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第27話 無鉄砲で無計画は不要
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時は少し遡る。
クリストファーは一度は心が折れそうになったが部屋の中に転がるありとあらゆるものを使って鉄格子を削った。なんと4カ月以上に渡って地味に削り続けたのだ。
その間にもう形どころか削る事で粉クズになったカトラリーの数は50を超えた。カトラリーだけではなく割れた花瓶の破片やガラス片、寝台の木枠。色んな物を使って兎に角削った。
その執念は「ウェンディに会いたい」ただそれだけだった。
最後の1本。鉄格子はただの鉄ではなく、芯の部分により固い素材を使われていたので15カ所ある鉄格子を地味に削るのにも工夫が必要だった。
全てを削りきる前に削っている事がバレれば別の反省室に移動させられてしまう。そうなれば苦労が水の泡。全てを均等に削っていると廊下側の扉の向こうから声が聞こえた。
「来週当たり陛下が来るんじゃないか?」
「いよいよだな。殿下も憐れだよな。本物の傀儡…いや木偶になるんだからさ」
情けない話だが国王でもある父親は権力さえあれば何でも許されると考えている。
だから第1王子が立太子をしても代替わりの話が未だに出ないのだ。
サラを聖女としてウェンディを追放した国王を例え父親だとしてもクリストファーは許す気になれなかった。
「急がないと…腹をすかしてないといいんだが」
気に掛かるのはウェンディの事ばかり。親とも引き離されて17歳の女の子が1人で生きていけるほど世の中は甘くない。暴漢に襲われれば一溜りもないだろう。
泣いてないだろうか。
雨に濡れてないだろうか。
転んで痛がっていないだろうか。
脳裏に浮かぶのはこんなにも好きで好きで堪らないのに心とは反する言動を取ってしまったこと。
僕のことはもう嫌っているかな、だとしても一言でいい謝りたい。少しでいい。元気な姿を見たい。
従者の声を聞いた後、クリストファーは懸命に残りの芯の部分にナイフやフォークをあてて削った。
そして深夜。最後の1本の鉄格子が切れた。
削る振動で鉄格子が外に落ちて大きな音をさせないようにシーツを裂いて作った紐を解き、小さくガタガタと揺らすと鉄格子は外れた。
「やった…外れた」
開けた空間に顔を突き出してみれば下から巻き上がってくる夜風にクリストファーの髪が揺れた。
「ざっと…22、23mってところか…途中までシーツでロープを伝った方が無難だな」
独り言ちて窓から寝台を振り返った時だった。
「ロープより、このローブの方が役に立つと思うけどね」
暗がりでもよく判る。その声とうっすら見えるシルエットはクリストファーの異母兄であり王太子だった。
「あ、異母兄上…なんでここに・・・」
「窓から飛び降りれば足が折れて歩けなくなる。手間のかかる異母弟の巣立ちを応援しようと思ってね」
王太子は毎日毎日、ごそごそと窓際で何かしていれば気が付くよと小さく笑った。
高い位置にあるので城の庭、特に王太子宮のある方角からはクリストファーの様子がよく見えた。
「散々に好きな子を虐めておいて、どんな顔をして会いに行くのか。その瞬間を見たい気もするけど掃除が大変そうだからやめておくよ。そこまで下世話な話が好きな訳じゃないしね」
「異母兄上、何をしようとしてるんだ?」
「何ってさっき言っただろう?掃除だよ。ブルグ王国の軍医が行ってたんだ。膿と言うのは出し切るだけじゃダメだ。時に肌を切開し、根源となる膿疱を取り除かないといけないってね」
「まさか…父上を?」
「おやおや。ここに来て麗しき家族愛でも芽生えた?こんな事をされたのに心が広いね。悪いんだけど私にはアレは父じゃない。ただの膿にしか思えないんだ。情なんてものはとっくに消え失せたよ。どうしても欲しいと言うならあげるけど…要る?」
「い、要らないよ!」
「だよね~。あんな紛い物に民の血税を散々につぎ込む害虫なんて誰も要らないよな。母上も要らないと即答したよ」
「だけど、どうして僕を?なんで逃がそうと?そこは一緒に――」
「あぁっとやめてくんない?足手纏いは要らないんだよ」
「足手纏いだなんて!酷い言い草だな!」
「実際そうだろう?では聞くがここを出てどうするつもりだった?ボルトマン子爵家はもうない。夫妻はブルグで小さな商売を始めた。そこに異母弟の探し求めるものはない。飛び降りて足を引き何処まで行ける?準備不足に自分の事だけを考える怠慢。行き当たりばったりで最愛と出会える場なんて神様も用意してくれやしないぞ」
クリストファーは何も言えなかった。
「僕の治世にそんな無鉄砲で無計画なものは要らないんだよ。そんな奴ほど甘い言葉に誘われて居場所を教える代わりにと取引に乗っかって傀儡になり、折角掃除をしたのにまた汚してしまうからね」
王太子の言葉は間違っていない。クリストファーは自分でここを抜け出して何をしようとしたのか。単に自分の欲を満たすためにウェンディに会いに行こうとしただけで、そのウェンディが何処にいるのか、いや両親がどうなったのかまで考えたこともなかった。
探せば会える。そんな漠然とした思いも、今までなら従者がいて命じれば動いてくれたがこれからは1人。無鉄砲で無計画もいいところだ。
クリストファーは自分が情けなくて仕方なかった。
クリストファーは一度は心が折れそうになったが部屋の中に転がるありとあらゆるものを使って鉄格子を削った。なんと4カ月以上に渡って地味に削り続けたのだ。
その間にもう形どころか削る事で粉クズになったカトラリーの数は50を超えた。カトラリーだけではなく割れた花瓶の破片やガラス片、寝台の木枠。色んな物を使って兎に角削った。
その執念は「ウェンディに会いたい」ただそれだけだった。
最後の1本。鉄格子はただの鉄ではなく、芯の部分により固い素材を使われていたので15カ所ある鉄格子を地味に削るのにも工夫が必要だった。
全てを削りきる前に削っている事がバレれば別の反省室に移動させられてしまう。そうなれば苦労が水の泡。全てを均等に削っていると廊下側の扉の向こうから声が聞こえた。
「来週当たり陛下が来るんじゃないか?」
「いよいよだな。殿下も憐れだよな。本物の傀儡…いや木偶になるんだからさ」
情けない話だが国王でもある父親は権力さえあれば何でも許されると考えている。
だから第1王子が立太子をしても代替わりの話が未だに出ないのだ。
サラを聖女としてウェンディを追放した国王を例え父親だとしてもクリストファーは許す気になれなかった。
「急がないと…腹をすかしてないといいんだが」
気に掛かるのはウェンディの事ばかり。親とも引き離されて17歳の女の子が1人で生きていけるほど世の中は甘くない。暴漢に襲われれば一溜りもないだろう。
泣いてないだろうか。
雨に濡れてないだろうか。
転んで痛がっていないだろうか。
脳裏に浮かぶのはこんなにも好きで好きで堪らないのに心とは反する言動を取ってしまったこと。
僕のことはもう嫌っているかな、だとしても一言でいい謝りたい。少しでいい。元気な姿を見たい。
従者の声を聞いた後、クリストファーは懸命に残りの芯の部分にナイフやフォークをあてて削った。
そして深夜。最後の1本の鉄格子が切れた。
削る振動で鉄格子が外に落ちて大きな音をさせないようにシーツを裂いて作った紐を解き、小さくガタガタと揺らすと鉄格子は外れた。
「やった…外れた」
開けた空間に顔を突き出してみれば下から巻き上がってくる夜風にクリストファーの髪が揺れた。
「ざっと…22、23mってところか…途中までシーツでロープを伝った方が無難だな」
独り言ちて窓から寝台を振り返った時だった。
「ロープより、このローブの方が役に立つと思うけどね」
暗がりでもよく判る。その声とうっすら見えるシルエットはクリストファーの異母兄であり王太子だった。
「あ、異母兄上…なんでここに・・・」
「窓から飛び降りれば足が折れて歩けなくなる。手間のかかる異母弟の巣立ちを応援しようと思ってね」
王太子は毎日毎日、ごそごそと窓際で何かしていれば気が付くよと小さく笑った。
高い位置にあるので城の庭、特に王太子宮のある方角からはクリストファーの様子がよく見えた。
「散々に好きな子を虐めておいて、どんな顔をして会いに行くのか。その瞬間を見たい気もするけど掃除が大変そうだからやめておくよ。そこまで下世話な話が好きな訳じゃないしね」
「異母兄上、何をしようとしてるんだ?」
「何ってさっき言っただろう?掃除だよ。ブルグ王国の軍医が行ってたんだ。膿と言うのは出し切るだけじゃダメだ。時に肌を切開し、根源となる膿疱を取り除かないといけないってね」
「まさか…父上を?」
「おやおや。ここに来て麗しき家族愛でも芽生えた?こんな事をされたのに心が広いね。悪いんだけど私にはアレは父じゃない。ただの膿にしか思えないんだ。情なんてものはとっくに消え失せたよ。どうしても欲しいと言うならあげるけど…要る?」
「い、要らないよ!」
「だよね~。あんな紛い物に民の血税を散々につぎ込む害虫なんて誰も要らないよな。母上も要らないと即答したよ」
「だけど、どうして僕を?なんで逃がそうと?そこは一緒に――」
「あぁっとやめてくんない?足手纏いは要らないんだよ」
「足手纏いだなんて!酷い言い草だな!」
「実際そうだろう?では聞くがここを出てどうするつもりだった?ボルトマン子爵家はもうない。夫妻はブルグで小さな商売を始めた。そこに異母弟の探し求めるものはない。飛び降りて足を引き何処まで行ける?準備不足に自分の事だけを考える怠慢。行き当たりばったりで最愛と出会える場なんて神様も用意してくれやしないぞ」
クリストファーは何も言えなかった。
「僕の治世にそんな無鉄砲で無計画なものは要らないんだよ。そんな奴ほど甘い言葉に誘われて居場所を教える代わりにと取引に乗っかって傀儡になり、折角掃除をしたのにまた汚してしまうからね」
王太子の言葉は間違っていない。クリストファーは自分でここを抜け出して何をしようとしたのか。単に自分の欲を満たすためにウェンディに会いに行こうとしただけで、そのウェンディが何処にいるのか、いや両親がどうなったのかまで考えたこともなかった。
探せば会える。そんな漠然とした思いも、今までなら従者がいて命じれば動いてくれたがこれからは1人。無鉄砲で無計画もいいところだ。
クリストファーは自分が情けなくて仕方なかった。
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