伯爵様、わたくし2番目で結構です

cyaru

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VOL:23 ミリアは受け止めきれなかった

翌朝、アリアとエリカは開いた扉を一旦閉じた。

「なんかありましたね」
「エリカにも見えた?」
「私、視力3.0なので」


もう一度扉を開ける。
「おはよう。いい朝だね」キールの声にエリカはまた扉を閉じた。


「なんか言ってましたね」
「エリカにも聞こえた?」
「私、聴力、低音域と高音域の幅だけはひろいんで」


もう一度扉を開けた。
「準備出来てるよ。送って行くよ」キールがにこやかに話し掛けた。

「結構です。脚力には自信があるので」
「そう言わずに。父上からも馬車を使っていいと言われたし、今日の為に馬丁にも馬を仕上げて貰ったんだ」

さぁさぁとキールはエリカの持っていた荷物を「頂戴」と手を差し出した。
エリカが「渡すか!」っと荷物を抱きしめ体を捻る。

「気にしなくていいよ。多分…3区の貧民窟方面に俺が用事があるだけだから」
「それ、嘘ですよね?」
「嘘かどうかは乗ってみないと判らないよ。エリちゃん?」
「気持ち悪ぅ~。なんかお腹がモゾモゾする」


「使ってやってくれないかな?」

そんな事もあろうかとモネス伯爵が麦わら帽子に剪定鋏を片手にやってきた。

「辻馬車も今日は定休日でしょ?歩くのは健康にはいいけどついでなんだから空で馬車を走らせるより合理的だしね」

「伯爵様がそう仰るのなら…」


アリアとエリカが馬車に乗り込むとキールは御者席に座って手綱を握った。
背面の小窓を覗けばモネス伯爵が微笑んで手を振っている。


「なんか・・・気持ち悪いですね」
「そうね」

2人の話し声にキールが「そんなに揺れるか?」と声をあげる。
どうやら会話は一言一句聞き逃さないように聞き耳を立てているようだ。盗み聞きはランプの件で立証されたがこれではうっかり女子トークも出来ないではないか。

「あ、飲み物は横のホルダーにかけてあるよ。調理長お手製の果実水だ。右手の棚は開いたらバスケットがあるんで昼食が入ってる。沢山作って貰ったからみんなにも分けて食べてくれ」


ガタガタと揺れる振動に合わせてキールの鼻歌まで聞こえてくる。
気持ち悪さと心地悪さが半端ない空間だが、これが帰りも。そして翌日も翌々日も続くとはアリアもエリカも思ってもいなかった。


そうこうしているうちに、モネス伯爵に夕食に招かれるようになる。
だが、招いてくれたモネス伯爵は先に夕食を済ませていて、アリアとキールの食事会である。


「そろそろ伯爵様から貸して頂いた家も期日ですし、次の4区は少し遠いので来週から引っ越しの準備を致します。朝晩の送迎は結構ですのでキール様もゆっくりお休みください」

「え?ここを出て行くってこと?」

「はい、元々3区の期間だけのつもりでしたし、甘えてばかりはわたくしのしょうにも合いません」

「ここを出る‥‥それはダメだ!絶対に許可できない」

「そう仰られても。キール様もわたくしがいないほうがやりやすいでしょうし、お互い気を使う関係というのもわたくしたちのその後を考えた時によろしくないと考えます」

「おっ俺はよろしいと考えているっ!」


後はデザートだけとなった食事、キールは席を立つとアリアの元に駆け寄った。
片膝をつき、アリアを見上げる。


「今までのこと、全て悪かった!何もかも悪いのは俺だ。言葉にするのも憚られるような汚い真似もした。でも…判って欲しい。俺はアリア…君を愛しているんだ」

「は?わたくし、耳がおかしくなったのかしら」

「俺の全てを捧げる!」

「要りません。産廃の押し付けはご遠慮願います」

「そう言わずに!お願いだから俺の隣にいてくれよ!絶対に浮気はしないしアリアの為だけに生きると誓うから」

「いえいえ。わたくしのためとか責任転嫁のような事を言われても迷惑なだけです」

「判ってる!」

――判ってるなら引け!!あら?エリカ化したかしら?――

「俺は面倒な男なんだ。酷いことを沢山したのにアリア…それでもアリアじゃないと嫌なんだ」

――面倒?よくわかってるじゃない。でもね、私は、なの――

「本物の結婚にしよう?その方がアリアだって将来苦労しなくて済むだろうし」

はて?とアリアは首を傾げた。その仕草に目の前のキールが胸を抑えて悶えているのは見なかった事にしようと思った。

「わたくし、既に遊んで暮らしても問題ない資産が御座いますので、ご心配には及びません。モネス伯爵夫人と約束した3年まであと2年半は勤めますが、その後は夫人とも話し合っておりますし」

「困らない資産って…どういう事だ?」

「過去にキール様の不貞による慰謝料を頂いた際に集合住宅を1棟買いましたの。補修をして家賃収入を得るようになりました。その過程でエリカの夫であるハンザスなどほとんどは貧民窟の出自になりますが、一貫した教育をして送り迎えをして頂いた地区、あそこはもうわたくしが個人で買い取っておりまして、元々お住まいだった方には整備済みの家屋に移って頂く。整備後はモネス伯爵家に買い取ってもらう、それを繰り返す事で私財としてはモネス伯爵家には及びませんがそれなりに御座います。彼らに整備という仕事を与えましたので国からも功績は認められましたし、ここに来る前、婚約中でしたが爵位も子爵ですが陛下から頂きましたの」


あぅあぅと言葉が出ないキールにアリアは「御馳走様でした」と礼をすると席を立って小屋に戻って行った。




失意のキールはベンハーを誘いその夜繁華街に飲みに出た。

「聞いてくれよぅベンハぁぁぁ」
「聞いてるって。よしよし、そんな事もあるさ(にやり)」
「俺さぁ…俺さぁ…どう頑張ればいい??なぁ教えてくれよぅ」

もう何杯目だ。流石にベンハーもこれ以上飲ませてしまうと迎えに来る従者がオロロンな被害に合いそうだと切り上げようとするのだが、ベロベロに酔ったキールは呂律の回らない舌で言葉を紡ぐ。

涙なのか鼻水なのか、それともエールなのか。全てが混じった酒をキールは胃に流し込んでベンハーに縋りつく。しかし、「2人だけのキール慰労会」は3人目の慰労者が登場する事で幕引きになった。


「あぁっ!キール様ぁ♡こんなところでっ。ひさしぶりぃ~」


ミリアだった。
久しぶりに友達に会った、そんなノリでミリアはキールの隣に座るかと思えば膝の上に乗った。


「ねぇ。キール様ぁ、お腹空いちゃったのぉ」
「食え食え!なぁんでも好きなものを食えーーっ」


どこで誰が見ているか判った物ではないし、酔っているからこそ間違いが起きやすい。ベンハーもこれ以上キールが落ちて行くのを見るのは忍びない。
酩酊状態のキールは膝の上にミリアがいる事も認識をしていない。

ベンハーは席を立つとキールの膝に乗るミリアを引き剥がした。

「痛っ!!なにすんのよ」
「いいから!君の席はここじゃないだろう。ここは俺たちが飲んでる席だ」
「知ったこっちゃないわ。ねぇキール様っ♡」
「おぅ~おぅ~なんでも食えー好きなだけ食えー」
「ほら、キール様も言ってるじゃない。っていうかさ、邪魔なのはアンタでしょ?飲んで食べたなら帰りなさいよ!キール様はアタシが朝までさせるから!アタシたち、今夜からやり直すんだから邪魔しないで。空気読みなさいよ」

「そうだぁー!やり直すんだぁー!尽くすぞぉぉー」

キールはもう完全にトンでいた。



ミリアは兎に角、金がなかった。
レオンが女8人、子供8人を連れてペル伯爵家にやってきた。

女たちは好き放題を始めて、ハッキリ言ってミリアなど敵ですらなかった。アリアにはあんなに強い物言いをしていた両親は彼女らに顎で使われ、背中と胸に赤子を1人づつの2人を抱えて背負い朝は市場に水揚げをされる川魚の選別をして箱詰め、その後は青果市場で荷馬車を押し、時に子供の世話をしなくていい時は名前を偽り他家の便槽を掃除する。

そうやって得た金はレオンが飲み食いに使ってしまう。
驚くのはレオンが連れて来た女性達で産褥中の一人を除いては街角に立って客に春を売る。

ミリアも例外ではなく、縛り系の客を何度も取らされた。

使用人は1人も残っておらず、両親が仕事から帰った後で家事全般を行う。
どっちが当主なのか判らないし、ミリアは客から貰った金をレオンが取り上げてしまう事に腹を立て家を出た。


いろんな男の家を転々として金目の物を「借りて」換金し、また次の男を探す。ずっと微熱が続き小水にも血や膿のようなモノが混じっていて薬を貰うついでに診察してもらったら「淋病」だと宣告された。

誰に感染うつされたかも判らないが、生きていくには男を探すしかない。

たまたま立ち寄った飲み屋で見知った男を見つけた。

――甘えればコロっと行くし、あっちも早いから面倒がないのよね――




初めてキールが「面倒ではない」と判断されたかもしれない。
だが、ベンハーの手を振り解き、キールの頭にしがみ付いたミリア。

酔っ払いにキスをするのも手慣れたものだったのだが…。
酔っ払って限界点まで来ていたキールは突然頭部を揺すられた事で粗相をしてしまった。

「うえぇ…%$#☆Ψ…ウォロロロ…」
「ウェップ!!何すんのよ!!ンギャァ!!汚いっ!!」
「おぇぇ…Ω%#βΨ…ギョォロロロ…」
「ナァァー!!誰かっ!!ギョワーッ!!」

全てをミリアの顔に吐き出したキール。
吐瀉物を受けたミリアは転びながら逃げ出したが、キールはそのまま心地よい眠りに落ちた。

その後ベンハーがキールを背負ってモネス伯爵家まで運んでくれたが、力尽きてベンハーも玄関でダウン。朝帰りとなった事にベンハー夫婦の危機が訪れた。

モネス伯爵がキールと共に花束と菓子折りを持ってベンハーの妻に説明をしてくれるまでベンハーはベランダで眠る事になってしまった。

――八つ当たりはやめよう。柄にもないことした罰だな――

ベンハーは1つ大人の階段を上がった。
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