聖女じゃなくて残念でしたね

cyaru

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第14話  ここ、いいかも

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ガタゴトと揺られる幌馬車の旅。毛布を分けた事も良かったのか同乗している客の2人とは話が弾む。

揺れない訳ではないけれど、衝撃は毛布の下に更に綿花を敷き詰めた厚さが5cmほどある敷布のようなものも敷いているので衝撃はかなり緩和されて喋っても口の中を噛む事が無い。

「そのファムリ村はそんなに薬草があるんですか?」
「あるなんてもんじゃないよ。薬草しかないと言ってもいいかもな」

しかし立地に問題があり、薬草が採れても他の領に運ぶ術がない。少量を背中に背負って行商に出るが特殊な薬草なので日持ちがしない。王都に運ぶまでにダメになってしまうので商売にならないと若い者は村を捨てていく。

今では廃村となり誰も住む事のない空き家だらけになってしまい、手入れをされない薬草は育ちすぎて毒草になってしまっていた。

毒草と言っても、効果が半端なく強いので今までと同じ量を使ってしまうと致死量になってしまうだけ。薬草を知っている者にはまさに宝の山にしか思えなかった。

話を聞いて驚いたのは王宮の書庫にあった300年以上前の古い文献にしかなかった薬草もあるということ。

教会の畑でも育てていた ”ききそう” は通常は苗。収穫できる頃には茎も出来て野菜のように育つので、収穫後は引きぬいて洗って乾かし、煎じればその茎も痛み止めになる。

しかし ”ききそう” を放置していると大変なことになる。ハーブと同じで種をまき散らすのでその辺り一帯に ”ききそう” が生えてしまう。
細く小さな根っこを地中に張り巡らせるので種の袋があるうちに引き抜くのだ。

これを放置に放置を重ねると張り巡らされた根っこで栄養が行き届かなくなり、所謂共食いが始まる。近くにある ”ききそう”から養分を吸い取り、勝ち残った ”ききそう” は更に成長を続けて ”キキス” になるのだ。

そう、木になってしまうのである。

文献によればその樹液は ”ききそう” の効果の50倍はある効能がある。しかし、過去に会った大陸の魔法戦争で ”キキス” は兎に角採取されまくり無くなってしまった。

育てることは出来るのだが、樹液が取れるようになるまでには100年以上かかる。
大陸から絶滅したと思われていた ”キキス” がある事にウェンディの目はキラっと光った。


――ファムリ村かぁ。廃村になってるならいいかも――

それにファムリ村は最初に考えた国境添いではないけれど、王都からは完全に外れている。過去に人が住んでいたのなら生活用水とする川もあるはず。旅人に聞けば「今もあるかは判らない」と言っていたが、やはり小さな川があったはずと言った。

大河に流れ込む支流の支流のさらに支流。小さな川でも源流に近いので水質も問題なさそう。

――よし!決めた。ファムリ村にするわ――

さらに幸運なことに山を越えなければならないが隣の村は街道が付いたので交易も盛んになっている。

「山を越えるのには10日くらいかかるんでしょうか?」
「いやいや、帰りはそうだなぁ…3日はかかると思うが行きは船さえあれば川を下って2時間だよ」

なんてツイてるんだろう!
ならば10日から2週間日持ちをする薬を作って売りに行けば生活費も稼げる。帰りは急ぐ必要ないので山を越えればいい。

が、ふと考えた。

「行きに船を使ったら次に行く時は船が無いわよね」
「お嬢ちゃん面白い事を言うね。確かにその通りなんだが、昔は丸太を船代わりにしてその丸太も売ってたらしいよ」

――フォォォ!!その手があったわね――

櫓で漕ぐ船だと思っていたが、丸太なら行く時にそこそこの木を切り倒せばいい。木は水に浮くので後はバランス。練習は必要だろうが生活のため!生きるため!となれば何とでもなるモノだ。
そうやってファムリ村の人は今は廃村だとしてもずっとファムリ村で生きてきたのだから。


で、残った問題はあの2人だ。
そう、ポールとピエールである。

予想通り「危険です!」と言うのだが、人間より獣の方が多いであろう廃村の何処が危険なのか。普通に考えれば危険しかなくてもウェンディは「人間ほど怖いものはない」と思っていた。

自分たちが楽で居ようとするためにウェンディを囲い、子爵家と言うだけで蔑んだ。
講師たちだって「子爵家の分際で素質を与えられるなんて図々しい」と明らかに体格差のあるウェンディに暴力を向けてきた。

人間は知識があり、他に喜怒哀楽の感情があるから動物より優れていると言われているが、感情を理性でコントロールできず、変に知識があるからこそ一番危険度も高く厄介で怖い生き物。

「他に誰もいない。私はそこに活路を見出したの!」
「聖女殿…」
「ダメだとあなた達が言っても私は行くわ。だって私が決めた事だもの」
「判りました」

――あら?素直ね?――

もっと反対をされるかと思ったが、ポールとピエールはウェンディの決めた事にはそれ以上の反論をしなかった。

途中下車となるが、モーストンまでの残りの旅費は清算をしてもらえる。
しかし、降りた場所には店もなくこの先、金を使う用事もない。当面の生活費なら隣の村に薬を売りに行けば食べる分くらいは稼げる。

「これはあなた達が使って」
「聖女殿、しかしこの金は!」
「いいの。イノシシやシカに渡したって意味ないでしょう?」

ファムリ村へ最も近い分岐点で馬車を降りたウェンディは余計な荷物はない。
ゆっくりと動き出した馬車。幌でポールとピエールの姿は見えないけれど、同乗客だった2人はずっと手を振ってくれた。

「よっし!!ファムリ村へGOGO!GO!GOGO!」

小ぶりなトランクを持ち上げると軽い足取りでウェンディは「たぶん道」と思える山道を歩いて行った。
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