冷血皇帝陛下は廃妃をお望みです

cyaru

文字の大きさ
1 / 28

砕けた心

しおりを挟む
この世界に生を受けた日から彼女、アナスタシアは王妃となる事を定められた。

そこにアナスタシアの意志などある筈がない。
まだ誰かの保護下にいなければ生きていくことも叶わぬ赤子の時に決まった事。

王妃となるために育てられたアナスタシアはそろそろ4歳になろうかと言う頃、夫となるであろう少年と引き合わされた。金髪緑眼の美しい少年はシリウスと言った。

「お人形さんみたいだ。綺麗だね」

シリウスの言葉にアナスタシアは微笑を返した。

答えられない時は笑いなさい。それが幼い少女に叩きこまれた処世術。
そして自我を持つことは悪とされ、痛くてもそれは甘えだと叱責され、出来て当然だと鞭で見えない場所を打たれ、悲しくても、怒りたくても、嬉しくても感情を殺す事だけを教え込まれた。

一度だけシリウスに「辛い」とこぼした事があった。
その一言にシリウスはただアナスタシアを抱きしめてくれた。
少しだけ心が軽くなったが、翌日から3日。食事も水も与えられず反省の間でただひたすらに姿勢を正し、王家の歴史書を書写させられてしまった。

シリウスは、良かれと思って王妃教育の厳しさについて進言をしたのだったが、「甘え」と判断をされ、それをまた「告げ口」という卑怯で王妃としてあるまじき行為だとアナスタシアは罰を受けたのだ。

以降は二度とシリウスに「自分の本心」を告げることはなくなった。
だが、シリウスは思ったままをアナスタシアに言って聞かせる。

「僕は王になったら民の為に尽くそうと思うんだ」
「民も良き王だと讃える事でしょう」

「僕は民と同様に妻も子も慈しむ家庭を築きたいんだ」
「慈愛に満ちた国だと誰もが誉めそやす事でしょう」

ただ王妃となるためだけにアナスタシアは美しくそして高潔に成長する。

感情のないアナスタシアは17歳でシリウスの元に嫁いだ。王太子妃となったのである。

誓いのキスでヴェールを上げられた時、やっと1つ解放されると微笑んだ。
正式に王太子妃となる事で、叱責を受けながら教育されることはない。
自我を徹底的に抑えられていてもアナスタシアとて人間。
全てではないかも知れないが、少しは息が出来ると思うと自然に微笑が出た。

――民には微笑む事――

それが呼吸をするのと同じであるアナスタシアは成婚パレードでも民に向かい微笑んで手を振った。

――殿下には逆らわない事――

初夜も痛いと感じたが、抵抗したり動きを妨げる事はせずただ身を任せた。

――子を成す事は王妃となる者の務め――

言葉通りに週に数回、シリウスと房事に励んだが月のものが来るたびに周りの落ち込みを感じる。子を成しやすいようにと食事にも気を使ったが、6年経っても子は出来なかった。

房事の翌日と言っても執務が無くなるわけではない。
高熱が出ても寝込んだ日数分だけ執務はたまり、アナスタシアの体はまだ23歳なのに疲労していた。

国王も王妃もアナスタシアの心配事と言えば【子が成せたか】どうかで、眩暈や吐き気のたびに御殿医の診察を受けさせられる。要因は過労である事が明らかでも懐妊ではないかと周囲をやきもきさせる。
次第に、アナスタシアは不調を訴える事は止めた。

子が成せない事に周囲から側妃を召し上げろという声が高まるのは必然。
アナスタシアもその日が近い事は理解をしていた。

教育が終わり王太子妃となった事で目に見える叱責は無くなったが、【子が成せない】事がそれ以上のプレッシャーが重くのしかかるとは思いもよらなかった




シリウスはアナスタシアを初めて見た日。恋に落ちた。
この世にこれほど美しく、儚い女性がいるのだと思い、妖精いや女神の申し子かと目を疑った。

日を追うごとに、会うたびに美しく成長をしていくアナスタシアにその度恋に落ちる。
シリウスの心はアナスタシアと共に歩む未来しか見えていなかった。

結婚式でヴェールを上げた時、少しだけ「本当の微笑」を見せたアナスタシアをその場で抱きしめたい衝動を必死に堪えて誓いのキスを交わした。

初夜、アナスタシアの生まれたままの姿はシリウスに取ってまさしく女神だった。
触れる事が許されるのだと思うと歓喜に震えるほどにシリウスは舞い上がった。

「なんて綺麗なんだろうか」

頬を紅潮させ、何度も注ぎシリウスはこの先は順風満帆だと思っていた。
しかし、何年経っても子を成す事は出来なかった。

子が出来ない事に対してシリウスへの風当たりはアナスタシアほど強くはなかった。
問題があるのはアナスタシアだと誰もが信じ、そう言い聞かせたからである。
理由は【陛下は殿下を授かっておりますから】だった。

側妃を召し上げる声が日増しに強くなっている事は判っていた。
だから週に数度を毎日にしてアナスタシアと子を成す事に励んだが、アナスタシアの体調が芳しくなくなりそれも途絶えがちになった。

ただ一人、シリウスに【アナスタシアも人間】だと教えた者がいた。
生れた時からシリウスの世話をしてくれた乳母だった。

市井で暮らす民を見よ。そう教えてくれたのも乳母だった。
万が一があってはならぬと周囲に反対をされたがシリウスはお忍びで市井に下る事があった。

そこで見たものは王宮の暮らしとは全く違っていた。
幼子が父や母と呼び、近寄れば手を差し伸べ抱き上げる大人がいた。
慈しむかのようなその光景は、教会にあるマリア像や宗教画の慈愛を感じさせた。

【それが家族、家族愛なのです】乳母は教えてくれた。

父である国王、母である王妃に抱かれた事など記憶の中には皆無。
転んで泣こうが、熱が出て浮かされようがいつも近くにいたのは乳母だった。
自分はそれでいいのか。自問自答を繰り返しアナスタシアとは【家族】になろうと心に誓った。

そこに大きな落とし穴があるとシリウスは気が付かなかった。

――アナスタシアにはそのような教えはされていない――

シリウスもまたアナスタシアに多くを知らず知らずに求めていたのだ。
家族愛も【知っていて当然】だと考えていたのだ。



子が成せぬことについに側妃を召し上げる事が決まった。
シリウスは躊躇いがあった。アナスタシア以外を家族に出来るのかと。

偏った教育は側妃を召し上げる事が決定した時、アナスタシアの心に何が起こったのか。
それを知る者は誰もいなかった。シリウスさえも気が付かなかった。

――子を成す事は王妃となる者の務め――

それが出来なかった故に召し上げられる側妃。
王妃となる者の務めが果たせぬ自分を認めるという事は王妃にはなれない。

王妃になるために生きて来て、道を閉ざされ全てをそこで失ったのだった。
しおりを挟む
感想 178

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...