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第05話 真実の愛に出会う
アンセルは少しだけ悩んだが、自分の中で答えは直ぐに出ていた。
リーゼロッテの事が好きであるのは間違いのない事実だが、生きていくうえでの選択肢が他にあるとなれば考えてもいいはずだ。
リーゼロッテと付き合って3年にもなるとマンネリ化し、刺激は少なくなっていた。
商会の仕事も慣れが出てきたのか凡ミスをする事も多くなって叱責される事も増えてしまった。
「なんだ。また連絡をしていなかったのか!」
「すみません。直ぐに!」
「遅い!もういい。お前、最近弛んでいるぞ」
「はい。すみません」
口では殊勝に謝罪の言葉を吐くけれど、心の中では「この老害が!」と注意をした上司を毒吐く。
経理を必死で覚えたのに商会に入ってみるとやらされるのは営業ばかり。
それでも座学で学んだ事とは違って行き当たりばったりも加わる営業の仕事は最初のうち覚えることも多くて面白い、面白くない関係なくやることも多くて1日が24時間しかない事を何度も悔しく思ったものだ。
幾つもの取引先の面会時間が相手の要望で決まったりもするがダブルブッキングどころかトリプルブッキングも当たり前。そこを何とか熟し契約が取れた時の喜びは達成感が凄かった。
先輩の営業よりも売り上げが良かったり、指名で営業に来てくれと言われるようになったりするとアンセルの気持ちはもう天下を取ったようなもの。
しかし、2年目、3年目となると頭打ち。
友人の中にはアンセルが勤めている中堅どころの商会ではなく他国も相手にする大商会に所属する者もいて久しぶりに時間が合えば夕食を一緒に取ることもあったが、口から出る言葉全てが羨ましかった。
――こんなショボくれた商会じゃなかったら僕の方が――
何度そう思ったか解らない。
出自が男爵家の男が自分よりも大きな商会で大きな仕事を自慢しているのを聞くと「自分の方が」と思ってしまう。
転職をしようとも考えたが、リーゼロッテとの結婚が数年のうちにあることを考えるとなかなか踏み切りが出来なかった。転職をする際にヘッドハンティングされたのなら福利厚生や給与なども優遇をされるが単なる転職では1からのスタートになる。
「誰よりも売り上げられるのに。どうして僕の真髄を誰も見ようとしないんだ」
何時しか驕るようになっていたアンセルは仕事だけではなく、私生活でも物足りなさを感じるようになった。
その最たるものがリーゼロッテとの関係である。
好きであるのは間違いないのだが、美人でも醜女でもなく平凡な顔立ちに体躯。
ならば中身が秀でているのかと言えばこれも平々凡々。
友人たちと食事会をする事もあったが、友人の婚約者や妻の方がアンセルの男の部分を擽る。
まだ成人もしておらず万が一子供が出来てしまった時は授かり婚と言えば聞こえはいいが貴族社会では「失敗だ」としか言われない。言動を律することは厳しく言われるからである。
「避妊薬を使えば大丈夫だ」
「でもまだ認可されていないだろう?成功率も低いじゃないか」
「何もしないよりマシさ。聖人君子じゃあるまいし初夜までオアズケなんて思ってんのか?」
「そんなわけないさ。色々と五月蝿いんだよ。廻りが!」
「廻りね。そうしときますか」
「なんだよ。僕が嘘を言ってるとでも?」
「いや?そんな事は言ってないさ。ま、解るよ。俺たちの中でご当主様っていう輝かしい未来があるのはアンセル君!君だけだ。なぁんつって」
茶化されるが言われた通り当主となるのが確定しているのは友人の中でアンセルだけ。
爵位を手にするのはほんの一握りなのである。
友人の中には公爵家の5男坊もいるが家督を継がないし、流石に5番目となると休眠中の爵位もなく立身出世しか爵位を手に入れる方法がない。
戦もない平和な世で騎士爵を賜れる機会など教会クジに当たるくらいの確率である。文官職で功績を上げるにしても下っ端の出番など無く、商会で働くよりも長い時間下積みをせねばならない。文官などが賜る士爵など異例のスピード出世と言われても50代。定年間際だ。
――リゼで我慢するしかないか――
爵位が目当てで交際を申し込んだ訳ではない。
付き合いを始めて暫くしてからベルカム子爵家をリーゼロッテしか継ぐ者がいないと知っただけ。
このままいけば放っておいても当主の夫となる。貴族社会は男社会でもあるので必然的にベルカム子爵と呼ばれるのは自分になると思えば悪い話でもない。
後は下手を打たないようせねばならない。
自身の輝かしい人生に汚点を残すことは出来ずアンセルは16歳になった頃から娼館を利用するようになった。
そんなアンセルに転機が訪れた。
タッカス侯爵家を担当していた古参の営業が定年退職を迎えたのだ。嘱託で残るかと思いきや…。
「散々に稼いだからな。女房と田舎でゆっくり過ごすんだ」
「良いなぁ。大きなところばっかり受け持ってたもんなぁ」
「おいおい。全部若い時分から俺が開拓してきたんだ。誰かのお零れみたいな言い方は止めてくれよ」
その営業から振り分けられた中にあったタッカス侯爵家。
引継ぎのために退職する営業と一緒に訪れた先にアンセルの真実の愛があった。
アンネマリーと目が合った瞬間だった。まるで雷の直撃を受けたような衝撃がアンセルを襲った。
「一目惚れってこういう事なんだな」
アンネマリーもアンセルと同じ気持ちだったようでお互いの気持ちを交わすのに時間などかからなかった。こうなれば後の問題はリーゼロッテだ。
アンセルが言い出せないままに結婚の準備はトントン拍子で進んでいく。
「もう少し遅らせても良いんじゃないかな」
「何を言ってるんだ。婿入り先だぞ?絶対に相手が心変わりをしないように手付は打っておかねばな」
男女比で言えば男の方が数が多い。その上一人娘で爵位を継ぐ令嬢の数は恐ろしく少ないので逃がしてなるものかと両親は早々に持参金を用意するとベルカム子爵家に預けてしまったのだ。
言い出せないままに時間だけが過ぎていくが、アンセルにとってそれはそれで刺激があった。
リーゼロッテには勿論のこと、両親にすら見つかってはいけないという背徳感はアンネマリーとの恋を更に燃え上がらせる。
次第にリーゼロッテには嘘を吐いて会うようになったが、頭からアンセルの言葉を信用しているリーゼロッテにアンセルは優越感にも似た侮蔑を感じるようになっていた。
リーゼロッテの事が好きであるのは間違いのない事実だが、生きていくうえでの選択肢が他にあるとなれば考えてもいいはずだ。
リーゼロッテと付き合って3年にもなるとマンネリ化し、刺激は少なくなっていた。
商会の仕事も慣れが出てきたのか凡ミスをする事も多くなって叱責される事も増えてしまった。
「なんだ。また連絡をしていなかったのか!」
「すみません。直ぐに!」
「遅い!もういい。お前、最近弛んでいるぞ」
「はい。すみません」
口では殊勝に謝罪の言葉を吐くけれど、心の中では「この老害が!」と注意をした上司を毒吐く。
経理を必死で覚えたのに商会に入ってみるとやらされるのは営業ばかり。
それでも座学で学んだ事とは違って行き当たりばったりも加わる営業の仕事は最初のうち覚えることも多くて面白い、面白くない関係なくやることも多くて1日が24時間しかない事を何度も悔しく思ったものだ。
幾つもの取引先の面会時間が相手の要望で決まったりもするがダブルブッキングどころかトリプルブッキングも当たり前。そこを何とか熟し契約が取れた時の喜びは達成感が凄かった。
先輩の営業よりも売り上げが良かったり、指名で営業に来てくれと言われるようになったりするとアンセルの気持ちはもう天下を取ったようなもの。
しかし、2年目、3年目となると頭打ち。
友人の中にはアンセルが勤めている中堅どころの商会ではなく他国も相手にする大商会に所属する者もいて久しぶりに時間が合えば夕食を一緒に取ることもあったが、口から出る言葉全てが羨ましかった。
――こんなショボくれた商会じゃなかったら僕の方が――
何度そう思ったか解らない。
出自が男爵家の男が自分よりも大きな商会で大きな仕事を自慢しているのを聞くと「自分の方が」と思ってしまう。
転職をしようとも考えたが、リーゼロッテとの結婚が数年のうちにあることを考えるとなかなか踏み切りが出来なかった。転職をする際にヘッドハンティングされたのなら福利厚生や給与なども優遇をされるが単なる転職では1からのスタートになる。
「誰よりも売り上げられるのに。どうして僕の真髄を誰も見ようとしないんだ」
何時しか驕るようになっていたアンセルは仕事だけではなく、私生活でも物足りなさを感じるようになった。
その最たるものがリーゼロッテとの関係である。
好きであるのは間違いないのだが、美人でも醜女でもなく平凡な顔立ちに体躯。
ならば中身が秀でているのかと言えばこれも平々凡々。
友人たちと食事会をする事もあったが、友人の婚約者や妻の方がアンセルの男の部分を擽る。
まだ成人もしておらず万が一子供が出来てしまった時は授かり婚と言えば聞こえはいいが貴族社会では「失敗だ」としか言われない。言動を律することは厳しく言われるからである。
「避妊薬を使えば大丈夫だ」
「でもまだ認可されていないだろう?成功率も低いじゃないか」
「何もしないよりマシさ。聖人君子じゃあるまいし初夜までオアズケなんて思ってんのか?」
「そんなわけないさ。色々と五月蝿いんだよ。廻りが!」
「廻りね。そうしときますか」
「なんだよ。僕が嘘を言ってるとでも?」
「いや?そんな事は言ってないさ。ま、解るよ。俺たちの中でご当主様っていう輝かしい未来があるのはアンセル君!君だけだ。なぁんつって」
茶化されるが言われた通り当主となるのが確定しているのは友人の中でアンセルだけ。
爵位を手にするのはほんの一握りなのである。
友人の中には公爵家の5男坊もいるが家督を継がないし、流石に5番目となると休眠中の爵位もなく立身出世しか爵位を手に入れる方法がない。
戦もない平和な世で騎士爵を賜れる機会など教会クジに当たるくらいの確率である。文官職で功績を上げるにしても下っ端の出番など無く、商会で働くよりも長い時間下積みをせねばならない。文官などが賜る士爵など異例のスピード出世と言われても50代。定年間際だ。
――リゼで我慢するしかないか――
爵位が目当てで交際を申し込んだ訳ではない。
付き合いを始めて暫くしてからベルカム子爵家をリーゼロッテしか継ぐ者がいないと知っただけ。
このままいけば放っておいても当主の夫となる。貴族社会は男社会でもあるので必然的にベルカム子爵と呼ばれるのは自分になると思えば悪い話でもない。
後は下手を打たないようせねばならない。
自身の輝かしい人生に汚点を残すことは出来ずアンセルは16歳になった頃から娼館を利用するようになった。
そんなアンセルに転機が訪れた。
タッカス侯爵家を担当していた古参の営業が定年退職を迎えたのだ。嘱託で残るかと思いきや…。
「散々に稼いだからな。女房と田舎でゆっくり過ごすんだ」
「良いなぁ。大きなところばっかり受け持ってたもんなぁ」
「おいおい。全部若い時分から俺が開拓してきたんだ。誰かのお零れみたいな言い方は止めてくれよ」
その営業から振り分けられた中にあったタッカス侯爵家。
引継ぎのために退職する営業と一緒に訪れた先にアンセルの真実の愛があった。
アンネマリーと目が合った瞬間だった。まるで雷の直撃を受けたような衝撃がアンセルを襲った。
「一目惚れってこういう事なんだな」
アンネマリーもアンセルと同じ気持ちだったようでお互いの気持ちを交わすのに時間などかからなかった。こうなれば後の問題はリーゼロッテだ。
アンセルが言い出せないままに結婚の準備はトントン拍子で進んでいく。
「もう少し遅らせても良いんじゃないかな」
「何を言ってるんだ。婿入り先だぞ?絶対に相手が心変わりをしないように手付は打っておかねばな」
男女比で言えば男の方が数が多い。その上一人娘で爵位を継ぐ令嬢の数は恐ろしく少ないので逃がしてなるものかと両親は早々に持参金を用意するとベルカム子爵家に預けてしまったのだ。
言い出せないままに時間だけが過ぎていくが、アンセルにとってそれはそれで刺激があった。
リーゼロッテには勿論のこと、両親にすら見つかってはいけないという背徳感はアンネマリーとの恋を更に燃え上がらせる。
次第にリーゼロッテには嘘を吐いて会うようになったが、頭からアンセルの言葉を信用しているリーゼロッテにアンセルは優越感にも似た侮蔑を感じるようになっていた。
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