その愛はどうぞ愛する人に向けてください

cyaru

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第47話   押し問答

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デリックの父親、アルサール公爵が貴族院からの通知を従者から受け取っていた頃、デリックはシリカ伯爵家の門の前で「中に入れろ」「無理です」門番と問答を繰り広げていた。


そうなったのも…。

「レーナ。不味いよ。こんな人の目に触れる場所は!」
「そんな事を言ってる場合?私が言ったことでリックが困ってるんでしょう?だったら!一緒にシリカ伯爵家に行って謝らないと!大丈夫。サリアとの話が無かった事になっても私とマクロンが結婚すればサリアはリックしか頼る人がいなくなるわ。きっとサリアは身の上に恥じて躊躇すると思うけど私が手助けをして背中を押してあげるわ」

レーナはデリックの手を引いて部屋から連れ出し、馬車に押し込むとシリカ伯爵家に向かったのだ。

協議書が出されている事はその辺の平民だって知っている。
ここは貴族が住まう区画で主に伯爵家、一部子爵家があるがサリアの相手はデリックで、デリックの家は公爵家。貴族が知らないわけがないし、貴族の家で働く使用人たちは話題のネタになると用事を言いつけられると遠回りしてでもシリカ伯爵家の門の前を敢えて時間をかけて通ったりしている。

だから今、馬車の周囲は好奇の目をした人間が輪になっているし、門番とやり合えばやり合うほど人が集まってしまっていた。

「話にならないわね。リック。行くわよ」
「行くってどこへ?」
「門番に話をつけるのよ。婚約者であるリックと伯爵令嬢でもある私が揃って開けろと言えば門番だって開けない訳に行かないでしょ?」
「ば、バカを言うな。これだけ人が集まってるんだぞ?一緒にいる所を見られたら何を言われるか」
「そんな小さい事を気にしてどうするのよ!いい?この婚約はもう無くなる事が決まってるのよ?今、考えるのは未来の事よ。私とマクロンが――」
「だから!なんでそこでお前とマクロンなんだよ!関係ないだろう!」
「あるわよ!ダメになった婚約をもう一度日を置いて、どうにかするにはこれしか方法がないでしょう?先ずは一緒に謝るのよ。ステップを出して!!」

レーナが御者に声をかけると門番とのやり取りに悪戦苦闘している御者を横目で見た補佐の御者はステップを取り付けた。


レーナの考えは、デリックと謝罪に行けばその場にはサリアだけではなくシリカ伯爵とマクロンも同席するとにらんだ。

謝罪の言葉を言う前にデリックに自分を紹介させる。
これで知らない人、見たこともない人にはならない。

デリックとサリアの婚約がどうなるかなんて考えるまでもないのだから、問題はその後だ。
捨て身の作戦で傷物になったサリアは醜聞を抱えた令嬢。

そんな姉のいる家に嫁ぐ女はいない。婚約が無くなったあと紹介はしてもらっているのだからサリアにレーナ単独で謝罪に行けばマクロンも姉が心配で同席するに決まっているのだから「なんて心の優しい令嬢だ」とマクロンの注意を引くことが出来る。

他の令嬢はサリアを避ける中、謝罪とは言え足繁く通う事でマクロンもサリアを心に置くようになる。
あとは両親に言って、マクロンとの婚約を話を持ち込んでもらえばいい。


問題はデリックを使ってシリカ伯爵家に乗り込む時期が自分の失敗とは言え大幅に短縮された事だ。

――ゆっくり時間をかけるつもりだったのに、サリア如きに上げ足取られるなんて!――

協議書の内容は広報掲示板にも張り出されているので「知りませんでした」は通用しない。うっかり「自分とデリックの言葉は同じ」なんていつもの癖で言ってしまったので残り少ない項目が2つも埋まってしまった。

レーナの父は手続きをするにも抜けがないか1、2週間は確認をするのでまさかシリカ伯爵が昨日のうちに貴族院で手続きを済ませたなんて思いもしなかったからこそ、早速行動に移しただけだ。

「ぐずぐずしないの!行くわよ!」
「ダメだって!うわっ!!」

開いた扉から降り立ったレーナはデリックも引っ張り出した。

「アルサール公爵家のデリック様よ。私はスーメル伯爵家のレーナ!門を開けなさいッ!」

腕を組んでいた事もあって、集まった群衆は思い思いの言葉を吐く。
「やっぱり恋人なのよ」
「でも不貞相手連れてくるなんてあの公爵子息、常識がないわ」
「常識があったらここのお嬢様だって協議書なんて捨て身にならないわよ」

都合の悪い声は距離もあるのでざわざわとしかデリックとレーナには届かない。
2人にハッキリと聞こえるのは門番の声だけだ。

「入れる事は出来ません。お引き取りを」

外に出てしまったデリックももう引くことは出来ない。

「私を誰だと思ってるんだ!」

門番は息を吸い込み、群衆の最後部まで聞こえる大声で返した。

「アルサール公爵家のデリック様です!門は開けません。お引き取りください」

言わなくてもいい言葉まで付けた門番の返事はどうあっても門は開けないからブレなかった。
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