21 / 28
第21話 恩を返したい
コンコンコン。
「入れ」
地を這うような低音を発したのは騎士団の総指揮官でもある王弟だった。
書類を抱えた隊服の騎士は何も言わずに王弟に書類を差し出した。
ゆっくりと1枚1枚確認をしながら書類に目を走らせた。
★~★
かの日、懐かしい男が先触れも無く訪ねてきた。
王弟を庇い、騎士の道を永久に絶たれた男、デルモントだ。
その名を聞いた時は執務中だったが王弟は襟元のボタンも留めるのを忘れてデルモントを待たせている部屋に走った。
今、生きているのはデルモントが身を挺して矢を受けてくれたからに他ならない。
除隊をされるとき、デルモントにはなんでも望む物を与えて欲しいと王弟は兄の国王に頼んだのだが、デルモントは金銭すら固辞し何も欲しがらなかった。
「欲のない男」と国王は何も欲しがらないデルモントの事を評価したが、王弟はそれでは気が済まない。
領地に戻り不自由な体で男爵家を継ぎ、日々奮闘しているとは聞こえてきた。
折を見て「何か望みはないか」と領地の特産物など販促に力を貸そうとしたがそれも固辞された。
「無理やり品を買ってもらうのではなく欲しいから買う。そうでないと商売は立ちゆきませんから」
そう言って恩返しを何もさせてくれなかったデルモントが先触れもなしにやってきた。
これは何かある。逸る心を隠そうともせず扉を開けると懐かしい顔があった。
「デルモント!久しぶりだなぁ!」
「上官殿もお元気そうで何よりです」
戦が終わり、総指揮官となっても「上官殿」と昔の呼び名で呼んでくれるデルモントに王弟は嬉しくて目を細めた。
「どうしたんだ?困りごとか?」
「はい。失礼と厚かましいのを承知で上官殿にお願いがございます」
「なんだ。なんでも言ってくれ。結婚か?相手ならそうだな隣国の王女はどうだ?」
――飛躍しすぎです。それに王女様は面倒そうなので嫌です――
肩を叩き、まぁ座れとソファを勧められて向かいに腰を下ろすとデルモントは開口一番に告げた。
「ベルカム子爵家が窮地に陥っています。その原因を調べて頂きたいのです」
「ベルカム子爵家。あぁそう言えば王都を離れ領地に住まいを移すと届があったな。ベルカム子爵家に何か恩義でもあるのか?」
「恩義…はどうでしょうか。ただこのまま何もなかった事にすればより大きな問題となってしまいそうな気がするんです」
「そうか。他にはないか?その‥‥ベルカム子爵家はお前の家ではないだろう?お前自身何かないのか?」
「ないです」
「即答か!」
「ないので」
褒章も何もいらないと固辞したデルモントらしいと言えばらしいのだが、そのデルモントが敢えて頼んでくるのであれば叶えない訳にはいかない。
王弟は早速子飼いにベルカム子爵家を調べさせた。
結果として先に齎されていたベルカム子爵家には何の問題もなかった。
いや、書類には是正しようと思えばできる箇所はあった。
年度の途中で税率の変わった品があり、税金を少し多く納め過ぎていて還付せねばならない分があったが、安くなった税率ではなく高い時のままで計算をしても国には痛手がないのでどちらでもいいとされていた箇所。
2つの税率で計算をすれば書類も増えるしベルカム子爵家は多少損益になっても高い税率のままで計算をして納税を行っていただけ。
ベルカム子爵家には問題はなくても、その周囲に問題とされる行為があった。
先ずはウッサム伯爵家だ。
ただ、罪には問えない。
子息が婿入りをする予定で前納となった持参金。先に払うのは何の問題もない。
そしてそれを結婚話を無くすことの慰謝料にした事も問題はない。
慰謝料すら払わずにバックレたとなれば倫理観の欠如はあるとみられるが、残念ながら違法ではない。
その慰謝料も払っているしベルカム子爵家は受け取っている。ベルカム子爵家からの支度金も返納されている。
金の流れには問題はないが、別の問題があった。
「タッカス侯爵家か」
ウッサム伯爵家の子息アンセルはリーゼロッテからアンネマリーに乗り換えた。
それも違法ではないものの、その頃からタッカス侯爵家主導によるベルカム子爵家への嫌がらせが始まっていた。
以前からタッカス侯爵家については良い話よりも悪い話の方が先行しているが、罰するほどのものではないのがネックだった。
「この商品は良くない」「この本は面白くない」「この絵に芸術を感じない」などあくまでも主観なので、それに賛同するもしないも自由。
ただ、侯爵家という位置づけにあるので、右に倣えとしなければ自分の家がトバッチリを食らうと賛同する家が多かった。それが結果として不買になり経営が成り立たなくなる家が今までも幾つかあった。
取り締まろうにも「この商品は良い」と言うものが買い占めで店頭から無くなると、群衆心理が働き廻りもそれに追随するが購入の個数制限をしたり、量産すればいいだけ。
売れるのは良くて逆の意見はダメなのかとなれば言論も表現も自由を規制する事になる。
しかし王弟にしてみると「またやったのか」としか思えない。
どこかにタッカス侯爵家を糾弾出来る突破口がないのか。
残りの書類もあと数枚の所で王弟の手が止まった。
「入れ」
地を這うような低音を発したのは騎士団の総指揮官でもある王弟だった。
書類を抱えた隊服の騎士は何も言わずに王弟に書類を差し出した。
ゆっくりと1枚1枚確認をしながら書類に目を走らせた。
★~★
かの日、懐かしい男が先触れも無く訪ねてきた。
王弟を庇い、騎士の道を永久に絶たれた男、デルモントだ。
その名を聞いた時は執務中だったが王弟は襟元のボタンも留めるのを忘れてデルモントを待たせている部屋に走った。
今、生きているのはデルモントが身を挺して矢を受けてくれたからに他ならない。
除隊をされるとき、デルモントにはなんでも望む物を与えて欲しいと王弟は兄の国王に頼んだのだが、デルモントは金銭すら固辞し何も欲しがらなかった。
「欲のない男」と国王は何も欲しがらないデルモントの事を評価したが、王弟はそれでは気が済まない。
領地に戻り不自由な体で男爵家を継ぎ、日々奮闘しているとは聞こえてきた。
折を見て「何か望みはないか」と領地の特産物など販促に力を貸そうとしたがそれも固辞された。
「無理やり品を買ってもらうのではなく欲しいから買う。そうでないと商売は立ちゆきませんから」
そう言って恩返しを何もさせてくれなかったデルモントが先触れもなしにやってきた。
これは何かある。逸る心を隠そうともせず扉を開けると懐かしい顔があった。
「デルモント!久しぶりだなぁ!」
「上官殿もお元気そうで何よりです」
戦が終わり、総指揮官となっても「上官殿」と昔の呼び名で呼んでくれるデルモントに王弟は嬉しくて目を細めた。
「どうしたんだ?困りごとか?」
「はい。失礼と厚かましいのを承知で上官殿にお願いがございます」
「なんだ。なんでも言ってくれ。結婚か?相手ならそうだな隣国の王女はどうだ?」
――飛躍しすぎです。それに王女様は面倒そうなので嫌です――
肩を叩き、まぁ座れとソファを勧められて向かいに腰を下ろすとデルモントは開口一番に告げた。
「ベルカム子爵家が窮地に陥っています。その原因を調べて頂きたいのです」
「ベルカム子爵家。あぁそう言えば王都を離れ領地に住まいを移すと届があったな。ベルカム子爵家に何か恩義でもあるのか?」
「恩義…はどうでしょうか。ただこのまま何もなかった事にすればより大きな問題となってしまいそうな気がするんです」
「そうか。他にはないか?その‥‥ベルカム子爵家はお前の家ではないだろう?お前自身何かないのか?」
「ないです」
「即答か!」
「ないので」
褒章も何もいらないと固辞したデルモントらしいと言えばらしいのだが、そのデルモントが敢えて頼んでくるのであれば叶えない訳にはいかない。
王弟は早速子飼いにベルカム子爵家を調べさせた。
結果として先に齎されていたベルカム子爵家には何の問題もなかった。
いや、書類には是正しようと思えばできる箇所はあった。
年度の途中で税率の変わった品があり、税金を少し多く納め過ぎていて還付せねばならない分があったが、安くなった税率ではなく高い時のままで計算をしても国には痛手がないのでどちらでもいいとされていた箇所。
2つの税率で計算をすれば書類も増えるしベルカム子爵家は多少損益になっても高い税率のままで計算をして納税を行っていただけ。
ベルカム子爵家には問題はなくても、その周囲に問題とされる行為があった。
先ずはウッサム伯爵家だ。
ただ、罪には問えない。
子息が婿入りをする予定で前納となった持参金。先に払うのは何の問題もない。
そしてそれを結婚話を無くすことの慰謝料にした事も問題はない。
慰謝料すら払わずにバックレたとなれば倫理観の欠如はあるとみられるが、残念ながら違法ではない。
その慰謝料も払っているしベルカム子爵家は受け取っている。ベルカム子爵家からの支度金も返納されている。
金の流れには問題はないが、別の問題があった。
「タッカス侯爵家か」
ウッサム伯爵家の子息アンセルはリーゼロッテからアンネマリーに乗り換えた。
それも違法ではないものの、その頃からタッカス侯爵家主導によるベルカム子爵家への嫌がらせが始まっていた。
以前からタッカス侯爵家については良い話よりも悪い話の方が先行しているが、罰するほどのものではないのがネックだった。
「この商品は良くない」「この本は面白くない」「この絵に芸術を感じない」などあくまでも主観なので、それに賛同するもしないも自由。
ただ、侯爵家という位置づけにあるので、右に倣えとしなければ自分の家がトバッチリを食らうと賛同する家が多かった。それが結果として不買になり経営が成り立たなくなる家が今までも幾つかあった。
取り締まろうにも「この商品は良い」と言うものが買い占めで店頭から無くなると、群衆心理が働き廻りもそれに追随するが購入の個数制限をしたり、量産すればいいだけ。
売れるのは良くて逆の意見はダメなのかとなれば言論も表現も自由を規制する事になる。
しかし王弟にしてみると「またやったのか」としか思えない。
どこかにタッカス侯爵家を糾弾出来る突破口がないのか。
残りの書類もあと数枚の所で王弟の手が止まった。
あなたにおすすめの小説
必要とされなくても、私はここにいます
あう
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスのもとへ嫁ぐことになったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、理想の妻になろうとも、誰かの上に立とうともしなかった。
口出ししない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
ただ静かに、そこにいるだけ。
そんな彼女の在り方は、少しずつ屋敷の空気を変えていく。
張りつめていた人々の距離はやわらぎ、日々の営みは穏やかに整いはじめる。
何かを勝ち取る物語ではない。
誰かを打ち負かす物語でもない。
それでも確かに、彼女がいることで守られていくものがある。
これは、
声高に愛を叫ばなくても伝わる想いと、
何も奪わないからこそ育っていく信頼を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。
夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。
真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。
そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。
数量は合っている。
だが、なぜか中身の重量だけが減っている。
違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。
そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。
しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。
それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。
「では、正式な監査をお願いいたします」
やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり――
隠されていた不正はすべて暴かれる。
そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。
これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、
“正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」