雨に染まれば

cyaru

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ダブル失言

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茶器が壊れた。

テーパー侯爵夫人とエフローレは割れた茶器から目線が外せない。
テーブルに零れた茶もだが、テーパー侯爵夫人は頭で算盤を弾いたのだろう。
白目を剥いて卒倒してしまった。

「あ、あの…」

「お願いですっ!見捨てないでやってくださいっ!」

「いえ、それはそれで…」

「悪気はないんです。貴女に断られたら多分暴れます。アレはそういう態度なんです。必死で格好つけているだけなんです。そうしないとだらしなさ過ぎる顔になってしまうんです。声を発すると奇声のような上ずった声になるので耐えていただけなんですっ」


主の不始末を弁明する従者は必死である。
それよりも茶器の心配をして欲しいと思うエフローレは悪くないはずだ。

「お待たせいたしました…フェロー、何をしているのです」

中座した執事とフォーズド公爵子息が戻ってくるが異様な光景に立ち止まった。

テーブルの上には零れた茶。従者がゆかひたいを擦りつけて謝罪をして、驚くエフローレ。白目を剥いてソファに倒れているテーパー侯爵夫人。

どうやらゆかに伏せている従者の名前は【フェロー】だという事は判ったが、エフローレの問題点はそこではない。


白目を剥いて倒れているテーパー侯爵夫人の肩を揺すって起こし、耳元で彼らが戻ってきた事を囁くとテーパー侯爵夫人は背筋を伸ばし飛び起きた。

執事はソファを回り込むようにして茶器を拾い上げると、メイドに片づけをするように指示を出した。そして茶器をフォーズド公爵子息に手渡す。万事休す。言い訳は通用しないだろうとエフローレは頭を下げた。

「申し訳ございませんっ」

テーパー侯爵夫人もエフローレに続いて頭を下げる。
巷で流行るピンク髪令嬢の真似事など到底出来る筈がない。
やはり自分にはテヘっと笑って誤魔化す事は無理だと悟った。


「何をされているのです」

「あの…大事な茶器を…壊してしまいました」

「茶器?これの事ですか‥‥こんなものは壊したうちに入りませんよ」

「えっ?」

にこやかに笑うフォーズド公爵子息は執事にテーパー侯爵夫人と話をするように指示を出すが、エフローレと目線が合うと俯いて何やら小さな声で呟いている。

「申し訳ございません。経験値がないもので手間取っておりますが、公爵家自慢の庭を案内する事だけは長けておりますので案内役をさせてやってくださいませ」

――どんな経験値がないというの?――

「は、はい…」

執事に背を押され、片手に取っ手の取れた茶器を持ち、目の前に立ちふさがるように立つフォーズド公爵子息。これは断れないとエフローレは空いたほうの腕に手を回したが、茶器が邪魔だと気が付いたのだろう。執事が茶器を受け取った。

「(フグッ!)では、参りましょうか…お手を取っても宜しいですか?」

フォーズド公爵子息を見上げると息も絶え絶えになっているように見えるのは気のせいか。

「あの…申し訳ございません。腕に手を回してしまいました」

「そっそうでしたですねっ」

先ほどの従者の言葉が頭の中に蘇る。奇声のような上ずった声になるとはこういう事なのだと。その上近衛隊と辺境警備隊に所属していたからだろうか。膝を曲げずに歩き出すフォーズド公爵子息の歩みはカクカクしており非常に歩きにくい。

サロンからウッドテラスを通り庭に下りる時に、5段ほどの階段があった。
てっきりそのまま降りるかと思えば、直前でフォーズド公爵子息は立ち止まった。

「ここは危険だ」

「危険…でございますか?」

「そうだ。階段は非常に危険なのだ。だから…少し耐えてくれ」

「耐える?‥‥わっ!!」

何を耐えるのだろうと思った瞬間、体が浮いた。
フォーズド公爵子息がエフローレを抱き上げてしまったのだ。

「すまない。体に触れてしまった私に罰を与えて欲しい」

――まさか…そんな趣味が御座いますの?――

そよそよと風が吹いていく。エフローレは返す言葉が見つからなかった。

「無言…それもまた一つの罰だ。自身で考えよという事だな」

――そんな高尚なものでは御座いませんが?――


特に掛ける言葉もなく無言で小道を歩いていくが、エフローレは少々歩きにくさを感じていた。身長差はおそらく40cmはありそうで、腕を軽く折ってくれているのは良いのだが、ぶら下がるような格好になってしまうのと、歩幅も狭くはしてくれているのだろうが、フォーズド公爵子息の3歩はエフローレの5歩なのだ。

「あの…はぁはぁ…フォーズド公爵…はぁはぁ‥子息様…」

「どうしたのだ?そんなに息を切らせてっ?そうか!すまない、忘れていた」

――なにを忘れていたの?――

「こんな事を女性に言うのはどうかと思うが、母上も着飾る時は体の至る部分を補正し、締め上げて無理やりなドレスをよく着用をしていた。見えない部分は造り物で女性はそれに耐えているのだと!」

――確かにそうですけども、ここでそれを暴露しますの?――

「何処が苦しいんだ?」

「い、いえ、苦しい訳では…」

「判った。‥‥こうなれば…」

――何を判ったの?何が判ったというの?――

「抱いて良いか?」

バチーン!!

渾身の力でフォーズド公爵子息を張ったまでは良かったが、太い腕を叩いただけではびくともしない。だが失言に気が付いたようで、フォーズド公爵子息はあたふたとその場にしゃがみこんでしまった。

「すっすまない‥‥言い方が非常に不適切だった」

大きな手で顔を覆いながら詫びるフォーズド公爵子息の耳が真っ赤になっている。


「いいえ、わたくしが悪いのです。もう少し…ゆっくりと言いましょうか…歩いて頂ければと…あとわたくし――」

「待ってくれ!その先は言わないでくれ」


しゃがんだ姿勢から両膝をついてフォーズド公爵子息は肩を震わせる。
いったい何がどうなったのか判らないエフローレは伝え方が悪かったのだともう一度伝えるべく口を開こうとしたが、子供がイヤイヤをするように首を横に振り始めるフォーズド公爵子息に戸惑った。

「あの‥‥」

「判っている。この話はなかった事にと言いたいのだろう」


当たらずしも遠からずであるが、今はそれを言いたいのではなかった。
それよりも、こんな場を例え公爵家の使用人だとは言え見られるわけにはいかない。公爵家の子息がたかが騎士爵の娘の前に跪くなどあって良いはずがない。

「そうでは―――」

「その先は言わないでくれ…心の準備が出来ていない。あぁっ!どうしたらいい」

――知りません――


エフローレは決して甘いピンク髪の女の子ではない。
6つも年上の屈強な男に跪かせて喜ぶ性癖も持ち合わせてはない。

「ダメだとは判っているんだ。だがこんなに体が熱くなったのは初めてなんだ。熊と対峙した時も確かに興奮をしたが、その時とはまた違うんだ」

――いったい、何を聞かされているの――

「何というか、こう!胸が苦しいんだ。駆けだしたいこの気持ちは――」

「いい加減になさいませ!」

「えっ…」

大型犬がクゥンと飼い主を見上げるようにフォーズド公爵子息はエフローレを見上げた。いや、跪いているが立っているエフローレと視線の高さはさほど変わらない。

「先程から何なのです?わたくしは歩く歩幅を狭くしてほしいと頼んだのです。それからフォーズド公爵子息様はお身丈が御座いますので、腕を組むと飛ぶようになってしまうのです。だから腕ではなく手を――」

「手…?お手?」

「そ、そうです!お手です。お手で御座います!」

今度はエフローレが失言だった。

2人の間をそよ風が吹き抜けて行った。
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