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第03話 消えない恋心
「リゼ!リゼ!」
リーゼロッテを追いかけた母親が名を呼んで扉を叩くが、リーゼロッテは泣き続けた。
心の中では。
「どうして」
「なんで?」
繰り返し自分で自分に問いかけるが答えなど出ない。
噂が噂ではなかったなんて信じたくはなかった。
ウッサム伯爵夫人に最後に連れ出されたのはたった1か月前。
だけど、アンセルの噂が聞こえてきたのはそれよりも前だ。
リーゼロッテは友人のミーシャから聞いたが、その時ミーシャは言ったのだ。
【知らないのはリゼだけよ。私が聞いたの1か月も前だもの】
噂なので何処までが本当で事実が含まれているかも判らない。真偽不明でリーゼロッテには何の得にもならない噂をミーシャは問おうにもリーゼロッテとアンセルの仲の良さを知っていたので一笑に付し「どうなの?」と問う事すらバカバカしいと思ったと言っていた。
ミーシャだけではない。アンセルとの共通の友人も「バカバカしい」「妬みで流す噂だ。質が悪い」と言っていた。それだけアンセルとリーゼロッテの仲は誰もが認める所だったのだ。
それでもさらに広まる噂。リーゼロッテに「どうなのよ」と問うたのはその数日前に母親がお茶会でタッカス侯爵夫人の実妹が言っていたと聞いたからだ。
流石に侯爵夫人の妹となればミーシャの母親も「リゼとは喧嘩別れでもしたのか」と茶会から帰ってミーシャに問うたほどだ。
「うぅっ…だから見舞にも来るなって…うわぁぁぁ!!」
せめてアンセルから言ってくれれば。
悪態はついたかも知れないけれど。
張り手の一発でもお見舞いしたかも知れないけど。
まだ振られたのだと諦めもついたかも知れない。
まるで外堀を埋める、いや、深くて幅の広い外堀を掘られもう近寄るなと言われたに等しい状況にリーゼロッテは声を上げて泣くしかなかった。
見舞にも来るな、それは「会いたくない」「会って説明をしたくない」というアンセルの逃げであり意思表示だ。
――そこまでして、会いたくないって事なのかな――
全てを拒絶された気がしたリーゼロッテは泣いて、泣いて、涙が出ず、声が枯れても、それでもアンセルを嫌いになれない自分が許せなかった。
その日は夕食を取らず、翌日も朝食を食べようと言う気にならない。
腹が全く空かないのである。空腹も物理的な痛みも全く感じない。
心だけが刻まれる痛みだけがリーゼロッテの感じる痛み。
眠ろうにも眠気さえ起きない。
目に映る物を見たくなくて目を閉じれば、かつてのアンセルの顔が思い浮かんで声さえ聞こえる。空耳と判っているのに「もしや、来てくれたのでは?」と部屋の中を見回す自分にも呆れてしまう。
目を開けたくないけれど、閉じればアンセルの残像に心がキリキリと締め付けられる。
リーゼロッテが部屋から出てきた、いや、部屋から引っ張り出されたのはそれから4日後のこと。扉をノックし声を掛けても返事が返らない、泣き声も聞こえなくなり心配をした父親が扉を物理的に破壊しリーゼロッテを部屋から連れ出したのである。
泣きすぎて腫れあがった目元。
母親は濡れタオルで冷やしながら虚ろな表情のリーゼロッテを抱きしめた。
時を同じくして訪問の予定がなかったミーシャがリーゼロッテを訪ねてきた。
ミーシャはエストン伯爵家の末娘。出生順で言えば5番目なので既に長兄が爵位を継いでいるがミーシャの成人を待ってミーシャは市井に住まいを移す。
それでも腐っても伯爵家。
有人の中ではいち早く情報をもたらしてくれる令嬢である。
約束もしていないのに髪を振り乱して駆けつけてきたのはリーゼロッテの現状を知っていたからではなく、母親がまたしても茶会で仕入れてきた情報の真偽をリーゼロッテに確かめるためだった。
しかし、ベルカム子爵に家の中に招き入れられてリーゼロッテの姿を見た時、ミーシャは問わずして答えを知った。
「リゼっ!!あぁっリゼッ!!」
まるで自分の事のようにミーシャはリーゼロッテを抱きしめてわんわん泣いた。
ミーシャが母親から聞いた情報はタッカス侯爵家のアンネマリーとウッサム伯爵家のアンセルが来月正式に婚約を結ぶというもの。
「酷い。酷すぎる!私、お父様に行って2家との取引を控えてもらうわ!ううん。私だけじゃない。この話を聞いてみんな憤ってるの」
ミーシャは憤慨しベルカム子爵夫妻に訴えるが、正直なところ「その気持ちだけが有難い」としかベルカム子爵夫妻は言えなかった。
子供が言いあげたところで貴族の世界はそう簡単に相関図が変わるものではない。
家にとって著しい不利益になるような事があれば付き合いを控えたり、縁切りをしたりとするけれど「友達が酷い目にあった」と訴えたところで右から左に声が抜けていくだけだ。
その声が小さな棘になるのは当主の世代に交代した時。
しかもリーゼロッテの友人たちが経済界などに力のある物言いが出来るようになった時で、その頃にはもうこんな些細な醜聞は誰も覚えてはいない。
ミーシャはその後、3日と空けず放っておけば自死しそうなリーゼロッテを踏み止まらせよう、励まそうと他の友人も連れてベルカム子爵家を訪れた。
「気を使ってくれなくていいのに」
「何言ってるの。気なんか使ってないわ。そうだ!リゼ。商店街に新しい雑貨店が出来たの。行ってみない?」
「やめておくわ。外に出たくないの」
吹けば飛ぶような子爵家の娘。誰が後ろ指を指して笑うものでもない。
他者からの嘲笑が怖いのではなく、リーゼロッテは家から出ることが出来なくなってしまっていたのだった。
リーゼロッテを追いかけた母親が名を呼んで扉を叩くが、リーゼロッテは泣き続けた。
心の中では。
「どうして」
「なんで?」
繰り返し自分で自分に問いかけるが答えなど出ない。
噂が噂ではなかったなんて信じたくはなかった。
ウッサム伯爵夫人に最後に連れ出されたのはたった1か月前。
だけど、アンセルの噂が聞こえてきたのはそれよりも前だ。
リーゼロッテは友人のミーシャから聞いたが、その時ミーシャは言ったのだ。
【知らないのはリゼだけよ。私が聞いたの1か月も前だもの】
噂なので何処までが本当で事実が含まれているかも判らない。真偽不明でリーゼロッテには何の得にもならない噂をミーシャは問おうにもリーゼロッテとアンセルの仲の良さを知っていたので一笑に付し「どうなの?」と問う事すらバカバカしいと思ったと言っていた。
ミーシャだけではない。アンセルとの共通の友人も「バカバカしい」「妬みで流す噂だ。質が悪い」と言っていた。それだけアンセルとリーゼロッテの仲は誰もが認める所だったのだ。
それでもさらに広まる噂。リーゼロッテに「どうなのよ」と問うたのはその数日前に母親がお茶会でタッカス侯爵夫人の実妹が言っていたと聞いたからだ。
流石に侯爵夫人の妹となればミーシャの母親も「リゼとは喧嘩別れでもしたのか」と茶会から帰ってミーシャに問うたほどだ。
「うぅっ…だから見舞にも来るなって…うわぁぁぁ!!」
せめてアンセルから言ってくれれば。
悪態はついたかも知れないけれど。
張り手の一発でもお見舞いしたかも知れないけど。
まだ振られたのだと諦めもついたかも知れない。
まるで外堀を埋める、いや、深くて幅の広い外堀を掘られもう近寄るなと言われたに等しい状況にリーゼロッテは声を上げて泣くしかなかった。
見舞にも来るな、それは「会いたくない」「会って説明をしたくない」というアンセルの逃げであり意思表示だ。
――そこまでして、会いたくないって事なのかな――
全てを拒絶された気がしたリーゼロッテは泣いて、泣いて、涙が出ず、声が枯れても、それでもアンセルを嫌いになれない自分が許せなかった。
その日は夕食を取らず、翌日も朝食を食べようと言う気にならない。
腹が全く空かないのである。空腹も物理的な痛みも全く感じない。
心だけが刻まれる痛みだけがリーゼロッテの感じる痛み。
眠ろうにも眠気さえ起きない。
目に映る物を見たくなくて目を閉じれば、かつてのアンセルの顔が思い浮かんで声さえ聞こえる。空耳と判っているのに「もしや、来てくれたのでは?」と部屋の中を見回す自分にも呆れてしまう。
目を開けたくないけれど、閉じればアンセルの残像に心がキリキリと締め付けられる。
リーゼロッテが部屋から出てきた、いや、部屋から引っ張り出されたのはそれから4日後のこと。扉をノックし声を掛けても返事が返らない、泣き声も聞こえなくなり心配をした父親が扉を物理的に破壊しリーゼロッテを部屋から連れ出したのである。
泣きすぎて腫れあがった目元。
母親は濡れタオルで冷やしながら虚ろな表情のリーゼロッテを抱きしめた。
時を同じくして訪問の予定がなかったミーシャがリーゼロッテを訪ねてきた。
ミーシャはエストン伯爵家の末娘。出生順で言えば5番目なので既に長兄が爵位を継いでいるがミーシャの成人を待ってミーシャは市井に住まいを移す。
それでも腐っても伯爵家。
有人の中ではいち早く情報をもたらしてくれる令嬢である。
約束もしていないのに髪を振り乱して駆けつけてきたのはリーゼロッテの現状を知っていたからではなく、母親がまたしても茶会で仕入れてきた情報の真偽をリーゼロッテに確かめるためだった。
しかし、ベルカム子爵に家の中に招き入れられてリーゼロッテの姿を見た時、ミーシャは問わずして答えを知った。
「リゼっ!!あぁっリゼッ!!」
まるで自分の事のようにミーシャはリーゼロッテを抱きしめてわんわん泣いた。
ミーシャが母親から聞いた情報はタッカス侯爵家のアンネマリーとウッサム伯爵家のアンセルが来月正式に婚約を結ぶというもの。
「酷い。酷すぎる!私、お父様に行って2家との取引を控えてもらうわ!ううん。私だけじゃない。この話を聞いてみんな憤ってるの」
ミーシャは憤慨しベルカム子爵夫妻に訴えるが、正直なところ「その気持ちだけが有難い」としかベルカム子爵夫妻は言えなかった。
子供が言いあげたところで貴族の世界はそう簡単に相関図が変わるものではない。
家にとって著しい不利益になるような事があれば付き合いを控えたり、縁切りをしたりとするけれど「友達が酷い目にあった」と訴えたところで右から左に声が抜けていくだけだ。
その声が小さな棘になるのは当主の世代に交代した時。
しかもリーゼロッテの友人たちが経済界などに力のある物言いが出来るようになった時で、その頃にはもうこんな些細な醜聞は誰も覚えてはいない。
ミーシャはその後、3日と空けず放っておけば自死しそうなリーゼロッテを踏み止まらせよう、励まそうと他の友人も連れてベルカム子爵家を訪れた。
「気を使ってくれなくていいのに」
「何言ってるの。気なんか使ってないわ。そうだ!リゼ。商店街に新しい雑貨店が出来たの。行ってみない?」
「やめておくわ。外に出たくないの」
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