氷の軍師は妻をこよなく愛する事が出来るか

cyaru

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皇帝の怒り

★この回はアポロンの視点です。

◆~◆~◆

長い回廊を兵士2人を先頭にしてゆっくりと進んでいくと大広間に繋がる豪奢な扉が見える。しかし先導する兵士は体を90度回転させるとその先へ向かって足を進めた。

一見すれば大広間への控室とも見える位置にある扉を2人の兵士が片方づつ開けると、扉の先には皇帝陛下バッファベルトが不機嫌を隠す事もなく長い足を放り出すように軽く重ね合わせ、トントンと爪で刻んでいたリズムを止めた。

長い付き合いでよく判っているが、爪をテーブルにコツコツ、トントンとする時はかなり苛立っている時で、その機嫌は悪くなる事はあっても良くなることはない。
その上今回はバッファベルト皇帝の隣には、鎮座する夫以上に殺気とも言えるオーラを纏って薄く微笑む皇后陛下まで揃っていた。

「陛下、エンデバーグ公爵をお連れ致しました」
「・・・・」

目線だけで判ったと返事をしたバッファベルト皇帝の前にゆっくりと歩き、定位置に止まった俺は片膝をついて胸に右手をあてて頭を垂れた。

ティーがいなくなった日から降り始めた雨は、未だ止む事を知らないかのように広大なリガール帝国の大地に打ち付ける様に降り注いていた。
時折閃光が空を走り、轟音がガラスを揺らせる。

「何故呼ばれたか…判っているな」
「はい」

沈黙の中、聞こえるのは激しく窓や壁に打ち付けるような横殴りの雨の音。
そして唸るような低音でゴロゴロと聞こえる空の神の怒りの声。

「お前の母が、姉が、妹が‥‥何をしていたか判っているという事か」
「はい」
「知っていて尚、その中に我が妹システィアナを逃がすことなく放り込み、甚振り続けたか」
「それは違います」
「何が違うと言うの!」

皇后陛下エルカオーネ様が立ちあがり、ブルブルと扇を持つ手が震えていた。
カツカツとヒールを鳴らして近寄ると、手にした鉄扇で頬を張られた。
抉るような痛みに、頬が裂け一直線になった傷口に血が溢れ、そして顎を伝って床にポツポツと落ちた。

「聞けばっ!聞けば…頭を怪我しているというではないか!そんな状態でよくもこの雨の中1人放り出し…そなたはのうのうと!何をして居った!子が腹におると聞いたっ!どうしてそんな非道な真似が出来たのっ」

エルカオーネ様の扇が再度振り下ろされ、流れ出る血が飛沫となってドレスにも飛び散っていく。何度目か振り下ろされた扇が額に当たり部屋の隅に飛んで行った。

「皇后、そいつにはまだ聞く事がある」
「口惜しいッ!一言っ…一言あれば如何様にもしたものを…」
「申し訳ございません」
「口を開くな!痴れ者めがっ!」
「皇后!!」

また窓の外に閃光が走り、轟音が部屋を揺らしていく。
床に付けた片膝に血が落ち、白い隊服に色を付けていく。

「教えに背いた父の過ちではあったが戒められるは我が父。世に生を受けたシスティアナには何の咎もない。ただ15年と言う月日システィアナには家族がいなかった。幼き日より見てきたお前ならと…自分の目がこれほどまでに節穴だったと、お前に教えられるとは思わなかった」

ゆっくりと椅子から立ち上がると降りしきる窓に近づいて真っ黒な雲で覆われた空をバッファベルト皇帝は見上げた。俺は拳を手のひらに爪が食い込むほどに握りしめた。

「1年目の結婚記念日にお前がくれたという指輪を見せてくれた」
「はい」
「とても嬉しそうで…困ったことはないかと聞くと何と言ったと思う」
「・・・・」
「お前がアスパラガスが好きなのだが、上手く育たないと言った」
「えっ…」

「他にはないかと聞いたらなんと答えたと思う」
「判りま‥‥せん」
「もうすぐお前の母と同居になるのが嬉しいと言った」
「えっ‥‥」

「家族が一緒に住むという事が嬉しいと、だが困った事に私がお前をこき使うから家族3人で過ごせる時間が少ないかも知れないと言っていた」

体を反転させて窓に背を向けたバッファベルト皇帝の怒りを表すかのようにまた閃光が走った。

「知っているか?システィアナが付いていきますと言った使用人に言った言葉を」
「申し訳ございません。存じません」
「そうか…家族は手放してはいけない…そう言ったそうだ」
「家族…」

「お前たち親子がどう思っていたかは知らんが、システィアナには15年間家族がいなかった。父が死の間際に残した言葉に私は義妹を探した。突然変わった生活だったがシスティはいつも笑っていた。お前に嫁げと言った時、幸せになって欲しいと言ったら、幸せだと言って笑った」

「陛下っ!私はっ!」

ドーン!ゴロロロ…稲光を背にバッファベルト皇帝は俺を射殺さんとばかりに睨みつけていた。初めて見るそんな目線に言葉を飲み込んだ。


「お前に託した事をこれほどに後悔するとは思いもよらなかった」
「申し訳…ございません」
「お前の謝罪で何が変わると言うのだ。システィアナがそんな境遇だったと知った私の!兄としての私の気持ちがお前に判る筈もなかろう!!」

テーブルの上にあった花瓶を投げつけると同時に窓の外を稲光が走る。
投げられた花瓶は俺の肩に当たって跳ね返ると幾つかの破片となって生けられた花が飛び散った。

「もうよい。下がれ。捜索は直属部隊にさせる事にする」
「いえっ!捜索は私が!私が責任をも――」
「うぬが今更何を抜かすか!」

同時に腰から抜いた剣が隊服の胸を真一文字に切り裂き、勲章の下半分がパラパラと床に散った。

「手間をかけるな。次は蹴り飛ばす」
「構いませんっ。ですが、妻を!システィアナを探す猶予をくだ――」
「くどい!」

「お願いですっ。全ては私の責任です。必ず、必ずや見つけ出し私は詫びねばならないのです」

「それはお前の事情だ。この上お前の要望をまだ受け入れさせるつもりか」

「それでもっ!それでも私は――」

ガッ!! バッファベルト皇帝の蹴りが俺の言葉を千切り取った。

「寝言は寝て言え。お前如きに時間は裂けぬ。居なくなって5日だ。身重で頭部負傷…殺す気か?」

「グホッ…陛下…お願いで…す」
「しつこい。次に口を開けばその腹を裂き臓物を引きずり出す」
「グボッ…」

再び横腹に蹴りを叩きこまれ、俺は不覚にも腹を庇い床に転がった。だが、そのままの姿勢でいる事は出来ずなんとか片膝を付き、頭を垂れるが、そんな俺のわきを皇帝陛下、皇后陛下は一瞥もくれずに通り過ぎた。

背中で遠方に向かう捜索隊を編成しろという声が聞こえる。

「うぐっ…ふぐっ…うぅぅ…」

部屋に聞えるのは激しく打ち付ける雨音、そして俺の嗚咽が漏れる音だけだった。
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