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トリエのウィッグ
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パチン…パチン、シュッシュ…パチンと不規則な音がする。
ギシッと寝台が軋む音の次にはトリエの甘えた声が男の胸に響く。
厚い胸板の奥の音を聞くかのようにトリエは片方の頬と耳を胸板にあてた。
「ねぇ‥アタシ。頑張ったでしょう?」
「んん?そうだな」
「やだ、冷たいのね。この1年は特に売り上げあった筈よ?最後は滅多に入らない美丈夫の男娼まで仕入れてきたのに。冷たいのね」
切ったばかりの爪は男の胸に痕を残すことなく這っていくが、男はその手を握って振り払い、起き上がった。
「お前に新しい仕事をやろう。今度は倍。しっかり稼いでくれば…判るな?」
「うんっ!やっと…やっとアタシだけのモノになってくれるのね?」
「そうだな。しっかり稼いで…3年後、いや来年はヴァカンスだな」
「やった!で?誰を落とせばいいの?」
「子爵家のボンボンだ。ごっそり持って帰って来い」
男はトリエの髪を撫でて、吸い付くように唇を塞ぐと最後にその唇に指を這わせた。
1人になったトリエはドレッサーの前に移動するとチェストを開けてウィッグを取り出す。ズキっと痛む指に視線を固定し、暫く考えた。
「さて、どうやって落そうかしら」
痛む指をペロリと舐めると苦い湿布薬の薬草の味が口に広がる。
ピンク、ブルー、オレンジ。色とりどりのウィッグの中からおとなしめのクリーム色のウィッグを手に取った。そして耳元から順番にピンを外していく。
淡いグリーンの髪がふわりと浮き上がったと同時にわきにそれた。
トリエの髪はウィッグ。ドレッサーの三面鏡に映るネットを被った自分の顔に化粧を施し始めた。
ネットの奥には爛れて引き攣った皮膚に薄い茶色の髪がまばらに見える。
7歳の時に薬草店に盗みに入り、店主に見つかりそうになって逃げる際に調合中の薬液を被ってしまったのだ。激しい痛みと肌を刺すような刺激。だが捕まれば子供とて鞭打ちになる。
捕まった仲間で鞭打ち後に釈放されたもので長く生きながらえたものはいない。
不衛生な環境で傷口を取り換える際に洗う水は、汚物も垂れ流しの川の水。
綺麗にしようとするばかりに雑菌や細菌が傷口から入り込んで破傷風を引き起こし、最後は背中側に折れ曲がるような姿勢になって死んでいった。
鞭打ちになるくらいなら逃げきったほうがずっといい。
トリエは痛みを堪えて路地を何度も曲がって走り抜けた。
「痛い…痛いよぅ…」
被った量は少なく、頭頂部から後頭部にかけてだったがトリエの髪は皮膚ごと爛れて抜け落ちた。薬草店は何に使うつもりだったのか「火炎茸」の毒素を搾りだし小さな瓶に集めていたのだ。
小指の先ほどの量をうっかり口にしても致死量となる火炎茸は触れるだけでも皮膚は糜爛する。
貧しいが故に負傷しても手当というほどの事は出来ず、やれることは水で洗い流す程度。だがその水は川の水。トリエは廃屋に籠って痛みに耐えた。
だが、皮膚が爛れた部分に髪が生える事はなかった。
「稼げる」ようになったトリエは暗闇で客を取った。欲望さえ吐き出せればいい客は幾らでもいた。だがそのまま客を取っていては、騎士団より恐ろしい花街を牛耳っている者たちに目を付けられてしまう。
トリエはウィッグを手に入れると、集団の中で娼婦として稼ぎ始めた。
鳴かず飛ばすのトリエだったが、無料で食事が出来る学び舎には足蹴く通った。
客は何時も取れるとは限らないからである。
そろそろ学び舎から引き上げる時期かと思っていた時にエリツィアナがやってきた。
世の中の汚い事は何も知らないお嬢様のようなエリツィアナが憎くて堪らなかった。伯爵家の令嬢で侯爵家の子息と婚約という話を聞いてオーウェンに近づいた。
オーウェンは簡単に落ちた。
「スッキリしないわね」
ネットを上げて爛れた皮膚についた頭皮の垢を爪で弾いた。
「痛いっ」
弾いた指は折った指。トリエは痛みに顔を歪めた。
鏡に映る顔は捨てられていた絵本にあった老婆のようだった。
文字の読めないトリエだったが、絵本は絵だけで楽しめた。
鏡に映る自分そっくりの老婆は最後はどうだっただろうか。
破れていた本には美丈夫な王子がお姫様を抱き起し、老婆を睨みつける場面で終わっていた。
「あの女…許さないんだから」
鏡に映るトリエの顔は、トリエに向かって微笑みかけた。
ドレッサーの引き出しを開けて小さな小瓶を取り出す。茶色の瓶には半分ほど液体が入っていた。
呼び鈴を鳴らすように瓶を軽く振るとトリエは小瓶をバッグに入れた。
「同じ思いを味合わせてやるわ」
ネットの位置を直すとトリエはクリーム色のウィッグを被りピンで留めた。
女は化粧一つで幾つもの顔を持っている。
クリーム色の髪色になったトリエは、少し垂れ目がちにマスカラを使い、頬紅も薄いピンク。ぷっくりとした唇も頬に合わせて薄いピンクに「とろみ草」から取ったジェルようなとろみを塗りつける。
上唇と下唇を数回擦り合わせると、10代後半の天然系お嬢様の出来上がりである。
鏡の前でアヒルのように唇を突き出したり、頬を少し上げるように上唇で下唇を隠すように動かし表情を確認する。
「やっぱ、アタシって可愛い」
子爵家の子息がよく剣の鍛錬をしているというのは王都公園の片隅。
トリエはフワフワとクリーム色の髪を揺らして、獲物を狩りに部屋を出た。
ギシッと寝台が軋む音の次にはトリエの甘えた声が男の胸に響く。
厚い胸板の奥の音を聞くかのようにトリエは片方の頬と耳を胸板にあてた。
「ねぇ‥アタシ。頑張ったでしょう?」
「んん?そうだな」
「やだ、冷たいのね。この1年は特に売り上げあった筈よ?最後は滅多に入らない美丈夫の男娼まで仕入れてきたのに。冷たいのね」
切ったばかりの爪は男の胸に痕を残すことなく這っていくが、男はその手を握って振り払い、起き上がった。
「お前に新しい仕事をやろう。今度は倍。しっかり稼いでくれば…判るな?」
「うんっ!やっと…やっとアタシだけのモノになってくれるのね?」
「そうだな。しっかり稼いで…3年後、いや来年はヴァカンスだな」
「やった!で?誰を落とせばいいの?」
「子爵家のボンボンだ。ごっそり持って帰って来い」
男はトリエの髪を撫でて、吸い付くように唇を塞ぐと最後にその唇に指を這わせた。
1人になったトリエはドレッサーの前に移動するとチェストを開けてウィッグを取り出す。ズキっと痛む指に視線を固定し、暫く考えた。
「さて、どうやって落そうかしら」
痛む指をペロリと舐めると苦い湿布薬の薬草の味が口に広がる。
ピンク、ブルー、オレンジ。色とりどりのウィッグの中からおとなしめのクリーム色のウィッグを手に取った。そして耳元から順番にピンを外していく。
淡いグリーンの髪がふわりと浮き上がったと同時にわきにそれた。
トリエの髪はウィッグ。ドレッサーの三面鏡に映るネットを被った自分の顔に化粧を施し始めた。
ネットの奥には爛れて引き攣った皮膚に薄い茶色の髪がまばらに見える。
7歳の時に薬草店に盗みに入り、店主に見つかりそうになって逃げる際に調合中の薬液を被ってしまったのだ。激しい痛みと肌を刺すような刺激。だが捕まれば子供とて鞭打ちになる。
捕まった仲間で鞭打ち後に釈放されたもので長く生きながらえたものはいない。
不衛生な環境で傷口を取り換える際に洗う水は、汚物も垂れ流しの川の水。
綺麗にしようとするばかりに雑菌や細菌が傷口から入り込んで破傷風を引き起こし、最後は背中側に折れ曲がるような姿勢になって死んでいった。
鞭打ちになるくらいなら逃げきったほうがずっといい。
トリエは痛みを堪えて路地を何度も曲がって走り抜けた。
「痛い…痛いよぅ…」
被った量は少なく、頭頂部から後頭部にかけてだったがトリエの髪は皮膚ごと爛れて抜け落ちた。薬草店は何に使うつもりだったのか「火炎茸」の毒素を搾りだし小さな瓶に集めていたのだ。
小指の先ほどの量をうっかり口にしても致死量となる火炎茸は触れるだけでも皮膚は糜爛する。
貧しいが故に負傷しても手当というほどの事は出来ず、やれることは水で洗い流す程度。だがその水は川の水。トリエは廃屋に籠って痛みに耐えた。
だが、皮膚が爛れた部分に髪が生える事はなかった。
「稼げる」ようになったトリエは暗闇で客を取った。欲望さえ吐き出せればいい客は幾らでもいた。だがそのまま客を取っていては、騎士団より恐ろしい花街を牛耳っている者たちに目を付けられてしまう。
トリエはウィッグを手に入れると、集団の中で娼婦として稼ぎ始めた。
鳴かず飛ばすのトリエだったが、無料で食事が出来る学び舎には足蹴く通った。
客は何時も取れるとは限らないからである。
そろそろ学び舎から引き上げる時期かと思っていた時にエリツィアナがやってきた。
世の中の汚い事は何も知らないお嬢様のようなエリツィアナが憎くて堪らなかった。伯爵家の令嬢で侯爵家の子息と婚約という話を聞いてオーウェンに近づいた。
オーウェンは簡単に落ちた。
「スッキリしないわね」
ネットを上げて爛れた皮膚についた頭皮の垢を爪で弾いた。
「痛いっ」
弾いた指は折った指。トリエは痛みに顔を歪めた。
鏡に映る顔は捨てられていた絵本にあった老婆のようだった。
文字の読めないトリエだったが、絵本は絵だけで楽しめた。
鏡に映る自分そっくりの老婆は最後はどうだっただろうか。
破れていた本には美丈夫な王子がお姫様を抱き起し、老婆を睨みつける場面で終わっていた。
「あの女…許さないんだから」
鏡に映るトリエの顔は、トリエに向かって微笑みかけた。
ドレッサーの引き出しを開けて小さな小瓶を取り出す。茶色の瓶には半分ほど液体が入っていた。
呼び鈴を鳴らすように瓶を軽く振るとトリエは小瓶をバッグに入れた。
「同じ思いを味合わせてやるわ」
ネットの位置を直すとトリエはクリーム色のウィッグを被りピンで留めた。
女は化粧一つで幾つもの顔を持っている。
クリーム色の髪色になったトリエは、少し垂れ目がちにマスカラを使い、頬紅も薄いピンク。ぷっくりとした唇も頬に合わせて薄いピンクに「とろみ草」から取ったジェルようなとろみを塗りつける。
上唇と下唇を数回擦り合わせると、10代後半の天然系お嬢様の出来上がりである。
鏡の前でアヒルのように唇を突き出したり、頬を少し上げるように上唇で下唇を隠すように動かし表情を確認する。
「やっぱ、アタシって可愛い」
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トリエはフワフワとクリーム色の髪を揺らして、獲物を狩りに部屋を出た。
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