戦場の悪魔将校の妻は今日も微笑む

cyaru

文字の大きさ
11 / 25

VOL:11  閉ざした心

しおりを挟む
「お姉様?」

異変を感じたのかエバブ伯爵夫妻の目を盗むようにしてレティシアがシンシアの部屋にやってきた。


「レティシア、ここ数日何処に行ってたの?外泊は聞こえも悪いし、ケイン様だって良くは思わないわよ」
「あ~ケイン様は良いの。どうとでもなるから」
「レティシア、ケイン様は公爵家のご子息でしょう?どうとでもなるなんて」
「なるの。お父様は別の婚約にしてくれるって言ったけど、アテにならないし。家出でもしようかなぁ。ケイン様に貰ったものを売れば暫くは遊んで暮らせるだろうし」


シンシアの寝台に腰掛け、上半身をパタンと倒して手をあげて指を組む。
両手の親指をクルクルと指運動のように回しながらレティシアはシンシアにどうして荷物を纏めているのか聞いた。


「1カ月ほど留守にするの。後のことはよろしくね」
「え?お姉様、旅行に行くってこと?」
「旅行じゃないわ。そうね…看病?かな」
「ウィン‥‥ウィンストンさんの?」
「えぇ」
「放っておけば?あんな化け物のようになった男なん――」
「どうして知ってるの?」


医療院は基本的に家族以外の面会は認めていない。一般病棟ならともかくウィンストンがいるのは隔離病棟。父のエバブ伯爵ですら断られるのに何故レティシアが知っているのか。


「あ~‥‥その…入れてもらった…から…かなっ?(テヘっ♡)」
「レティシア、そう簡単には入れないのよ?」


話を誤魔化そうと「そう言えば新しいカフェが」と話し出すレティシアだったが、黙って睨むシンシアに観念して寝台から起き上がると、床にちょこんと座った。


「またそんな!床ではなく椅子に座りなさい」
「そんな事より!!お姉様‥‥行かなくていいと思うの」
「行かなくていいとは…看病にということ?」
「そう。それで‥‥謝ろうかなって…友達にも叱られちゃって」
「謝る?どういう事?」

昨日に引き続きとっかかりは意味不明な事からまたトンデモナイ事を言われるのかとシンシアは身構えた。


「誤解しないでほしいの。私はどっちでもよかったんだけど」
「レティシア、いきなり途中から話をしていない?意味が解らないわ」
「あ~…えっとね。ウィンがね」
「ウィン?…まさかウィンストン様の事?どうしてそんな愛称…」
「と、とにかく!言い寄って来たのはウィンストンさんなの!私は仕方なく付き合っただけ。でも一線は超えてないから安心して!」

「安心って…どんな安心をしろと言うの」
「だから!キスとか触り合いしてない!子供が出来る事まではしてないから!セーフでしょ?正直に言ったんだからは許してよ。ねっ?」

シンシアは頭が痛くなった。どこをどう切り取ったらセーフになるのか。

「でね?あんな浮気者の化け物なんか放っておけばいいのよ。私ももうケイン様に嫁ぐ覚悟も出来たしお姉様はフリーになるんだから好きに生きればいいかなって。でね、慰謝料って言うのかな?世間では払うらしいんだよね。友達がね、一線は超えてないって言っても私とウィンストンさんのした事って酷い事だからお姉様は傷つくって」


「はい」とまるでクッキーのように差し出してきたのはケインから贈られた宝飾品。何の真似だと聞けば「片方は石が取れたから使えないイヤリングだが、残った方を売ればそれなりの金になる」つまり慰謝料として受け取れという事だった。

「バカにしないで!」

パチンとレティシアの手を振り払うと握っていたイヤリングが壁まで飛んで台座と石が外れて床に落ちた。どちらが台座でどちらが石なのか。1つだったものは本来別物であった証。異なるものを接着剤で繋いでいただけ。

石と台座になったイヤリングはシンシアとレティシアのようだった。

「謝ってるのにお姉様って乱暴っ」

転がるようにイヤリングを拾い上げたレティシアは「うわ、石が欠けてる」と言い、心配事は「これでも買い取ってもらえるかな」だった。

石を光に透かせるレティシアを置いてシンシアはトランク1つを持って部屋を出た。


親に金で売られた。
これから命を賭して救おうとしている男は妹と通じ合い自分を騙してきた。
信用し、結婚後は良い嫁姑関係を築けると思っていたブレキ伯爵夫妻は自分の事を使い捨ての道具にするつもりだった。
王太子は寄り添う素振りだったが、とどのつまり圧になっただけ。

仲良くやれていると思っていた妹は婚約者と出来ていて‥‥何も知らないシンシアをみてさぞかし滑稽だっただろうか、友人に諭され提示したのが「もう使えないから」というイヤリング。


――どこまで私をバカにすれば気が済むの――

そう思いながら廊下を歩くシンシアはポロポロと涙を溢していた。

――もう消えてしまいたい!――

惨めで、情けなくて、一番許せないのは自分自身だった。




★~★

「最終確認ですが、よろしいのですね?」
「構いません」

話かけてきたのはあの日、フェリペの隣にいた魔導士。
やるべき仕事に忠実なのだろう。魔導士はシンシアにこれから起こり得る可能性を語った。


「魔力を移す際、移動中は彼の体に感覚が同化しますので激痛を伴います」
「判っています」
「中休みとなる日は起き上がれないと思いますが、出来るだけ食事や水分補給をしてください。吐いたとしても全部は吐き切らないので」
「判りました、心がけます」
「魔力を戻し終えた後、意識を失うと思いますが全力で回復に向けてサポートします」
「不要です。そのまま死なせて頂いて結構です」


淡々と前だけを向いて返事を返すシンシアに魔導士は少し困った顔をした。
人を救うと言う事は必ずしも全てが結果オーライとならない事もある。

特に魔力を使っての事となれば「病は気から」とも言うように気持ちの持ちようがその後を左右しやすい。今のシンシアの場合、ウィンストンは問題なく完治する。
だが、「生きる」と言う事にもう執着が無くなっているシンシアはと言えば回復のためにサポートをしても意識を取り戻さない場合がある。


「時間がないのでしょう?早く始めてください」
「本当にいいんですね?始めますよ?」
「構わないと言っているでしょう」
「判りました。では貴女様も来られたので最終の準備を致します。魔力を使うにも「はい、今から!」っとはならず最後に意志の確認をします。私にも覚悟が必要ですのでね、今日は医療院の中となりますが、お部屋でゆっくりお過ごしください」


本当は直ぐにでも始められるのだが、魔導士はそれらしい理由をつけて翌日までの時間を稼いだ。シンシアを部屋に送った後、ウィンストンに現状維持の治癒を施す治癒師にねぎらいの言葉を掛けて王宮に向かった。
しおりを挟む
感想 113

あなたにおすすめの小説

聖なる乙女は竜騎士を選んだ

鈴元 香奈
恋愛
ルシアは八歳の時に聖なる力があるとわかり、辺境の村から王都の神殿に聖乙女として連れて来られた。 それから十六年、ひたすらこの国のために祈り続ける日々を送っていたが、ようやく力も衰えてきてお役御免となった。 長年聖乙女として務めたルシアに、多額の金品とともに、結婚相手を褒賞として与えられることになった。 望む相手を問われたルシアは、何ものにも囚われることなく自由に大空を舞う竜騎士を望んだ。 しかし、この国には十二人の竜騎士しかおらず、その中でも独身は史上最年少で竜騎士となった弱冠二十歳のカイオだけだった。 歴代最長の期間聖乙女を務めた二十四歳の女性と、彼女より四歳年下の誇り高い竜騎士の物語。 三島 至様主催の『聖夜の騎士企画』に参加させていただきます。 本編完結済みです。 小説家になろうさんにも投稿しています。

夢を現実にしないための正しいマニュアル

しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。 現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事? 処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。 婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

処理中です...