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cyaru

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第22話  不貞じゃない

アンセルがアンネマリーの部屋を訪ねるべく馬車に揺られていた。

教会には日参しているものの未だにリーゼロッテは教会に戻っていないという。

「何時になったら戻って来るんだ?自主奉仕の人間を働かせすぎだろう」

アンセルは馬車の中で1人憤る。
いや、それよりも今はアンネマリーだ。

間もなく正式に婚約が交わされるというのに、アンネマリーと会う頻度が減っている。
下手をすると侯爵家を訪ねても従者に伝言を頼むだけで会わずに引き返す日も多くなった。

その伝言も伝えられているかどうか。

「え?3日前に従者に伝言を頼んだけど?」

「3日前?あぁ…忙しいし詰まらない事をいちいち覚えていないわ。で?何?」

「何って‥婚約の締結ももうすぐなのに会えない事も多いだろう?」

「そんな事で来たの?よっぽど暇なのね」


以前のようにアンネマリーはアンセルには接してはくれなくなっていた。
寝所でお互いの体を貪りあうのもここ暫くはご無沙汰。

「病気を貰わない絶対の自信があるなら娼館に行っても良いのよ?」

性欲の処理を咎められる事はないけれど、世の中に絶対はない。
娼館で性病を感染うつされた者も知っているアンセルは娼館に行く事も出来なかった。


ウッサム伯爵家では両親がどうなっているんだ?とアンセルを急かす物のアンセルだって高位貴族との婚約など初めてでどんな手順にすればいいのか解らない。

「相手方はお前に雛形を渡していると言ったぞ」

「そんなの貰ってないよ。勘違いしてるんだ」

「おかしいんじゃないか?そもそも婚約する気なんかないんじゃ」

「そんなわけないだろう?両家の顔合わせだってしたじゃないか」

「それなんだが…タッカス侯爵家はあれを婚約の前段階と考えているかどうかが問題なんだ」

「は?何言ってるんだよ。僕はアンネマリーから結婚しよう、するって言われてるんだ」


ウッサム伯爵は自身の息子の閨事が知りたい訳ではないが、ピロートークなんじゃないかと疑った。
あまりにも話が進まないのだ。
かき集めている支度金だってハッキリと提示されたわけではなく「侯爵家クラスになると相場のようですな」と言われただけ。

そもそもで顔合わせをすれば直ぐに婚約を締結するのが普通なのに正式な婚約提携はまだ終わってもいない。アンセルがリーゼロッテと結婚間際だった事から多少日を空けてくれているのだと能天気にも配慮にすら感じていたがこんなに何も進まないものなのか。

ウッサム伯爵夫人が茶会や夜会にとアンネマリーを同行させようとアンセルを通じて誘いをかけてもアンネマリーが来ることは一度もない。

何よりあの時は「何か月先」と言われただけで正確な日時は未だに決まっておらず、侯爵家で決めているとしても伯爵家には伝えられていないのだ。

ベルカム子爵家の時のように支度金を前納しようとしたが侯爵には「そこまで困っていないから」と断られてしまった。

手持ちでは足らず、借りた金もあり利息の支払いも既に始まっている。
手元に金があるのにその金の利息を払っているという馬鹿げた状態になってしまっているのだ。

是が非でも今日と言う今日は詳細を詰めてこいと言われ、アンセルは渋々馬車に揺られてタッカス侯爵家にやってきた。


「お嬢様は本日お会いになることは叶いません」

「何故だ?大事な用件で来たというのに。アンネマリーが無理なら侯爵で良い。取り次いでくれ」

「それも出来かねます。旦那様とのお約束もありませんよね」

「婚約の事だ。融通を聞かせてくれてもいいじゃないか」

「出来かねます。どうしてもと仰るのなら先触れを。旦那様は暇ではないのです。先触れを頂きましたら日程を調整できるかどうかの検討を致します」

「検討って。それじゃ会えるかどうかも判らないじゃないか」

「旦那様のご予定を私が決める訳では御座いませんので。さ、お引き取りを」

「あぁもう!アンネマリーに取り次いでくれ。僕が来たと言えば解ってくれるはずだ」

「ですから!お嬢様は本日、ウッサム伯爵子息様とは会えません」

「なんでだよ!婚約者だろう!」

「正式な婚約締結をお嬢様は誰とも結ばれておりません」

「じゃぁ、会えるまで待つ。ここで待たせてもらう」

粘るアンセルに執事もやれやれと肩を軽く上げる。
しかし、アンネマリーがアンセルと会えない理由は直ぐに解ることになった。

アンセルとさほど年齢の変わらない男性の腕に甘えながらアンネマリーが玄関ホールにやってきたのだ。
髪を軽く纏めているだけのアンネマリーにアンセルは既視感を覚えた。

それは「事後」である。

アンセルを送り出してくれた時、寝台で乱れた髪をアンネマリーは軽く結い上げて目の前の男の時のように見送ってくれたのだ。

――まさか、浮気?――

アンセルはそう思ったのだが、アンネマリーはアンセルがいることに気が付いても表情一つ変えないし、なんなら男に甘える仕草をやめようともしない。

「じゃぁまた。楽しみましょう?」

「お嬢様も好きですね。いいですよ。いつでも呼んでください」

アンネマリーは使用人やアンセルの前で男と深い口づけを交わす。
怒りに震えているのはアンセルだけで、2人の体が離れると使用人は男を丁寧にアプローチに付けた馬車に案内を始める。

アンセルはアンネマリーに駆け寄り「どういう事だ!」声を荒げた。

腕をつかまれたアンネマリーは「離してくださる?」と素っ気ないがアンセルの手が離れると小さく溜息を1つ吐いて、アンセルに向き合った。

「言わなかった?私は貴方と結婚するし、貴方は私の夫になるけどそれと恋をするのは別だと」

「なんだって?だけどこれじゃ不貞じゃないか」

「不貞?何を仰っているのかしら。そういう取り決めでしょう?自分に相手がいないからって荒ぶるのは止めて頂きたいわ。だ・け・ど…この関係を解消したって良いのよ?勿論あなたの不履行による有責でね?私はちゃんと最初に断りを入れて結婚を受けたのよ?」

「ま、まさかと思うが僕はお飾りの夫って事か…」

「やだ。そこまで自分を持ち上げる人っている?随分と自意識過剰ね。貴方がお飾り?烏滸がましいにもほどがあるわ」

「なんだと?」

「だってそうでしょう?この先、単なる夫と言う名のヒモなのよ?何もしなくても衣食住に不自由なく、好きな女と遊べて。お飾りの夫の方がもっと夫の仕事をするわよ。と、言っても夫婦の契りはもう済ませた私達だもの。ソッチの仕事もしなくていいのよ?あ、もしかして正式な婚約締結の件?ジョーン!あの書類を渡してやって」

「はい、お嬢様」

それだけ言うとアンネマリーは「き過ぎて疲れてるの」とアンセルの耳元で囁き自室に引き上げて行った。

茫然自失のアンセルにジョーンと呼ばれた執事から書類が手渡されるが、アンセルの手に書類を握るだけの握力は残されておらず、書類は床に散らばった。

アンセルは今になってやっと「全部が間違いなんじゃないか」と思えたのだった。
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