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第41話 キャリッジジャック
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同じ頃、ダリム伯爵家もかの日の騒ぎを彷彿させる事態になっていた。
駆け抜け屋が手紙を届けに来たのである。
旅の幌馬車は雨天の場合休憩所などに留まるが、駆け抜け屋は雨合羽を着用して勝手知ったる道を走り抜ける。
届いた手紙にダリム伯爵夫妻は慌てて従者に旅支度をするように命じた。
「前回と同じくらいの荷物で良い。それと入院費を払わねばならない。迷惑をかけているから多めに用意をしてくれ」
「畏まりました」
バタバタする屋敷の中で祖母だけは「フンッ」小馬鹿にするように鼻を鳴らし肩に羽織ったショールの端を胸元に引き寄せて近くにいた従者に声を掛けた。
「サーシスに連絡をして頂戴」
「あの…大奥様」
「何?」
「お言葉で御座いますが、デューク様もサーシス様も…そのぅ…実家との連絡は葬儀の連絡以外は受け取らないと申されておりまして」
「フンッ。私が死んだら遺産だけは欲しいと?なんて浅ましい子なの」
「大奥様、そうではありません。デューク様もサーシス様も屋敷を出られる際には正式に相続放棄の手続きをされておられます」
「なんですって?!でも下賤貴族をここに連れてきた時にデュークもサーシスも来てたじゃないの。遺産が入るとなったら笑ってたでしょう?」
「そうですね(苦笑いですけど)。あれはどうこう言っても家族です。婚約となれば親族がそこにいないのもおかしいですし、旦那様の立場を気遣ってのものかと」
「どうでもいいわ。兄に気遣うのなら母である私にはもっと気遣いを見せるべきよ。呼びなさい。直ぐに飛んでくるわ」
それだけを言い残し祖母は部屋に戻って行った。
申し付けられた従者は非常に困った。
ダリム伯爵家の兄弟仲は良いのだ。こんな仲の良い兄弟を見たことが無いと言われるほどに。
疎遠になってからも次男、三男は母親の面倒を長兄が同居してみているので、長兄だけに押し付けてしまった申し訳なさを感じている。
家督を継ぐのも長兄だから継いだと思われているが実は違う。次男、三男は例え実の母親であっても面倒を見るのはごめんだと逃げたのだ。
3人の兄弟に相手を選んだのは先代伯爵の父親。夫の決定には逆らえなかったのだろうが姑魂を爆発させてそれもう熾烈ないじめを繰り返した。その度に夫に注意をされたが「嫁の心得を教えているのだし、女には女の世界がある。口出しをするな」と大喧嘩。
先代伯爵も女性には女性のヒエラルキーがあるのは承知していたので妻の言葉を完全否定する事は出来なかった。
傍から見て申し分なくても、次男の妻になる女性の従兄弟の息子が男爵家に婿入りすると聞けば選民思想を爆発させて「卑しい者は卑しい者に息子さえ差し出す」と詰る。
三男の妻になる女性は商会で経理の仕事をしていたが「平民臭い」「染みついた下賤さが空気を汚す」と逆らえないのを良い事に言いたい放題。
彼女たちに出す茶も雑巾を絞った水を使ったりした事もあった。
そんな事をしていれば例え政略結婚で配偶者となる女性に絶対の愛が芽生える前でも息子たちが疎遠になろうというもの。
弟たちに相談を受けたダリム伯爵は弟たちを解放し、盾になった。
従者は思う。
自分の言動を見直しもしないのでどんどん離れてしまう。離れることがあり得ないと意固地になってより息子に執着をする。悪循環になっているのが判らないんだろうなと。解っても認めたくないんだろうと。
三男の名を出したのは上の2人はそれなりに厳しい教育をせねばならなかったが、末っ子は違う。甘やかして育てたと思い込んでいるので三男は他の2人より自分の事を気遣ってくれると信じているのだ。
これだけ疎遠にしていればいずれ気が付くだろうと思ったが…。
「全然気が付いてなかったのか…はぁ。参ったな」
今、ダリム伯爵に「2人を呼んで来いと言われています」と報告をしてもそれどころではないだろう。
どうしようかなと従者が報告のチャンスを伺っていたところに…。
「あぁ、どうして面倒事ってこうも重なるんだろうな!!」
ダリム伯爵家に単身でやって来たのはユーミルだった。
「トレッドのお父様に話があるの!取次いでよ!」
喚いているが、今ダリム伯爵家はユーミルどころではない。
トレッドが先代伯爵夫人なんか足元にも及ばないくらいクッソ面倒な先代公爵が領主を務める地でまた厄介になっているのだから、優先順位などユーミルは下の下。
仕方なく従者はユーミルに用件を聞こうと近寄ったが、行ったり来たりする使用人たちの言葉を繋いでユーミルは知ってしまった。
「あの、何か御用ですか?」
「公爵領に行くのよね?私も行くわ。そこにトレッドもいるんでしょう?」
「いえ、同行は出来ませんよ」
「何言ってるのよ。トレッドの事を心配して言ってるのよ?」
「そう申されましても」
「あの馬車ね。先に乗るわ」
「え?冗談でしょ?ダメです。やめてください!」
ユーミルは従者の言葉も聞かず玄関のアプローチに停車し、屋根の上に荷物を載せた馬車に飛び乗ると奥の端に陣取って揺れで座面から腰が落ちないように握るバーをガッチリと握った。
(うわぁ。キャリッジジャックかよぅ。勘弁してくれぇ)
駆け抜け屋が手紙を届けに来たのである。
旅の幌馬車は雨天の場合休憩所などに留まるが、駆け抜け屋は雨合羽を着用して勝手知ったる道を走り抜ける。
届いた手紙にダリム伯爵夫妻は慌てて従者に旅支度をするように命じた。
「前回と同じくらいの荷物で良い。それと入院費を払わねばならない。迷惑をかけているから多めに用意をしてくれ」
「畏まりました」
バタバタする屋敷の中で祖母だけは「フンッ」小馬鹿にするように鼻を鳴らし肩に羽織ったショールの端を胸元に引き寄せて近くにいた従者に声を掛けた。
「サーシスに連絡をして頂戴」
「あの…大奥様」
「何?」
「お言葉で御座いますが、デューク様もサーシス様も…そのぅ…実家との連絡は葬儀の連絡以外は受け取らないと申されておりまして」
「フンッ。私が死んだら遺産だけは欲しいと?なんて浅ましい子なの」
「大奥様、そうではありません。デューク様もサーシス様も屋敷を出られる際には正式に相続放棄の手続きをされておられます」
「なんですって?!でも下賤貴族をここに連れてきた時にデュークもサーシスも来てたじゃないの。遺産が入るとなったら笑ってたでしょう?」
「そうですね(苦笑いですけど)。あれはどうこう言っても家族です。婚約となれば親族がそこにいないのもおかしいですし、旦那様の立場を気遣ってのものかと」
「どうでもいいわ。兄に気遣うのなら母である私にはもっと気遣いを見せるべきよ。呼びなさい。直ぐに飛んでくるわ」
それだけを言い残し祖母は部屋に戻って行った。
申し付けられた従者は非常に困った。
ダリム伯爵家の兄弟仲は良いのだ。こんな仲の良い兄弟を見たことが無いと言われるほどに。
疎遠になってからも次男、三男は母親の面倒を長兄が同居してみているので、長兄だけに押し付けてしまった申し訳なさを感じている。
家督を継ぐのも長兄だから継いだと思われているが実は違う。次男、三男は例え実の母親であっても面倒を見るのはごめんだと逃げたのだ。
3人の兄弟に相手を選んだのは先代伯爵の父親。夫の決定には逆らえなかったのだろうが姑魂を爆発させてそれもう熾烈ないじめを繰り返した。その度に夫に注意をされたが「嫁の心得を教えているのだし、女には女の世界がある。口出しをするな」と大喧嘩。
先代伯爵も女性には女性のヒエラルキーがあるのは承知していたので妻の言葉を完全否定する事は出来なかった。
傍から見て申し分なくても、次男の妻になる女性の従兄弟の息子が男爵家に婿入りすると聞けば選民思想を爆発させて「卑しい者は卑しい者に息子さえ差し出す」と詰る。
三男の妻になる女性は商会で経理の仕事をしていたが「平民臭い」「染みついた下賤さが空気を汚す」と逆らえないのを良い事に言いたい放題。
彼女たちに出す茶も雑巾を絞った水を使ったりした事もあった。
そんな事をしていれば例え政略結婚で配偶者となる女性に絶対の愛が芽生える前でも息子たちが疎遠になろうというもの。
弟たちに相談を受けたダリム伯爵は弟たちを解放し、盾になった。
従者は思う。
自分の言動を見直しもしないのでどんどん離れてしまう。離れることがあり得ないと意固地になってより息子に執着をする。悪循環になっているのが判らないんだろうなと。解っても認めたくないんだろうと。
三男の名を出したのは上の2人はそれなりに厳しい教育をせねばならなかったが、末っ子は違う。甘やかして育てたと思い込んでいるので三男は他の2人より自分の事を気遣ってくれると信じているのだ。
これだけ疎遠にしていればいずれ気が付くだろうと思ったが…。
「全然気が付いてなかったのか…はぁ。参ったな」
今、ダリム伯爵に「2人を呼んで来いと言われています」と報告をしてもそれどころではないだろう。
どうしようかなと従者が報告のチャンスを伺っていたところに…。
「あぁ、どうして面倒事ってこうも重なるんだろうな!!」
ダリム伯爵家に単身でやって来たのはユーミルだった。
「トレッドのお父様に話があるの!取次いでよ!」
喚いているが、今ダリム伯爵家はユーミルどころではない。
トレッドが先代伯爵夫人なんか足元にも及ばないくらいクッソ面倒な先代公爵が領主を務める地でまた厄介になっているのだから、優先順位などユーミルは下の下。
仕方なく従者はユーミルに用件を聞こうと近寄ったが、行ったり来たりする使用人たちの言葉を繋いでユーミルは知ってしまった。
「あの、何か御用ですか?」
「公爵領に行くのよね?私も行くわ。そこにトレッドもいるんでしょう?」
「いえ、同行は出来ませんよ」
「何言ってるのよ。トレッドの事を心配して言ってるのよ?」
「そう申されましても」
「あの馬車ね。先に乗るわ」
「え?冗談でしょ?ダメです。やめてください!」
ユーミルは従者の言葉も聞かず玄関のアプローチに停車し、屋根の上に荷物を載せた馬車に飛び乗ると奥の端に陣取って揺れで座面から腰が落ちないように握るバーをガッチリと握った。
(うわぁ。キャリッジジャックかよぅ。勘弁してくれぇ)
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