氷の軍師は妻をこよなく愛する事が出来るか

cyaru

文字の大きさ
3 / 24

指導という名の虐め

しおりを挟む
「結婚してくれてありがとう」

そういってアポロン様は結婚1年目の記念日に瞳の色と同じ赤い石がついた指輪をくださったのです。

「システィアナ…いや、ティーと呼んでもいいかな」
「はい。アポロン様だけの呼び方なので間違いませんね」
「俺だけ…うっ…」
「どうなさいました?」

大きな手で口を覆って、もう片方の手で胸を押さえお顔も真っ赤になってしまいました。
日中は熱かったので今になって火照りがぶり返しているのかも知れません。

「来週からは本宅に移るが、のティーでいいから無理をせずに」
「はい。楽しみですわ」

「母上たちが少々五月蠅いと思う。公爵家のやり方がどうとか言うが悪気はないんだ。古き良きを受け継いでいるだけだから肩の力を抜いてやってくれればいい」

「判りましたわ」

体を繋げない日は、月のものの時だけでその日はお腹に大きな手を当てて温めてくれるのです。
背中も温かく、お腹に置かれた手のまた温かい事。とても幸せでした。




「本日よりよろしくお願いいたします」
「まぁまぁね。お茶を淹れてみて」
「母上、今日は初日だろう。疲れているんだ」
「ふぅ~。まぁいいでしょう。甘やかしてばかりだと困るのはこの子よ」

お義母様は少しだけ怖い気がしましたが、アポロン様が言うように公爵家のやり方を教えてくださるのですし、公爵夫人となるからには失敗は出来ません。わたくしも甘えは控えようと思ったのです。



翌日からアポロン様はご出仕されると部屋で過ごす事はあまり出来なくなりました。

「ねぇ、あなたその歩き方なんとかならないの?」

お義姉様に注意をされてしまいます。静かに歩いているつもりなのですが足音が凄くて昨夜は地震かと思ったと言われてしまいました。

「申し訳ございません。静かに歩くよう心がけます」
「心がけるだけじゃダメよ。見てあげる。歩いてみて」
「はい」

ゆっくりとつま先にも注意しながら歩いたのですが、向う脛を扇で叩かれてしまいました。
ガクリと膝を折ってしまい、床に手をついて倒れてしまいました。

「何をしてるの?!信じられない。床に手をつくなんて!」
「も、申し訳ありませんっ」

お義姉様のご指導はとても厳しくて向う脛を叩かれたのは最初の1回目だけでしたが、次の日からアポロン様をお見送りするとお帰りになるまでずっと歩く練習の指導をして頂きました。
足の指も感覚がなくなりふらつく事も多く、それでは公爵夫人として公爵家が恥をかくと言われ、わたくしは汗だくになって言われるがままにご指導頂いたのです。

「どうした?足が痛いのか?」
「あ、いいえ。少しだけです。大丈夫ですわ」
「どれ。見せてみろ‥‥かなり赤いな…無理をするな」
「はい。でも多分もう少しだと思うのです」

歩き方がなっていないと告白するのは恥ずかしくて言えなかったのです。



「ねぇ、その食べ方。何とかならないの?食欲が失せてしまうわ」

昼食時になるとアポロン様のお義妹様に注意を受けてしまいます。
年齢的にはわたくしの方が下ですので、お義姉様にはなるのですが一度「お義姉様」と呼ぶと「それは貴族の間では嫌味になるから止めなさい」と注意をされました。

「貴女の食べ方、音がして汚らしいのよ。音はさせてはだめよ」
「はい、申し訳ございません。注意します」
「口では何とでも言えるの。周りの迷惑を考えないと公爵家が恥をかくのよ」
「はい」

そっとすくい、ゆっくりとスプーンを上げて口に含むのですがどうもよろしくないようです。
お義母様やお義姉様も時折「チュッ」「ペチャ」と音がしている気もするのですが、わたくしの立てる音はかなり大きいようでパンの千切り方、サラダの食べ方、ナイフの扱い方もなっていないと注意を受けます。
夕食時に注意がないのは【昼間の指導が出来ているかテスト】だと言われ、翌日の昼に結果を伝えられるのです。

「今日の夕食は嫌いなメニューだったのか?シェフに伝えておくが」
「いえ、そうではないのです。今、食べ方を教わっているのでゆっくりなだけですわ」
「食べ方?十分綺麗な所作だと思うが何がダメなんだ?」
「うーん…それが判ればわたくしも注意してカトラリーを使えるのですが」
「気にするな。ティーは痩せて細いんだから先ずは食べる事が大事なんだ」

数か月する頃には、わたくしは【食べる】という事が怖くなってしまい、口に入れると戻してしまいそうになるのを必死で飲み込む事が多くなったのです。




「この観劇のチケット。取っておいて下さらない?」
「王都で流行っている恋愛劇ですか…完売だと聞きましたが‥」
「聞いただけでしょう?ちゃんと確かめたの?」
「いえ、確認をしたわけではないです」
「なら、取っておいて。3日の11時のが良いわ。他は予定がつかないから」
「取れるかどうかはお約束できな――」
「取れるかどうじゃないのよ?取るの。いい?貴女の意見は今、必要?」
「いいえ。差し出がましい事を申しました」

ですが、使用人さんに頼んで馬車を出してもらい、劇場に行ったのですがやはり完売。
その日の分だけではなく、千秋楽までどの時間も既に売り切れなのです。
その事を伝えるのですが「話をちゃんと聞いていましたの?」と【取る】事が大事で、こんな場合にどうするかというのが公爵夫人の度量で試されているのだと言われてしまいました。

どうしたものかと思いましたが、実家となるセリーヌ伯爵家に行き、ルーベルお義兄様にお願いをしてみました。ルーベルお義兄様は直ぐに劇場支配人と連絡を取ってくれて、本来は空きとしている予備の座席を3席取ってくださったのです。

「お義母様、チケットで御座います。楽しんできてくださいませ」
「あら、やればできるじゃない。当日はよろしくね」
「えっ…あのわたくしの席は無くて―――」
「どうして私が貴女と観劇しなくてはいけないの?恥ずかしい…」
「では、どうすればよいのでしょうか」
「そんな事は、この足らない頭で考えなさい。何でも教えてもらえると思ったら大間違いよ」

またもやどうしてよいか判らず、わたくしは別邸のメイド長にお聞きしました。
馬車の用意や当日のお小遣い、お義母様たちの側付侍女に当日の装いをお願いしたのです。

ですが、当日お義母様達が行かれたのは観劇ではなく子爵家のお茶会でした。
前もってその日は子爵家のお茶会が10時半から始まり、お義母様の詩の朗読がメインなのだそうです。観劇だけではなく他の予定とブッキングをしていないか調べるのも公爵夫人の務めだとまた叱られました。

「どうした?元気がないな」
「いえ、ちょっと疲れてしまったのです」
「疲れた?何でも言ってくれ。顔色も悪い」
「その‥‥こんな事を言っていいのか…」
「出来る事は何でもするから、気にせずに言ってくれ」

本宅に来て半年の間、アポロン様がお仕事に行かれている間の事をお話したのです。
勿論、わたくしに足らない部分があった事は認めて、それもお伝えしたのです。

「なんてことを!ただの嫁いびりじゃないか」
「わたくしも足らない所はあるのです。ただ少し疲れてしまって…」
「やらなくていい。次にやれと言われたらやらなくていい」


激昂してしまったアポロン様はそのまま寝室を出て行くと、サロンでまだ寛いでいるお義母様達の元に行ってしまいました。聞いた事がないほどの大きな声でお義母様たちに言ってくださっているのが聞こえてきます。
居た堪れなくなり、サロンに行ったのですが大きな手で包んでくれるアポロン様と対象に、お義母様達の冷たい視線がわたくしに突き刺さったのです。
しおりを挟む
感想 199

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

波の音 傷ついた二人の間にあったもの

Rj
恋愛
妻のエレノアよりも愛人を選んだ夫が亡くなり海辺の町で静養していたエレノアは、再起不能の怪我をした十歳年下のピアニストのヘンリーと出会う。二人はゆっくりお互いの傷をいやしそれぞれがあるべき場所へともどっていく。 流産や子を亡くした表現が含まれています。 本編四話に番外編一話を加え全五話になりました。(1/11変更)

処理中です...