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第17話 金だけの問題ではない
アンセルが教会にやってきてリーゼロッテとの面会を求めるのは毎日の恒例となった。
追い払う修道士たちは食事の時間になんと言って追い払うかの案を出し合う事で日頃の憂さを晴らす。
神に仕えるものが嘘を言ってはならないので、リーゼロッテは用件が長引いているようで明日戻るかどうかも定かではないとやり過ごしているが修道士の中には「本当のことを言ってやれば?」としたり顔の者もいる。
それもそのはずだ。
ただリーゼロッテに面会を願う一途な男はアンセルに演じ切ることは出来ない。
「早くしないと正式な婚約締結日を迎えてしまうんだ!融通を利かせろよ」
「婚約?ベルカムさんからそんな話は聞いておりませんが」
「リゼとじゃないよ。あぁもう!婚約をしたらリゼとどうやって会えというんだ」
――知らんがな――
修道士たちは身分を問わず色々な人間と接触をする。
色んな話を耳にする機会があり、真偽のほどは不明…でもない。懺悔の部屋では事実が語られる。
全員ではないが、空きがないので修道士とされている彼らは聴罪師という資格も持っていていつでも神父になれるのだ。
そこでは「我が身可愛さでベルカム子爵家を追い込んだ」と自責の念に駆られ心情を吐露する者もいる。
懺悔室で聞いた内容を他に漏らすことはないが、修道士の間ではアンネマリーの評価は地を這うような位置にある。色々と総合すれば「あぁ、この男が新しいツバメなんだな」としか思っていなかった。
【あんたさ、ギリギリで梯子を外されるよ?】
受付でアンセルに忠告をしてやりたいが、戒律で懺悔室で聞いたことを暴露する事は出来ず、リーゼロッテに面会を求めるのも虫の知らせで捨てられることを予見し「保険として身綺麗でいてくれ」と願うものだろうと修道士たちは考えていた。
実際は保険としてそのままでいてくれ、ではなく愛人になれと言うものだったがどちらにしても常識のない言動であることは間違いない。
アンセルは今日も面会が出来ず苛立っていたが苛立っているのはアンセルだけではなかった。
日を追うごとにアンネマリーとの正式な婚約を結ぶ日は近づいているし、両親からは2回目となる多額の資金を用意せねばならないので実家で両親はアンセルの顔を見るたびに溜息を吐く。
1度目はリーゼロッテとの婚約で婿入りをするための持参金。
今回はアンネマリーとの結婚を見据えての支度金。
子爵家への持参金はウッサム伯爵家にとっては多少の背伸びをする額で済んだ。それは慰謝料にスライドし手元に戻ることはない。
そこへ今度は侯爵家への支度金。
「金だけの問題ではない」とアンセルの母親は言う。
「侯爵様のお嬢さんと結婚をしても爵位は貰わないんでしょう?リゼと結婚しておけば子爵であっても貴族でいられたのに」
結婚と同時に籍はあっても家を興すことはないので「出自は伯爵家」「出自は侯爵家」としか表現方法はなくなる身の上。籍があるだけで世帯は別なので実質は平民だ。
「お互いがそれでいいと言ってるんだし良いじゃないか。仕事だって侯爵家から回してもらえるなら商会の営業を続けることもない。ベルカム子爵ももう屋敷の解体が始まって噂ではもう王都にはいないとも言うし。爵位がないだけなら問題もないだろう」
資金繰りに苦慮するウッサム伯爵がアンセルを庇うような発言をする事もウッサム伯爵夫人を苛立たせる。
――爵位がないだけですって?大ありよ――
ウッサム伯爵夫人は夫のウッサム伯爵に窘められギリッと奥歯を噛み締めた。
家督を継がない子供たちは平民となるのは仕方がない事だとしても、今まで散々リーゼロッテを従えて「息子は子爵家でこの子と一緒に家を切り盛りするのだ」と触れ回った。
リーゼロッテは他家の夫人たちからも受けが良く、お世辞も社交辞令も抜きで爵位を継ぐ令嬢を手に入れた事を羨ましがられたものだ。
茶会や夜会で自慢しまくった相手にも爵位を告げない子息がいる。令嬢は嫁がせる事が出来ても男女の性差は暗黙の了解で「あら?次男さんは平民に?」なんてマウントを取られる事もある。
アンネマリーは侯爵令嬢だったのでアンセルから「実は…」と打ち明けられた時に1つくらいは休眠中の爵位はあるんだろうと考えてしまった。いや、もしかすれば休眠中の爵位は複数あって中には自分たちと同じ伯爵家もあるかも知れないとまで勝手な推測をしてしまった。
蓋を開ければアンセルは平民。籍はあっても家はない。
――これからどんな顔をして社交をすればいいのよ――
「あら?子爵家のご当主夫妻になるのでなかったのねぇ」
まだ言われていなくてもニヤつきながらコソコソ話をされるに決まっている。
何よりアンネマリーはそんな身の上なのに顔合わせでタッカス侯爵家に出向いた時、夫人を見て鼻で笑ったのだ。爵位は仕方がないとしても年長者を敬う気など微塵もない。
侯爵家と伯爵家は爵位が1つしか違わなくても雲泥の差があるため傲慢な育ち方をしたのだろう。
――あれが嫁だなんて――
その為に桁の違う支度金をかき集めねばならない。集まった金貨を見て右から左へ流れるのだと思うと心底「何やってるんだろう」と言う気にもなる。
アンセルに対して溜息も出ようというものだ。
家族の間には重く澱んだ空気が足元に漂っていた。
追い払う修道士たちは食事の時間になんと言って追い払うかの案を出し合う事で日頃の憂さを晴らす。
神に仕えるものが嘘を言ってはならないので、リーゼロッテは用件が長引いているようで明日戻るかどうかも定かではないとやり過ごしているが修道士の中には「本当のことを言ってやれば?」としたり顔の者もいる。
それもそのはずだ。
ただリーゼロッテに面会を願う一途な男はアンセルに演じ切ることは出来ない。
「早くしないと正式な婚約締結日を迎えてしまうんだ!融通を利かせろよ」
「婚約?ベルカムさんからそんな話は聞いておりませんが」
「リゼとじゃないよ。あぁもう!婚約をしたらリゼとどうやって会えというんだ」
――知らんがな――
修道士たちは身分を問わず色々な人間と接触をする。
色んな話を耳にする機会があり、真偽のほどは不明…でもない。懺悔の部屋では事実が語られる。
全員ではないが、空きがないので修道士とされている彼らは聴罪師という資格も持っていていつでも神父になれるのだ。
そこでは「我が身可愛さでベルカム子爵家を追い込んだ」と自責の念に駆られ心情を吐露する者もいる。
懺悔室で聞いた内容を他に漏らすことはないが、修道士の間ではアンネマリーの評価は地を這うような位置にある。色々と総合すれば「あぁ、この男が新しいツバメなんだな」としか思っていなかった。
【あんたさ、ギリギリで梯子を外されるよ?】
受付でアンセルに忠告をしてやりたいが、戒律で懺悔室で聞いたことを暴露する事は出来ず、リーゼロッテに面会を求めるのも虫の知らせで捨てられることを予見し「保険として身綺麗でいてくれ」と願うものだろうと修道士たちは考えていた。
実際は保険としてそのままでいてくれ、ではなく愛人になれと言うものだったがどちらにしても常識のない言動であることは間違いない。
アンセルは今日も面会が出来ず苛立っていたが苛立っているのはアンセルだけではなかった。
日を追うごとにアンネマリーとの正式な婚約を結ぶ日は近づいているし、両親からは2回目となる多額の資金を用意せねばならないので実家で両親はアンセルの顔を見るたびに溜息を吐く。
1度目はリーゼロッテとの婚約で婿入りをするための持参金。
今回はアンネマリーとの結婚を見据えての支度金。
子爵家への持参金はウッサム伯爵家にとっては多少の背伸びをする額で済んだ。それは慰謝料にスライドし手元に戻ることはない。
そこへ今度は侯爵家への支度金。
「金だけの問題ではない」とアンセルの母親は言う。
「侯爵様のお嬢さんと結婚をしても爵位は貰わないんでしょう?リゼと結婚しておけば子爵であっても貴族でいられたのに」
結婚と同時に籍はあっても家を興すことはないので「出自は伯爵家」「出自は侯爵家」としか表現方法はなくなる身の上。籍があるだけで世帯は別なので実質は平民だ。
「お互いがそれでいいと言ってるんだし良いじゃないか。仕事だって侯爵家から回してもらえるなら商会の営業を続けることもない。ベルカム子爵ももう屋敷の解体が始まって噂ではもう王都にはいないとも言うし。爵位がないだけなら問題もないだろう」
資金繰りに苦慮するウッサム伯爵がアンセルを庇うような発言をする事もウッサム伯爵夫人を苛立たせる。
――爵位がないだけですって?大ありよ――
ウッサム伯爵夫人は夫のウッサム伯爵に窘められギリッと奥歯を噛み締めた。
家督を継がない子供たちは平民となるのは仕方がない事だとしても、今まで散々リーゼロッテを従えて「息子は子爵家でこの子と一緒に家を切り盛りするのだ」と触れ回った。
リーゼロッテは他家の夫人たちからも受けが良く、お世辞も社交辞令も抜きで爵位を継ぐ令嬢を手に入れた事を羨ましがられたものだ。
茶会や夜会で自慢しまくった相手にも爵位を告げない子息がいる。令嬢は嫁がせる事が出来ても男女の性差は暗黙の了解で「あら?次男さんは平民に?」なんてマウントを取られる事もある。
アンネマリーは侯爵令嬢だったのでアンセルから「実は…」と打ち明けられた時に1つくらいは休眠中の爵位はあるんだろうと考えてしまった。いや、もしかすれば休眠中の爵位は複数あって中には自分たちと同じ伯爵家もあるかも知れないとまで勝手な推測をしてしまった。
蓋を開ければアンセルは平民。籍はあっても家はない。
――これからどんな顔をして社交をすればいいのよ――
「あら?子爵家のご当主夫妻になるのでなかったのねぇ」
まだ言われていなくてもニヤつきながらコソコソ話をされるに決まっている。
何よりアンネマリーはそんな身の上なのに顔合わせでタッカス侯爵家に出向いた時、夫人を見て鼻で笑ったのだ。爵位は仕方がないとしても年長者を敬う気など微塵もない。
侯爵家と伯爵家は爵位が1つしか違わなくても雲泥の差があるため傲慢な育ち方をしたのだろう。
――あれが嫁だなんて――
その為に桁の違う支度金をかき集めねばならない。集まった金貨を見て右から左へ流れるのだと思うと心底「何やってるんだろう」と言う気にもなる。
アンセルに対して溜息も出ようというものだ。
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