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見限られた男、見限れない男
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もうすぐ卒業式というある日。ルシェルはオレリアンに呼び出された。
オレリアンの隣にはブリジットが寄り添うように立っている。
近づくなと言われなくても侯爵以上の貴族の気配がすれば回避していたくらいだ。呼び出された事に嫌悪感しか抱かなかったが、行かないと言う事が出来ない悔しさに拳を握った。
「言っておきたい事があるんだ」
「なんでしょうか」
「間もなく卒業だ。僕は足掻いてみたがどうやら君を妻にするしかないようだ」
「そのようですね」
――何が足掻いたよ…遊んでいただけじゃないの――
喉元まで出た言葉を、引き攣った笑顔でルシェルは飲み込んだ。
「ブリジットが誰に嫁ごうと僕たちの愛は変わらない。君を愛することはない。結婚をすれば関係が変わると思われていたら心外だ。先に伝えておこうと思ったんだ」
「そうですか。私は構いませんけど」
「物分かりが良くて助かる。君を抱いて子を作るくらいならどこぞの娼婦に産ませても気持ち的には変わらないが、何より君とまぐわうなんて…身の毛も弥立つよ」
ブリジットの腰に手を回しながらだったから、男として格好をつけたかったのかも知れないが、流石にその発言を盗み聞きしていた貴族子息たちはオレリアンに苦笑いをした。
間も無く王立学園を卒業する彼らは、未だに「学園恋愛ごっこ」が続くと思っているオレリアンを好奇の目で遠巻きに見ている。オレリアンはその視線を背に受けているが、向かい合ったルシェルは卒業すればこの視線が自分にも向けられると思うとゾッとした。
そんな視線に気が付かないオレリアンもブリジットも大したものだと思いつつ、話はそれだけかと戻ろうとしてまたオレリアンの声を聞く事になった。
「卒業後なんだが、俺は文官になるから」
「ご勝手に、と言いたい所ですがそれは婚約の規約に反するのでは?
婚約の規約ではレスピナ侯爵家を継ぐのはオレリアンの7歳年上の兄トリスタンだったし、オレリアンは次男である事から学園を卒業と同時にオランド伯爵家に婿入りをして2、3年後に分家を立ち上げ、オリーブ商会の子商会を任される予定だった。
「直ぐに商会の仕事は無理だろ?数年、そうだな4、5年は文官として出仕して外の世界を知る方が大事だ。成り上がり貴族のオランド伯爵家には教えてくれる者がいなかったのは不幸だと思うがね」
「お話はそれだけですか?」
「あぁ。長く話をしても君には理解できないだろうしね」
――あなたの頭の中身を理解できるのは隣の令嬢だけよ――
言いかけた言葉を苦笑で飲み込む。
「では、わたくしはこれで失礼しますわ」
オレリアンはオリーブ商会の経理の仕事ではなく王宮の文官の仕事をしたいと申請すればだれでもなれる初級文官となると言った。
その時点でルシェルはオレリアンを見限った。
結婚生活に夢を見るのはとうに諦めていたが、卒業し性根を叩き直せば使い物になるかと思っていたがどうやらそれも見通しが甘かったのだとルシェルは完全にオレリアンを見限ったのだ。
誰でもなれる初級文官の給与は休日も出仕して5万ソルあるかないか。
何をするかと言えば【雑用】で学のない平民が経験を積んでいく場だからである。
そこでは仕事は与えられるものではない。
日頃の業務の流れを読んで、自分で仕事を取りに行くのだ。
その為に業務の内容を覚えるため、ゴミ箱に捨てられた書き損じを「初級文官」は読み解く。より出来る上司の元で顔を覚えて、名を覚えてもらうために「雑用」をこなし、認められれば臨時で「課」もしくは「班」に組み込んでもらえる。
学園を卒業すると言う事は中級以上からスタートするのが当たり前。その上オレリアンは経営が傾いていても侯爵家の子息。ただそこにいれば給料がもらえると踏んでいるオレリアンに未来はないと見限ったのだ。
「お父様、オレリアン様はいずれは侯爵家を出る身。あのような為体で分家と言えど伯爵家の子会社を任せられるとは思えません」
「うむ‥‥そうだな」
オランド伯爵は迷った。
正直な所、オレリアンに子会社を任せるつもりは全くなかった。
学業が振るわないのも承知の上での婚約である。
欲しかったのはレスピナ侯爵家の【侯爵家】という肩書で姻族になる事で事業拡大を狙っていた。
平民から男爵、子爵、伯爵と順調に階段を上がって来たが、伯爵から上の爵位となれば王家の血が入る。そうなれば国内だけでなく諸外国にまで事業拡大が出来る。
国内の事業でも後世に名を残す大きな事業となれば公爵家、侯爵家が頭となった事業。そこに参入するには下につくしかない。姻族関係を結びルシェルがオレリアンとの子をもうければそれを足掛かりにして侯爵家を乗っ取るために融資もしていた。
既に融資の額はレスピナ侯爵家が返済できる限度いっぱいまで来ている。
その時に身内が内側にいれば事が進めやすい。
【その為の布石は既に打っていたのだから】
オランド伯爵が迷ったのはオレリアンの出来の悪さではない。
「初級文官」を選んだ事で、そこでミスを犯してしまえば目の前にまで来た【侯爵家】というブランドに傷がつく事が問題だと迷ったのだ。
ルシェルがオレリアンを嫌っている事も、オレリアンとの婚約で不条理を味わっている事もオランド伯爵には関係がなかった。貴族の家に生まれた【女は道具】としか見ていないからである。
道具は道具。痛めば直せばいい。オレリアンとの子供が出来れば実の娘であるルシェルでさえ無用の長物なのだ。
「少し考えさせてくれ」
「卒業まであと1か月もないのです。手短にお願いしますわ」
部屋を出ていくルシェルの後姿を見て「男であれば」と何度思った事だろう。
学園に入った頃はまだ幼いと思っていたが、オレリアンと婚約をさせてからは蛹が蝶に孵化する進化を遂げた。
オランド伯爵は小さく溜息を吐いた。
オレリアンの隣にはブリジットが寄り添うように立っている。
近づくなと言われなくても侯爵以上の貴族の気配がすれば回避していたくらいだ。呼び出された事に嫌悪感しか抱かなかったが、行かないと言う事が出来ない悔しさに拳を握った。
「言っておきたい事があるんだ」
「なんでしょうか」
「間もなく卒業だ。僕は足掻いてみたがどうやら君を妻にするしかないようだ」
「そのようですね」
――何が足掻いたよ…遊んでいただけじゃないの――
喉元まで出た言葉を、引き攣った笑顔でルシェルは飲み込んだ。
「ブリジットが誰に嫁ごうと僕たちの愛は変わらない。君を愛することはない。結婚をすれば関係が変わると思われていたら心外だ。先に伝えておこうと思ったんだ」
「そうですか。私は構いませんけど」
「物分かりが良くて助かる。君を抱いて子を作るくらいならどこぞの娼婦に産ませても気持ち的には変わらないが、何より君とまぐわうなんて…身の毛も弥立つよ」
ブリジットの腰に手を回しながらだったから、男として格好をつけたかったのかも知れないが、流石にその発言を盗み聞きしていた貴族子息たちはオレリアンに苦笑いをした。
間も無く王立学園を卒業する彼らは、未だに「学園恋愛ごっこ」が続くと思っているオレリアンを好奇の目で遠巻きに見ている。オレリアンはその視線を背に受けているが、向かい合ったルシェルは卒業すればこの視線が自分にも向けられると思うとゾッとした。
そんな視線に気が付かないオレリアンもブリジットも大したものだと思いつつ、話はそれだけかと戻ろうとしてまたオレリアンの声を聞く事になった。
「卒業後なんだが、俺は文官になるから」
「ご勝手に、と言いたい所ですがそれは婚約の規約に反するのでは?
婚約の規約ではレスピナ侯爵家を継ぐのはオレリアンの7歳年上の兄トリスタンだったし、オレリアンは次男である事から学園を卒業と同時にオランド伯爵家に婿入りをして2、3年後に分家を立ち上げ、オリーブ商会の子商会を任される予定だった。
「直ぐに商会の仕事は無理だろ?数年、そうだな4、5年は文官として出仕して外の世界を知る方が大事だ。成り上がり貴族のオランド伯爵家には教えてくれる者がいなかったのは不幸だと思うがね」
「お話はそれだけですか?」
「あぁ。長く話をしても君には理解できないだろうしね」
――あなたの頭の中身を理解できるのは隣の令嬢だけよ――
言いかけた言葉を苦笑で飲み込む。
「では、わたくしはこれで失礼しますわ」
オレリアンはオリーブ商会の経理の仕事ではなく王宮の文官の仕事をしたいと申請すればだれでもなれる初級文官となると言った。
その時点でルシェルはオレリアンを見限った。
結婚生活に夢を見るのはとうに諦めていたが、卒業し性根を叩き直せば使い物になるかと思っていたがどうやらそれも見通しが甘かったのだとルシェルは完全にオレリアンを見限ったのだ。
誰でもなれる初級文官の給与は休日も出仕して5万ソルあるかないか。
何をするかと言えば【雑用】で学のない平民が経験を積んでいく場だからである。
そこでは仕事は与えられるものではない。
日頃の業務の流れを読んで、自分で仕事を取りに行くのだ。
その為に業務の内容を覚えるため、ゴミ箱に捨てられた書き損じを「初級文官」は読み解く。より出来る上司の元で顔を覚えて、名を覚えてもらうために「雑用」をこなし、認められれば臨時で「課」もしくは「班」に組み込んでもらえる。
学園を卒業すると言う事は中級以上からスタートするのが当たり前。その上オレリアンは経営が傾いていても侯爵家の子息。ただそこにいれば給料がもらえると踏んでいるオレリアンに未来はないと見限ったのだ。
「お父様、オレリアン様はいずれは侯爵家を出る身。あのような為体で分家と言えど伯爵家の子会社を任せられるとは思えません」
「うむ‥‥そうだな」
オランド伯爵は迷った。
正直な所、オレリアンに子会社を任せるつもりは全くなかった。
学業が振るわないのも承知の上での婚約である。
欲しかったのはレスピナ侯爵家の【侯爵家】という肩書で姻族になる事で事業拡大を狙っていた。
平民から男爵、子爵、伯爵と順調に階段を上がって来たが、伯爵から上の爵位となれば王家の血が入る。そうなれば国内だけでなく諸外国にまで事業拡大が出来る。
国内の事業でも後世に名を残す大きな事業となれば公爵家、侯爵家が頭となった事業。そこに参入するには下につくしかない。姻族関係を結びルシェルがオレリアンとの子をもうければそれを足掛かりにして侯爵家を乗っ取るために融資もしていた。
既に融資の額はレスピナ侯爵家が返済できる限度いっぱいまで来ている。
その時に身内が内側にいれば事が進めやすい。
【その為の布石は既に打っていたのだから】
オランド伯爵が迷ったのはオレリアンの出来の悪さではない。
「初級文官」を選んだ事で、そこでミスを犯してしまえば目の前にまで来た【侯爵家】というブランドに傷がつく事が問題だと迷ったのだ。
ルシェルがオレリアンを嫌っている事も、オレリアンとの婚約で不条理を味わっている事もオランド伯爵には関係がなかった。貴族の家に生まれた【女は道具】としか見ていないからである。
道具は道具。痛めば直せばいい。オレリアンとの子供が出来れば実の娘であるルシェルでさえ無用の長物なのだ。
「少し考えさせてくれ」
「卒業まであと1か月もないのです。手短にお願いしますわ」
部屋を出ていくルシェルの後姿を見て「男であれば」と何度思った事だろう。
学園に入った頃はまだ幼いと思っていたが、オレリアンと婚約をさせてからは蛹が蝶に孵化する進化を遂げた。
オランド伯爵は小さく溜息を吐いた。
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