大好きだからこそ、です

cyaru

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最終話  大好きだからこそ②―①

「くそっ。なんで僕がこんな目に…おい!看守!水!」

「五月蝿いなぁ。水は1人コップ2杯と決まってるんだよ。飲みたかったら天井から落ちて来る雫でも舐めてろ」

「こんな汚い水!僕は井戸の水が飲みたいんだ!」

「元は井戸の水だよ。王宮の使用人の体を通って濾過されてるがな」

「え・・・」

道理でツーンとして目も痛い地下牢だと思ったが、ぽちょんと落ちて来る水の正体を知ってアンセルは寝ている時もその水が頬に落ちると飛び起きて眠ることも出来なくなった。

「ここから出たら差し入れもしてくれない父上に一発お見舞いしてやる!」

地下牢に収監されているのはほとんどが政治犯で生きて出ることは叶わないものばかり。
生きているうちに鉄格子が開いて出られるのは処刑場まで案内をされる囚人だけだと周りの囚人は言う。

――ど、どうせ脅しだろ――

びくつきながらアンセルは暴れたところで腹が減り、喉が渇くだけと諦めを付けて大人しく過ごした。

アンセルは自分以外の人間がどんな処罰を受けたのかを知らないまま地下牢に収監をされてしまった。
なので伯爵家を廃籍になった事も知らないし、アンネマリーが既に処刑された事も知らない。

むしろ大司祭があの場にいた事だし、高位貴族なので恩赦でも出てのうのうと暮らしていると思うと腹が立って仕方がなかった。

そんな日が続き、「アンセル、出ろ」声がかかった日は朝食かと思ったら釈放された。

処刑をされると思い、思わず足元に水溜まりを作ってしまったが周囲の人間は誰もその事には触れなかった。
3か月間、着替えることもなかった衣服は酷い香りがするが、それ以上に自分自身も臭かった。

歩く以外に手段もなく、アンセルは実家のウッサム伯爵家に向かったのだが、新人の門番のようで中に入れろと言っても門を開けてくれることはなかった。

様子を見ようと門から離れた場所で見ていると既視感を覚える男が御者となった荷馬車が正門から入っていく。

「どっかで見たな‥誰だっただろう」

思い出せないままだったが、2時間もすると今度はこれまた既視感を覚える荷物を山盛りにした荷馬車が出てきた。

「え?あれはホールに飾ってた絵‥‥あの壺は父上の部屋にあったやつ‥まさか?!」

資金繰りをしようにもどこも金を貸してくれないウッサム伯爵家は調度品を買い取ってもらい、かつてのベルカム子爵家のように王都の屋敷を売り領地に引っ込むための家財処理をしている事までアンセルは知らなかった。

結局、その後も門番に話しかけたが中に入れてくれる様子はない。
そうこうしていると粗末な馬車が走ってきて正門が開いた。

駆け寄ったアンセルに馬車が動き出すかと思ったら扉が開いて兄のケインが下りてきた。

「兄上!」

兄のケインに駆け寄ったアンセルはそれ以上ケインには近寄れなかった。
何故ならケインにパンチを決められて転んでしまったからである。

「この疫病神。お前のせいで伯爵家は破綻したんだ!失せろ!」

「破綻って…どういう事だ」

「破綻は破綻だ!阿婆擦れに入れあげて家まで破滅に追い込んだお前こそ悪魔だ!」

意味が解らずとぼとぼと歩き、もうある筈のないベルカム子爵家のあった場所まで無意識に歩いていた。

ベルカム子爵夫妻はもう領地に引き上げているし屋敷は取り壊されて騎士団の隊舎建設が始まっていた。

「そうだ…リゼ。リゼなら…丁度教会にいる事だし僕も教会に保護してもらおう」

甘い考えだとアンセルは気が付かない。
大司祭はアンセルにも情をかけたので禁固刑を受けたけれど、教会の忌み嫌う淫行行為で処罰をされたのだ。教会がそんな人間を受け入れてくれるはずがない。ましてやかつてアンセルが愛人になれとリーゼロッテに言ったその教会に身を寄せようというのだから甘いとしか言えない。


空腹ももう限界に近い。釈放されるのが午後であれば朝食の固いパンでも腹に入っていただろうに釈放が朝だったため朝食も無かった。

暫く身を寄せようと思った実家には門前払いの上、兄からは悪魔とまで言われる始末。
やっとの思いで教会に辿り着くと、教会の塀に手を突きながらよろよろと門まで歩く。

途中で1台の馬車がアンセルを追い越して先に教会に入って行った。

――午後の礼拝にでも来たのかな――

その程度しか思わなかった。豪奢な馬車ではないし家紋も背面にはなかったのでどこかの商会からゲン担ぎに礼拝に来たのだろうとしか思わなかったのだ。


★~★

「ロゼ。王弟殿下から手紙だ」

「え?王弟殿下。昔上官だったって言う?」

「そう。ロゼを虐めた奴らの事。聞きたいか?」

真面目な顔をしたデルモントが問うが、リーゼロッテは正直どうでも良かった。
今更聞いたところでどうなるものでもないし、つい先日領地にある教会でデルモントと2人だけで結婚式を挙げたばかり。

アンセルへの気持ちは全くなくて、こちらも憎むとか恨む、そんな気持ちより「そんな人もいたなぁ」としか思えなかったのでどうでも良かった。

「聞かなくていいわ。それよりお父様からも手紙が来たでしょう?」

「あぁ。試供品を送ってくれと言う奴だな。手配したよ。隣国だけじゃなく帝国まで販路を広げてくれるみたいだな。上手くいくと良いんだが」

「上手くいくわ。隣国の騎兵隊が甲冑の下に着るシャツの発注も受けたじゃない。これから忙しくなるわ」

「忙しいところ申し訳ないんだが…。切符も入ってるんだよ」


デルモントは4枚の切符をひらひらさせてリーゼロッテに見せた。
往復なので1人が2枚。しかも幌馬車だが乗客は1台に付き2人。つまり貸し切りの幌馬車で高位貴族などが旅行に使用する護衛付きの幌馬車だった。


「どうしたの?これ」

「結婚祝いだと思うけど」

「ん?結婚したのつい最近よ?手紙が配送中の頃なのにどうして知ってるの?」

「結婚する前にロゼを妻にすると殿下にも手紙を送ったんだ」

「あのね!私の気が変わらないけど、変わってたらどうするつもりなの?相手は王弟殿下なのよ?」

「変わらないからいいじゃないか」

「良くないわよ!」

「で?行く?」

行かないという選択肢はない。王族の招きなのにただの紙切れにしましたなんて怖くて言えるはずがない。
デルモントが読んでもいいと言うので王弟からの手紙に目を走らせたリーゼロッテは文面の途中で便せんに顔を近づけた。

そして一旦目を閉じてもう一度見る。手を伸ばし遠目で見て片目を閉じて見てみる。

「デル‥‥貴方まさかあの絶対あり得ない構想まで話したの?」

「話してない。手紙に書いただけだ」

――〆ていいかな?――


冷や汗が噴き出る。残念なことに立地から考えて場所はベルカム子爵領の隣の領地なのだが、王太子殿下がその構想を大変に気に入って実際に高架で街道を造ると言い出したと書いてある。

オッペル男爵領は山間部にあるため、工事費も莫大。何よりノウハウがないので先ずは平坦な領地を使って建設をしてみたいと言うもので、ゆくゆくは国内の全ての領地を網羅するように建設計画を王都でも練っているとある。

その他にも上下水道のインフラ整備も必要で是非2人に王都に来てもらいたいとも書いてある。

断る理由はない。

「いいのか?」

「断れないでしょう?私、まだ不敬で死にたくないもの」

そして2人は護衛付きの豪華な幌馬車に乗り込み、王都にやってきた。

まず最初に向かったのは販売所だったが、湯を浴びて服を着替えて登城し国王、王太子、そして王弟に挨拶をした。

素人でもあるリーゼロッテは構想だけで実際にどうすれば耐久性にも耐力にも優れた建造物と出来るかは判らない。そこは専門に任せるしかなく平身低頭。

しかし発案者だと言う事で国からはロイヤリティが支払われる事になった。

「こんなに頂けません。素人の絵空事なんです」

「いや、ここまで大胆な発想は我々には無かったからね。人も馬車も大地を走るもの。そういう固定概念に捉われていたからデルモントからの手紙を読んだ時は顎が外れるかと思ったよ。でも、これは防災にも役に立つ。これまで洪水なんかは高台に逃げるしかなかった。逃げ遅れる領民も多く課題でもあったんだ。高台と高架。逃げる場所は多ければ多いほどいい。それにこれなら救援を出すにも日数が短縮されて到着も出来る」

畏れ多くもお褒めの言葉とロイヤリティという褒章まで貰う事になってしまったリーゼロッテは迂闊に夢物語を語るべきじゃないと心に誓ったのだった。


その帰り。販売所に寄る前に久しぶりマルコに会ってみたいというリーゼロッテの希望で馬車は教会に向かった。

「マルコにね、お土産を持ってきたの。海賊になると言っていたから海賊の絵本を持ってきたの」

絵本なので文字は少ない。
リーゼロッテは絵本を数冊抱きしめて馬車を降りた。途中で1人の男を馬車が追い越したことなど気付きもせずに。
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