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第04話 自主奉仕
手痛い失恋から3か月。
ベルカム子爵夫妻もミーシャたちもアンセル絡みの話題は避け、リーゼロッテと向き合っていた。
「これじゃダメよね」
「ダメなんかじゃないわ。ね?刺繍の内職を始めてみない?」
「刺繍‥‥そうね。まだ仕事は貰えるかしら。暫く顔を出してないわ」
家の中に引き籠もり、父や母に客が来れば部屋に閉じこもる生活。それまで内職で請け負っていた刺繍や縫製の仕事もあの日を境に引き受けないままだ。
仕事を探している人間は多く、家の中で出来る刺繍などの仕事は家の事情で外で働けない者にとっては貴重な収入源となるので、一旦仕事が切れると次を請け負うのに苦労をする。
今までしてきた請負の場所は他の誰かにもう奪われてしまっているからである。
仕事は貰えるだろうか。そう言ってみたものの馴染みの仕立て屋までは足も腰も重い。
庭に出る事すらリーゼロッテは体が拒否をしてしまうのだ。
針仕事をするのに使っていた裁縫箱も戸棚に仕舞ったまま。戸棚のガラス戸すら開けていない。
してみようかなと思ったことはあった。
夜も眠れない日がずっと続いていて、窓の外の月や星をただ眺めて夜明けを待っていると「何かした方がいい」と自分で解っているけれど、いざ誰に頼まれた訳でも無い刺繍をしようと裁縫箱を取ろうとするが、ガラス戸を開けるまでには至らない。
「アンセルにハンカチ、渡したのよね」
忙しい合間にもアンセルは営業。汗を見せてはいけないと汗拭き用のハンカチに何枚も刺繍をした事を思い出してしまうのだ。
「頼まれた仕事の事は思い出さないのに」
量からすればアンセルへの刺繍やシャツを布から仕立てたことなど僅かなもの。9割以上が請け負いの針仕事なのに思い出すのはアンセルにしてやった事ばかり。
失恋の痛みから未だに抜け出せないリーゼロッテはここ暫く家にも生活費を入れていない。両親が催促することはないが、今までしていたことが出来ずに完全な脛齧りになっている現状は更に自分自身を「情けない」と追い込んでしまいまた自己嫌悪に落ちってしまう。
ベルカム子爵夫妻はそんなリーゼロッテに提案をした。
「ねぇ、リゼ」
「何?」
「教会に自主奉仕、行ってみない?」
「自主奉仕?」
自主奉仕は修道女や修道士の見習いになる訳ではなく、短期間だけ教会で自分の生活を見直すために行うもの。素行が悪く矯正する、そう言うものではなく大切な人を神の御許に見送った後に訪れる喪失感や仕事や人付き合いに失敗して塞ぎこむ期間が長い場合に利用する者がほとんど。
ある程度の寄付は生活費代わりに必要になるけれど、もう一度前を向いて立ち直るきっかけになればと利用するのだ。
教会も寄付があるのと、万年人員不足で清掃など行き届かないので双方に利があると考えられている。
ただ清掃などは絶対条件ではなく滞在中に「やろう」と言う気になればなので強制はされない。1日中祈りを捧げてもいいし、与えられた部屋で考え事をするのも良し。
礼拝に来る人は日時を問わないため真夜中でも懺悔に来るものだっている。
教会に身を寄せているホームレスもいたりで身分も関係なく、生活全般を一緒にすることで違う視点から物事を見ることが出来るようにもなる。
リーゼロッテの両親はこのまま塞ぎこんでもリーゼロッテは一人娘なのでいずれは新しい縁談を結びベルカム子爵家を継いでもらわねばならない。
男性不信にも陥っている今、縁談もどこかしこに話を持ち掛ける事は出来ない。かと言っていつ立ち直るかも判らないまま時間だけを使う事も出来ないので可哀想だと思いつつ苦肉の策でもあった。
――そう言えば礼拝も暫く言ってないわ――
月に3度は欠かさなかった礼拝にも行っていない事をリーゼロッテは思い出した。
「そうね、行ったほうがいいかしら」
「ごめんなさいね。家に居てもいいとは思うのよ。本当はゆっくりして――」
「ううん。解ってる。たかが失恋でこんなに落ち込むなんて私も思ってもいなかったから助かるわ」
「リゼ…」
たかが失恋ではない事はリーゼロッテの母親も十分に解っている。
通常3、4年も付き合えば慣れもあり倦怠期などもあるものだが、リーゼロッテとアンセルは何時まで経っても蜜月と言ってもいいくらいに仲が良かった。
仕事で会えない時ですら、それがまるで遠距離恋愛中の恋人同士のようで会えた日にはそれは嬉しさを爆発させていたようなもの。
こうなってしまえば体の関係が持てるような年齢で無かった事だけが救いかも知れない。
まだ14歳という年齢で未来を現実として考えてしまったが故に、梯子が外されてしまうと全てが無くなったようにも感じてしまった娘にどうしてやればいいのか。考えても最善が見つからなかった。
いうなれば朝はおはようと同じレベルでの「当たり前」が突然否定されたに等しい。
その上、早くに立ち直って貰わねばならないと急かさざるを得ない事情。
哀し気な顔をする母親にリーゼロッテは健気に微笑んだ。
リーゼロッテ自身もこのままでは良くないと何かきっかけを探していた。
無理強いのされない奉仕だが、断ち切れないアンセルへの思いは周囲に気遣われてしまうと吐露する場もない。
――ここで神様に文句言うより直接聞いて貰ったら何かが変わるかも――
無気力の塊となってしまった自分の心に亀裂でも入ってしまえば打破できる気もする。リーゼロッテはそう思うと早速教会住まいとなるため荷物を纏めようと部屋に向かった。
ベルカム子爵夫妻もミーシャたちもアンセル絡みの話題は避け、リーゼロッテと向き合っていた。
「これじゃダメよね」
「ダメなんかじゃないわ。ね?刺繍の内職を始めてみない?」
「刺繍‥‥そうね。まだ仕事は貰えるかしら。暫く顔を出してないわ」
家の中に引き籠もり、父や母に客が来れば部屋に閉じこもる生活。それまで内職で請け負っていた刺繍や縫製の仕事もあの日を境に引き受けないままだ。
仕事を探している人間は多く、家の中で出来る刺繍などの仕事は家の事情で外で働けない者にとっては貴重な収入源となるので、一旦仕事が切れると次を請け負うのに苦労をする。
今までしてきた請負の場所は他の誰かにもう奪われてしまっているからである。
仕事は貰えるだろうか。そう言ってみたものの馴染みの仕立て屋までは足も腰も重い。
庭に出る事すらリーゼロッテは体が拒否をしてしまうのだ。
針仕事をするのに使っていた裁縫箱も戸棚に仕舞ったまま。戸棚のガラス戸すら開けていない。
してみようかなと思ったことはあった。
夜も眠れない日がずっと続いていて、窓の外の月や星をただ眺めて夜明けを待っていると「何かした方がいい」と自分で解っているけれど、いざ誰に頼まれた訳でも無い刺繍をしようと裁縫箱を取ろうとするが、ガラス戸を開けるまでには至らない。
「アンセルにハンカチ、渡したのよね」
忙しい合間にもアンセルは営業。汗を見せてはいけないと汗拭き用のハンカチに何枚も刺繍をした事を思い出してしまうのだ。
「頼まれた仕事の事は思い出さないのに」
量からすればアンセルへの刺繍やシャツを布から仕立てたことなど僅かなもの。9割以上が請け負いの針仕事なのに思い出すのはアンセルにしてやった事ばかり。
失恋の痛みから未だに抜け出せないリーゼロッテはここ暫く家にも生活費を入れていない。両親が催促することはないが、今までしていたことが出来ずに完全な脛齧りになっている現状は更に自分自身を「情けない」と追い込んでしまいまた自己嫌悪に落ちってしまう。
ベルカム子爵夫妻はそんなリーゼロッテに提案をした。
「ねぇ、リゼ」
「何?」
「教会に自主奉仕、行ってみない?」
「自主奉仕?」
自主奉仕は修道女や修道士の見習いになる訳ではなく、短期間だけ教会で自分の生活を見直すために行うもの。素行が悪く矯正する、そう言うものではなく大切な人を神の御許に見送った後に訪れる喪失感や仕事や人付き合いに失敗して塞ぎこむ期間が長い場合に利用する者がほとんど。
ある程度の寄付は生活費代わりに必要になるけれど、もう一度前を向いて立ち直るきっかけになればと利用するのだ。
教会も寄付があるのと、万年人員不足で清掃など行き届かないので双方に利があると考えられている。
ただ清掃などは絶対条件ではなく滞在中に「やろう」と言う気になればなので強制はされない。1日中祈りを捧げてもいいし、与えられた部屋で考え事をするのも良し。
礼拝に来る人は日時を問わないため真夜中でも懺悔に来るものだっている。
教会に身を寄せているホームレスもいたりで身分も関係なく、生活全般を一緒にすることで違う視点から物事を見ることが出来るようにもなる。
リーゼロッテの両親はこのまま塞ぎこんでもリーゼロッテは一人娘なのでいずれは新しい縁談を結びベルカム子爵家を継いでもらわねばならない。
男性不信にも陥っている今、縁談もどこかしこに話を持ち掛ける事は出来ない。かと言っていつ立ち直るかも判らないまま時間だけを使う事も出来ないので可哀想だと思いつつ苦肉の策でもあった。
――そう言えば礼拝も暫く言ってないわ――
月に3度は欠かさなかった礼拝にも行っていない事をリーゼロッテは思い出した。
「そうね、行ったほうがいいかしら」
「ごめんなさいね。家に居てもいいとは思うのよ。本当はゆっくりして――」
「ううん。解ってる。たかが失恋でこんなに落ち込むなんて私も思ってもいなかったから助かるわ」
「リゼ…」
たかが失恋ではない事はリーゼロッテの母親も十分に解っている。
通常3、4年も付き合えば慣れもあり倦怠期などもあるものだが、リーゼロッテとアンセルは何時まで経っても蜜月と言ってもいいくらいに仲が良かった。
仕事で会えない時ですら、それがまるで遠距離恋愛中の恋人同士のようで会えた日にはそれは嬉しさを爆発させていたようなもの。
こうなってしまえば体の関係が持てるような年齢で無かった事だけが救いかも知れない。
まだ14歳という年齢で未来を現実として考えてしまったが故に、梯子が外されてしまうと全てが無くなったようにも感じてしまった娘にどうしてやればいいのか。考えても最善が見つからなかった。
いうなれば朝はおはようと同じレベルでの「当たり前」が突然否定されたに等しい。
その上、早くに立ち直って貰わねばならないと急かさざるを得ない事情。
哀し気な顔をする母親にリーゼロッテは健気に微笑んだ。
リーゼロッテ自身もこのままでは良くないと何かきっかけを探していた。
無理強いのされない奉仕だが、断ち切れないアンセルへの思いは周囲に気遣われてしまうと吐露する場もない。
――ここで神様に文句言うより直接聞いて貰ったら何かが変わるかも――
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