王弟殿下は終身雇用をご希望ですって?!~溺愛は契約外です~

cyaru

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目から涙が溢れる理由

「わぁ~。凄いですね」

「そうだろう?トマフィー国自慢の菜の花畑だ。さっきまでの山間地帯の寒さが嘘のようにここは年中温暖なんだ。夏のように暑くもないが冬のように寒くもない。だから菜の花から蜂蜜を採るための養蜂や、菜の花から抽出した菜種油が主産業なんだ」

「確か‥‥ここは観光業をメインにという話が10年ほど前にあったと思うのですが」

「レオパス殿は物知りだなぁ。確かに。父上が存命の時は温暖な気候を利用しここを貴族たちの保養地や歓楽街を作ろうという話があった。だが、兄上が反対をしたんだ。木は伐採すれば植林をしても育つのに20、30年かかるし、川は埋め立てをすれば上流で行き場を失った水が溢れだす。下流地域に肥沃な土が流れ込まなくなるし…。埋め立てればもう元には戻らない。王都からの客を誘致するために犠牲にする自然が多すぎた。それに人は遊興に飽きる事はあっても食べなければ生きていけない。食に飽きはないからな」

「なるほど。ごもっともですな」

「頭の固い貴族を粛清、いや説得するのに時間がかかったよ」


何故、わたくしを見て言葉を変えるのでしょうか?
お父様の顔も少し引き攣っておりますわね。

ガラガラと走る馬車は休憩所となる村に入ると、子供たちが馬車の後ろを付いてきます。
馬車が止まると、村の人たちも集まって参りました。


「殿下ぁ!!このお姉さんが水の神様なのっ?!」

「わぁぁ♡わたし水の神様見るの初めてっ!!可愛い~♡」

「ニレイナ様のお若い頃にそっくり!」

村の大人の方はわたくしをみて、拝まれております。

――わたくしまだ死んでおりません!!――

「すまないな。彼らはトマフィー国で一番先に源流から流れてくる水を利用して田畑を耕し、菜の花を育てて生きてきた部族なんだ。水の神への信仰が厚くてね。俺がこの馬車で連れてくるのが役目だと知っているから言ってるだけで悪気はないんだ。ちゃんと後で説明はしておくから」


クリス様がそっとわたくしに耳打ちをされますが、その様子を見ていた女の子がわたくしに駆け寄って参ります。


「水の神様は殿下くんのお嫁さんになるの?」

「いえ、あの、わたくしは――」

「水の神様が殿下くんと結婚したら、ここは水が枯れなくて済む??」

「水が枯れる??」


きらきらした目でわたくしに話しかけてきた女の子をクリス様が抱きあげます。
そっと何かを囁くと、さらに目を輝かせて「うん!がんばる!」そう言うと降ろされた途端に親元に走って行ってしまいました。


「何を仰ったのです?」

「いや?俺を応援してくれと言っただけだ」

――なんの応援ですの?!――


「水が枯れると言っておりましたが…」

「ニレイナ夫人が床に伏せるようになって幾つかの沢が枯れたんだ。全く関係はないと思うが彼らは水の神を信仰している。ニレイナ夫人はもう80歳に近い高齢だ。その身に何かがあり、俺が新しい水の神を迎えに出たと思っているから」

「そうなのですね」

「いや、エルシー嬢は何も心配しなくていい。無理にニレイナ夫人の後を継がせようなんて考えていないし、沢が枯れた原因は俺も兄上も調査をしている。聖女伝説のような迷信めいたものは俺も信じていないし、治水をするのも王族の努めだ。本当に何も心配しなくていい」

「ですが、わたくしが継がないとなれば彼らはどう思うでしょう」

「それはそれ。これはこれ。彼らにはちゃんと解ってもらえるまで説明をする。エルシー嬢が誰かのために犠牲になる事はないんだ。それを強要する者がいるのなら俺が排除をする。ここに来たのは命の危険から身を守るためであって、あとを継ぐ事が前提ではない」


ですが、わたくしの手を握り、向かい合ってそんな事を言うものですから話の内容が聞こえていない方々の視線が生温かく感じるのです。風に乗って「そこだ!殿下いけっ」って声も聞こえるのは気のせいでしょうか。



「エルシーッ!!エルシーッ!!」

誰かがわたくしを呼ぶ声に、声の主を探しますと2頭の馬がこちらに向かってくるのが見えます。耳をすませばわたくしを呼ぶ声よりは少し小さいですが父を呼ぶ声も聞こえて参ります。

村人の輪の向こうで馬が止まると、ひょいと飛び降り、わたくしとクリス様の前に歩いてきたのは‥。


「お兄様っ?!シグマっ?!」

「クリストファー殿下。初めてお目にかかります。レオパスが息子のイプシロンと申します」

「貴殿が兄上か、では隣にいるのは…弟君のシグマ殿か!」

「は、はい。自分がシグマですっ」


2人の顔を見るのは5年ぶりで御座います。辺境に赴いてからは帰省をすると費用がかかるため、手紙と仕送りのお金が送られて来るだけでございました。
当時20歳だった兄はかなり日に焼けましたがあまり見た目は変わっておりません。
弟はあの時まだ16歳。ちょっとあどけなさも残る顔立ちでしたが、幼さが消えてちゃんと兵士になっております。

「お兄様ぁ!!」

感極まってお兄様に抱き着いてしまいましたが‥‥。

「エルシー!!元気そうでよかった」

「く…臭い…」

「姉ちゃん、感動の一言目がソレ?兄上、泣いちゃうよ?」

――わたくしは、臭さで既に目から涙が溢れておりますわ――


しかし、弟のシグマからの発言はわたくしの矜持を打ち砕くもので御座いました。

「言っとくけど、姉ちゃんも臭いからね?何日湯あみしてねぇの?」


衝撃が大きすぎて声が出ません。
口をはくはくさせておりましたら、事もあろうかクリス様が仰ったのです。

「エルシー嬢は臭くない。俺はこの香りに癒されてきた」




その後、村の方々に湯を用意して頂き、湯殿で綺麗に汗と汚れと臭いを落としたのは言うまでも御座いません。
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