、茶器は別にしてもポットは1つしかない。持って行かないのは不自然だ。

リーゼロッテは何か嫌な事がこの先にあるんじゃないかと思うと1つ身震いをした。
聞いてしまえば立っていられるかどうか解らないような不安が胸の奥に大きな黒い渦を巻いている。

頭の中では聞いてはいけないと思いつつも「今、聞かないと」と変に自分を衝動的にさせる思いも渦巻く。

手のひらには嫌な汗がびっしょりでポタポタと雫になって落ちそうな、そんな気さえする。

父に何かあったのかを問おうとするとリーゼロッテよりも先に父のベルカム子爵が口を開いた。

「リゼ。落ち着いて聞くんだ」

「何?」

なんとなく、その先を聞かなくてもリーゼロッテは父が何を言おうとしているのか知っている気がした。

「先ほどウッサム伯爵が来て…」

びくりとリーゼロッテの体が小さく震えた。
心の中では「聞いてはいけない」と叫んでいる自分がいる。

「結婚の話なんだが、中止にしたいと。あちらの事情だそうでな、その…こちらからの支度金は全額返してもらったんだ」

そう言ってベルカム子爵は支度金の金貨や銀貨の入った布の袋を椅子の座面に置いていたのか持ち上げてテーブルの上に置いた。硬貨がジャラリと音を立てた。

「あちらから預かった持参金なんだが、慰謝料として受け取ってくれと言って‥‥リゼっ?!」


もう父の言葉の続きは聞きたくはなかった。
リーゼロッテは自分の部屋に駆けこんで内鍵をかけ、扉に背を預けてへたり込むと天井を見上げて声を上げ泣いた。
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