愛しいあなたに真実(言葉)は不要だった

cyaru

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天国の扉?地獄の門?

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そろそろ意識が飛ぶ、そうすれば終わる、楽になる。

そんな事を考えながらトリエは振り下ろされるベルトの痛みに耐えた。
変態爺はアフターケアもしっかりと行ってくれる。
己の欲求に応えてくれる者は大事にしてくれるからだ。

目覚めれば医療用の軟膏でベトベトになっているだろうが、沈み込むような寝台で寛げるし、使用人に言えば好きな食材で好きな物だけを好きなだけ食べさせてくれる。

その上、帰る時には法外な小遣いまでもらえるのだ。
トリエが変態爺と関りを切る事ができないのは、この至れり尽くせりなアフターケアがあるからである。

しかし、その日は違った。

興奮も最高潮に達している変態爺は息を切らせながら大きく振りかぶって、肘にスナップを利かせ始めた。その時だった。

「はい~。そこまで」

突然開いた扉から現れたのは王太子フェルナンドで、その後ろには王太子直属の近衛隊の隊服が見える。

「今は忙しい、後にしろ、フェルナンド」

トリエは変態爺の声にギョッとした。いくらここが無法地帯に等しい破落戸のたまり場だとしても相手は王太子。バルコニーから手を振る王太子夫妻とその子供たちは何度か遠目に見た事はあった。
年老いた国王と同等、いや今はそれ以上に民に慕われている王太子。

この変態爺は何者なのか。トリエは打たれた痛みも瞬時で吹っ飛ぶほどに驚いた。

「その小汚い爺を拘束しちゃって」
「はい」
「何をするんだ!こんな事をして許されるとでも思っているのか!」

トリエを打つことでいい加減紅潮していた頬は、怒りで顔全体が真っ赤になり変態爺はベルトを騎士に取り上げられて、その流れのままに捕縛用の縄で縛られていった。


「貴方の面倒を見るのはもう飽きちゃったんですよ。曾祖叔父そうそしゅくふ
「なんだと?親父を呼べ。息子のお前では話にならん!」
「父上は忙しくてね。来月ペーパークラフトの展示会があるんで、その作品作りにアンタに時間を割く余裕はないそうで。これを預かってきました」


変態爺の目の前にひらりと垂らして見せたのは勅命による拘束指示書だった。

変態爺はフェルナンドの曾祖父、国王の祖父の庶子の弟。
フェルナンドには曾祖叔父そうそしゅくふ、国王には大叔父になる。
75歳だが、エリツィアナのように年を取ってから出来た子である。
まさかまだ子種があったとは?!と手を出した張本人の先先王が驚いたくらいだ。

市井の女に手を出してしまった先先王の隠し子と言われてきた。
その時代は反社会的な組織がごく当たり前に街で幅を利かせていた。
貴族ですら節税をして上納金を納めていた。

幾つかの組織があり、それを纏めるという事で彼らにも「生きる権利」を与える代わりに、「生きる場所」に制限をかけた。見張り役としてこの男を派遣した。しかし、国王の息子であるにも関わらず庶子であるというだけで虐げられてきた反動なのか。
幾つかの組織を纏める代わりに裏の会頭のような立場に納まって甘い汁を吸い続けてきた。

「俺はこの界隈で大人しくしていただろう」

喚く変態爺だが、確かに間違いではない。だが立場を利用して騎士団にも息のかかった者を捩じ込んで融通を聞かせてきたのも事実である。
元締めと呼ばれる男が何度捕縛をされても、実行犯ではないため直ぐに釈放をされていた。
冷たい牢ではなく、最低でも仮眠室で聴取も適当に惰眠を貪っていたのも変態爺の指示である。

「今回ね、もうすぐ僕が即位するにあたって新しく作っちゃいました~」

言葉は軽いがフェルナンドの目は全く笑っていない。
フェルナンドも第二王子もこの変態爺が大嫌いだった。父の国王の事も大叔父という立場を利用し公の場で辱めたり、好色なのは誰の影響なのか王妃や王子妃に手を出そうとした事もある。

元締めの男が何度捕縛しても直ぐ釈放されるのと同じで、この変態爺は自分では直接手を下さない。イーストノア王国には実行犯と共犯以外を取り締まる法がなかったのだ。


フェルナンドは妹のシャルノーがサウスノアに嫁いで、ノア大陸にサウスノアだけにある刑法を知った。「教唆」である。だが変態爺の息のかかった貴族も多く法案の成立はなかなか出来なかった。
貴族たちも似たり寄ったり。立場を利用して弱い立場の者に実行をさせるからである。そんな法案が成立してしまえば折角平民にやらせたのに自分たちまで巻き添えを食うからだ。


「これね。何度見直して議会に出しても通らないんですよね~。だからもう面倒になっちゃって。エヘっ。教唆も捕らえることが出来る法律をね?作ったんだよね~議会を通さずに~」

フェルナンドの顔から表情が消えた。
その顔はアクセルたちに見せるような仔犬の顔ではなく、獲物を前にした猟犬の顔。いや大蛇がまさに獲物を仕留めかかったかのような顔だった。

「勅令でな。排膿をするには元凶となる粉瘤ふんりゅうを取り除くのが一番だ。粉瘤ふんりゅうの中で膿という反社組織が育っていく。その粉瘤ふんりゅうとはお前だ」

わなわなと唇を震わせる変態爺が連行される際、フェルナンドはそっと耳打ちした。

「父上は貴様の責任を取り、毒杯を賜る。庶子の大叔父とは言え難儀な事だ」

変態爺が近衛兵に連行された後、部屋の隅に移動しガタガタと震えるトリエをフェルナンドは見下ろした。トリエはゆっくりと顔を上げてフェルナンドに慈悲を乞うような目を見上げる。

「あの…アタシ…」
「君はね。罪状は色々あるんだけど【特別】だよ」
「とっ特別?見逃してくれるのですかっ」

トリエの顔はパッと明るくなる。
そして遅れて入ってきた大柄な男とその隣に居る不思議な男を見上げた。
大柄な男は王太子のフェルナンドに対しては対等に話をしている。
ボタンもキラキラしていて、どこかの【王族】だろうとトリエは頬を染めた。

女は力のある男の庇護下にいれば幸せになれる

トリエから金を取り上げながら母親はそう言った。その言葉に間違いはなかった。
元締めに気に入られている間は誰もが持ち上げてくれたし、いつもトリエを顎で使っていた娼婦も元締めと腕を組んで歩けばヘコヘコと頭を下げて、愛想笑いを浮かべトリエを褒めちぎった。

オーウェンに出し抜かれてしまったけれど、元締めを見限った後は変態爺には今まで以上に可愛がってもらえた。

――待って!それまでの男と切れたらステップアップって事?!――

「可愛がり甲斐がありそうですね」
「そうだな。フェルナンド殿。もらい受けても問題ないか?」
「どうぞ~どうぞ~。返品は不可って事で」

トリエは鼻が利く。この目の前の3人で一番立場が上なのは王太子ではなく一番大きくて若い男だと。

「では、陛下。私はこれで父上との野暮用がございましてね」
「そうでしたな。敬愛してと言伝を頼めるだろうか」

「喜びます」小さくフェルナンドは微笑んだ。



フェルナンドの言葉にトリエは思わず口から感嘆符が出そうになった。

――陛下って!陛下って!!え?アタシ様になるの?嘘?――

「あのぉ~アタシわぁぁ。トリエって言いますぅ。あのおじさんに捕まっちゃってぇ」
「黙れ」
「えっ…ヒッ、ヒィィィッ!!」

トリエの頬にバティウスの剣の刃が薄く走り、裂けた皮膚から血が滲み出た。

――コッチ系の加虐が好きって事なの?じゃないの?――

「さてお嬢さん。一緒に天国の扉を開けましょうか」

カインドルがトリエに手を差し出す。
バティウスは小さく呟いた。

「地獄の門の間違いじゃないのか」

カインドルはトリエに向かって、にこっと微笑んだ。

「大丈夫。ないのは床だけなので」
「床がないって…なんですか…アタシ‥怖いっ」

「大丈夫、お嬢さんは底なしですからね」
「底なし?そんなに可愛いって事?」
「えぇ…その頭の軽さが神経を逆撫でするほどに」

トリエの頭の中では天秤が傾き始める。
加虐趣味のある大男よりも、目の前の不思議な男のほうがいいかも知れないと。
この男も陛下と呼ばれる男と対等に話をしている。

――アタシ、女の中では最高峰に飛び立てるんだわ――

「アタシ、頑張って飛びますね」
「是非」

カインドルは薄く笑った。
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