お待ちください。宰相閣下!!

cyaru

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エリックの隠し事

クラリス・タッド・ルテシアは震えている。
目の前には正座をするエリック・ディオン・ヨハネス。宰相をしている男だ。

「いいですか!」
「はい…」
「泣いてもダメです!」
「でもっ」
「でもではありません!返事ははいっ!」

こうなった原因。時間を巻き戻してみよう。(キュルルルルル…‥‥テープかっ?!)






クラリスに辞令が下りて宰相専属となって3週間目の事である。

着用する順番通りに下着から並べていくのであるが、一昨日はシャツ。昨日は靴下。そして今日は下着。全てが新品であり、それらはまだ包装をされたままで値札もしっかりと付いている。

シャツは全てテーラーメイド品なのでエリックにぴったりフィットするように作られている。
靴下のサイズが27センチだった事に驚いてはいない。至って標準である。
下着がローライズブリーフだった事もさしたる問題ではない。

問題なのは【洗濯物がない】という事であった。

昨日に着用したと思われる洗濯物がないのである。


「おや?」と思ったのは役目を終えた清掃係を見た事であった。
彼らは職務に忠実。タオルなどを新しい物と交換をしていく。そう!【交換】をするのだ。
着用していた衣類や使用済みリネンは【回収して洗濯】その後洗濯係によって丁寧に洗われて仕舞われる。
一般家庭と変わらないサイクルのハズなのである。

違うのは、個人の私物である衣類と、支給品であるリネン。
見た所、【支給品回収】とかいたカートには使用済みリネンが入っている。
仮眠室を利用した職員もいたのだろう。白いシーツが押し込まれている。

しかし!戻っていく彼らは使用済みタオルも洗濯する衣類も持っていない。
決して盗みをしたと疑ったわけではない。

思い切って声を掛けてみる。

「あの、すみません」
「どうしました?ルテシア女官」
「勘違いなら申し訳ないのですが、昨日閣下がお召しになっていた衣類はどちらに?」
「衣類ですか?それは閣下がご存じかと思いますか」
「えっ?回収してお洗濯をされるのではないですか?」
「いえ、回収をした事はないですね。いつも配給品を置くだけの一方通行、片道切符です」

「なんですって?」

湯殿を清掃する係は【交換】ではなく【配給】をしていたのだ。



「おや?」が「まさか?」に切り替わった。
クラリスはふと考えた。洗濯物がない‥‥そう言えばここ数日は新品の包装を開封する事が多くなった。
出来れば一度は水洗いをしてほしいものだと頼もうかと思っていたほどである。

廊下からの入室では昼の時間帯、務めている次官などに怪しまれる。
その為、自室から閣下のプライベートルームへの扉を開ける。
丁番にク●556を使用したおかげで、キィキィと音もせずに扉が開く。

扉の框(かまち)の部分に艶が足りない。
木製品専用艶出しワックスが必要だが今はその時ではない。

ハンドルレバーも1年以上に渡り、ゴミに触れていた部分が変色をしている。
交換をせねばならないが、こちらも今はその時ではない。

カチャリと扉を開けると、主であるエリックはまだ執務中である。無人の部屋は広く感じる。
クラリスの徹底した清掃状態を今なお保っているのは、毎朝エリックをクラリスが起こしているからだ。


今朝の事を思い出してみる。

「閣下、起きてください。6時50分です」
「キスがご褒美なら起きるけどなぁ」
「えぇ。朝食は白身魚サンド。白身魚はシロギスです。キスですね」


魚じゃないんだけどというエリックの呟きを消すために窓を開放し風を入れる。

「さぁ!起きてください!」
「はいはい…判りましたよ。あぁぁ疲れたなぁ」

――起きたばかりで目をこすりながら言うセリフではない!――

「順番に着ればいいのかい?何も服を着なくても良いと思うが」
「いえ、普通は服を着て仕事をするのです。あっと、勿論食事も!」
「仕方ないね。そうするか」
「ちゃんと並べた順番に!ですよ。裏表、前後ろもその通りに!わたくしは朝食の用意をしてきますので、服をお召しになったら食堂にお越しくださいませ」

そう言って‥‥部屋を出た。ほどなくしてエリックが食堂に来る。
念のために部屋を覗きに行ったが全裸で寝ているため脱ぎ散らかした物はなかった。

なかった‥‥

なかった……

なかった‥‥

そうなのだ。確認をしたのは湯殿を出てから朝までの間に脱いだものがなかった事なのだ!




総合して考えてみると、その後、清掃員が洗濯にと回収する衣類はない。

――なら!昨日着てた服は何処に行ったの?タオルは?――

誰も持ち出していなければ部屋にある筈である。
クラリスは捜索を始めた。クラリスに与えられた時間は昼休憩の残り8分である。
考える事に時間を使ってしまった。早く捜索をせねばならない!

先ずは寝台を見る。きれいにベッドメイキングされていて寝台の下には紙1枚も入らない。
寝台がベタ置きだからだ。持ち上げるには成人男性5、6人は必要だろう。
この下に衣類を隠す事は不可能である。

衣類の入っている引き出しを確認する。ここは朝、今日の着替えを取り出したところでもある。
試しに開けていない引き出しの中も見てみるが、タグや値札もそのままついた新品が幅を利かせている。

クラリスの眉がピクリと動く。

汚れもの出さない→着るモノがなくなる→買う このサイクルだ!

大掃除完了時に大量に出た下着類などを10枚ほど洗濯に出したのは覚えている。
それがここ数日ちゃんと係によって引き出しに仕舞われていて使っていたのだが、その下着…あれから見ていない。何故だ!?【隠したか捨てたか】である。

そしてクラリスはクローゼットの前に来た。

「こちらは陛下のお隣で公務を行う際のスーツを入れておきますね」

そう言ってクラリスは【非日常】で使用する衣類を仕舞ったのである。
禁断の扉を開ける。心の中は複雑である。ありそうな気がする。だが!まさか子供じゃあるまいし。


【子供だった】


赤点の答案用紙をランドセルの滅多に使わないジッパー付きの部分に押し込んでいる。
食べられなかったパンを机の中に入れて奥にギューギュー押し込み屑にしている。
学校の帰り道で大人専用雑誌の袋とじが水分を含んでボワっとなっているが思わず【乾いたら読んでみよう】と物置小屋の床下に隠す。

【子供と思考が全く同じだった】

着ていた衣類、使用したタオルなどクラリスが片付けた物以外が押し込まれていた。

【こうやってゴミ屋敷が形成される】

クラリスはそっと扉を閉じる。そっと閉じる動作と裏腹に心の中はお仕置きモードである。



そして冒頭に戻る。

少々残業はあったが、夕食を終えて部屋に戻ってくる。

「今日もありがとう。執務がとても捗ったよ」
「それはよぅ御座いましたが、少々お聞きしたい事が御座います」
「えっと…何か…怒ってるとか…見つ…けた…とか?」

明らかに不自然なエリック。目の前でギロリと睨むクラリスだが、腰に置いた手の角度にキュンとする。

「えーっと…先に湯あみでもしてくるよ」

三世代ほど前の泥棒のような抜き足差し足忍び足で湯殿に逃げようとするエリック。

【お待ちください!!宰相閣下!】

「はいぃぃ」

漫画のような直立不動。流石である。心のどこかに後ろめたい事がありますと行動で白状している。
ガチャっと開かれるクローゼットのドア。室温19度。快適なのにエリックの汗が止まらない。
切なさも、フゥ!止まらないっ!

「ご説明を頂きたく存じます」
「いや、あの‥‥怒るかなと思って…」
「誰が!何に!怒ると言うのです?」
「だってほら…汚れものとか見せたくないし、折角掃除してくれたし」

「閣下、これがあのゴミ部屋への第一歩となるのです」
「えっ?でも部屋の中じゃなくクローゼットの中だけど」
「お黙り!」
「はいっ。口チャックします!(ビシィ!)」

仁王立ちになるクラリスだが、やはり腰に置いた手首にキュンキュンするエリック。
火照る顔と、冷たくなる背筋。交感神経がもうスクランブル交差点である。

「洗濯物は洗濯するから洗濯物と言うのです」
「そうです。はい」
「汚れるから洗濯をするのです。隠せば物が減ります。新しく買えばいいと言うものではないのです!配給品は税金です。無駄は許しません。いいですか!」

「はい…」
「泣いてもダメです!」
「でもっ」
「でもではありません!返事ははいっ!」
「はい」

全裸のエリックなど見慣れたものである。湯殿で服を脱ぐのを手伝うクラリス。
しかし!

【お待ちください!!宰相閣下!】

服を脱ぐとそのまま湯殿を出て行こうとするエリック、勿論全裸である。
着ていた服は全てクラリスが回収して手元にある状態。

「何故湯あみをされないのです?」
「え?いつも服を脱いでるだけ…あ、その後その服を隠してただけだけど?」

勤務初日から湯あみをしていない事が判明した瞬間であった。
強制的にエリックを湯につける。あっという間に色が変わる湯。

――閣下本人が入浴剤。硫黄の香りなの?――

クラリスはエリックを洗濯した。そう、洗う程度ではなく【頑固な汚れ】を落とす洗濯である。
その日からエリックの湯あみまでする羽目になったクラリス。

「閣下、歯磨きはされてますよね?」
「磨いた事はないけど、モン●ミンはしてるよ」

少しだけ安堵したクラリスであった。
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